攻略策
スコアは四対二となり、ビハインドは二点と追い上げムードが広がっていた。
次の打者は、三番の新井。
その新井の打席の初球、俺はディレイド気味のスチールをした。
柳は俺に気付かず投球モーションに入ってしまい、楽々三盗は成功。
「外野まで飛ばせよ」
俺は新井に言った。
相手の内野の守備は、これ以上一点を与えないように、内野ゴロの際にホームアウトを取れる前進守備だった。
つまり、新井にはせめて、一点差と出来るよう、外野まで飛ばした犠牲フライを打ってほしかった。
新井は、どうもここまでの二打席を見る感じ、好投手柳にタイミングが合っていないように見えた。
その中でもなんとかしてほしかったが、新井は二球目のストレートに振り遅れた。頭の中に、相当カーブのイメージが植え付けられてしまっている様子だった。
カウントはノーボールツーストライク。
柳は三球目を投じた。
「セカンドッ」
新井の打った打球は、バットの根っこを食ったどん詰まりの打球だった。しかし、強引に振りぬいたことが幸いし、ライト前のポテンヒットになるかの瀬戸際の打球だった。
セカンドは、足が速かった。
みるみるフラフラ上がる打球との距離を詰めて、腕を目一杯伸ばして打球を掴んだ。
セカンドが捕球したのを確認した瞬間、俺はタッチアップを切った。
「バックホームッ!」
キャッチャーが叫ぶが、セカンドは目一杯の捕球体勢だったために、バックホームまでの送球処理にもたついた。
結果、キャッチャーまでボールが届いたのは、俺が滑り込んで少ししてからだった。
球場が再び湧いた。
これで、一点差だ。
七回、八回と、両チーム無安打で進み、九回の攻撃が始まった。
表のこっちの攻撃。
先頭打者は、俺からだった。
一点差の最終回のこの場面、俺に与えられた至上命題は、最早言うまでもなく、なんとしても出塁することだった。
俺は、大きく息を吐いた。
正直、ここが一番の正念場だった。
狙い球として決めていたカーブのボール球打ちは、さっきやってしまった。同じ手は、多分二度通用しないだろう。この打席で、カーブは投げてこないかもしれない。
であれば、次に狙うべき球は……?
投手の状態。
ここまでの俺に対する投球戦術。
審判の判定具合。
様々なものを加味して、柳がここ一番でカウントを稼いでくるために使いそうな球は……。
柳の初球アウトコースストレートを、俺はライト側に流し打ちした。
「よしっ!」
俺は一塁で小さくガッツポーズをしていた。
後は……。
バッティンググローブを一塁コーチャーに渡す際に、一塁側の観客席で観戦している速水を俺は見つけた。
* * *
「これ以外にも、柳攻略の策は思い付いてるぞ」
先日の速水との対柳に対する作戦を、俺は思い出していた。
「へえ、どんな?」
「その前に、あんた、盗塁ってプレーを知っているか?」
「えぇと、茜が嬉々として語っていたのを聞いたことがあるような。確か、投球直前に走り出して、進塁する方法だったような」
「そう。それだ。それで、ウチのチーム、盗塁出来そうな打者が今のスタメンに二人いてね。それが、一番の吉村先輩か、俺なんだ」
「ほう」
「で、まあここまでの試合中も、俺達が塁に出ると、相手が結構嫌な顔をすることがあるんだけど、なんでかわかるか」
「そりゃ、さっき言った盗塁をされるかもしれないからでしょ」
「そう。じゃあ、なんで盗塁されるのが嫌なのか」
「うーん。なんで?」
「僅差の場面で、元はランナーが一塁にいたとするだろ? そうすると、打者は長打を打たないとそのランナーを生還させることが出来ないんだよ。だけど、もしランナーが二塁にいれば、シングルヒットでも生還出来るようになる」
速水は手を叩いた。
「点を取る条件が簡単になるのか」
「そういうことだ。だから相手バッテリーにしたら、絶対にランナーを余計なことで進塁はさせたくないって思うものなんだよ。まあ、僅差の場合に限るけどな」
「ふーむ。ということは、さっきのカーブ打ちの件もだけど、やっぱり大差でのビハインドは絶対にダメってことだよね」
「ああ、一点が重要になる場面だからこそ、相手バッテリーは俊足ランナーを警戒するわけだ。大差で勝ってたら、たかが一点取られても何ら問題ないって思うだろう?」
「アハハ。そうだね」
「だけど、逆に僅差での俊足ランナーほど、相手バッテリーが警戒するものはない。それが今語った話につながるな。
で、じゃあどうすることで、相手バッテリーは俊足ランナーを進塁させないようにすると思う?」
「茜が、クイック? モーションがどうたら言ってた。それを早くするとか」
「それもあるけど。もっと単純なことがあるだろう。さっきのカーブの話、思い出してくれよ」
しばらく速水は唸って、気付いたように手を叩いた。
「カーブは遅い球で、ストレートは速い球。だったら、進塁されないようになるべく速い球のストレートを投げればいいんだ」
「そういうこと」
俺は頷いた。
「つまり、カーブの策がダメか、もしくは使用済みの際の第二の狙い球は……、
俊足ランナーを塁に置いた時の、ストレートだ」
* * *
本当は、吉村先輩が塁を賑わせた時に、俺が狙う球としてストレートを考えていたんだけど、図らずして俺が新井をアシストする展開になってしまった。
九回が始まる前、俺は新井に、「死んでも塁に出るから、お前はストレートだけを狙え」と伝えていた。
まあ、ここまでお膳立てすれば、新井もわかるだろう。
そして、相手バッテリーも。
僅差リードでの状況。
さっきの回、三盗から内野フライでのタッチアップでの得点。
この状況。そして、あれだけの走塁でのプレーを魅せて、相手が俺の足を警戒しないはずは、まずなかった。
柳は、明らかに俺に進塁されないように警戒をしていた。
セットポジションから一塁を見る回数が、これまでより断然多くなっていた。
一球目を投じる前に、柳は二度の牽制を行った。
……真綿で首を絞められている気分だろう。自分は最善に近いプレーをしているのに、相手の結果も、決して満点というわけでもないのに。
それでも、結果として一点差という僅差の試合展開になり、雁字搦めでもされてるかのように、拘束された息苦しさを感じていることだろう。
カキィン!
どんな難敵でも、諦めずに研究して研究して、努力すれば討ち取ることが出来る。そのための工程を怠らなければ、結果を出すことが出来る。
これこそが、野球の醍醐味であり……。
俺が求める、面白い、楽しい野球だった。
速い球対策としてトップを作っておくフォームを編み出した新井はストレートを弾き返して、ライトスタンドに運んだ。




