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美少女の特技とは

 風呂でさっぱりして、居間に戻ると、速水はテレビを見て笑っていた。


「あ、出たんだ」


「うん」


「テレビ、見る?」


「いい。寝る」


「えぇ、まだ十時だけど」


「明日も早いから」


 そういうと、速水は少しだけ残念そうに項垂れていた。何故かはよくわからなかった。


 俺は布団運搬用の青色の袋を開けて、布団と毛布を取り出した。

 それらを台所の前まで運ぶと、


「ちょっ、本当に居間で寝ないの?」


 速水は目を丸めていた。


「? そういう約束だっただろ」


「いや、半分冗談だったんだけど」


「半分は本気だったんだろ。だったらいいよ。どうせ一週間だし、寝れればどこでも構わん。それに、あんたまだ当分起きてるんだろ?」


「うん。そうだけど」


「だったらいい。騒がしくて寝れなくても困るんだ。明日も早いし」


「さっきから明日も早いって。何するつもりよ」


「練習」


「は?」


「だから、練習」


 俺は敷いた布団に仰向けに寝転んだ。瞼を閉じるが、明かりのせいで視界は暗くなかった。


「練習って、さっきもしてたじゃん」


「おう。それを明日の朝もやるんだ。夜もやるぞ」


「真面目か」


「好きでやってることだからな。あんたも楽しいと思うことは、時間も忘れて熱中するだろ。偶然、それが俺は野球であり練習であっただけだ」


「真面目というか、ストイックというか、最早変態ね」


「なんとでも言えい」


 速水との会話は、それからもしばらく続いた。だけど、意識は徐々に闇の中に導かれていった。しばらくすると、俺は速水への返事も忘れて、眠りに耽っていた。


   *   *   *


 起床時間はいつもと変わらなかった。ただいまの時刻、朝の五時。

 だけど、視界に広がる部屋の光景は、いつもとまるで違った。一瞬、まだ夢の中にいるのかと思ったが、昨日両親との別れも終えて、アパートに入居したことを思い出して、俺は大きなため息を吐いた。


 布団から出ながら、自分がなぜか居間ではなく台所の下で寝ていることに気が付いた。


 居間から漏れる寝息を聞いて、俺はようやく昨日のひと悶着を思い出した。面倒なことになったな、と改めて思った。


 だけど、そんなことをしている時間が勿体ないと気付き、俺は台所の布団を居間の隅に畳んで置いた。


「んあ」


 その時、物音に気付いたのか、同居人である速水が変な声を漏らした。


「ごめん。起こしたか」


「……誰よぅ」


 速水の声は、寝ぼけているように間延びしていた。


「俺だよ。武田」


「武田ぁ?」


 速水は、寝返りを打っていた。


「小五の時、意地悪かった女子の武田かぁ。甲斐の国の武将みたいな顔しやがって。このやろー」


「馬鹿か?」


 寝ぼけている速水には悪いが、なんとも今の彼女はあほっぽい。見ていて、思わず呆れてしまった。


 構うのも面倒になり、俺は寝間着を着替えて、練習の支度を手短に済ませた。


「俺、練習に行くけど、鍵閉めてった方がいいか?」


「しるかぁ。あたしに構うなー」


「……そうする」


 こいつ、寝相悪いな。一週間の付き合いで良かったと心から思った。

 

 この様子じゃあ、当分こうして寝ていることだろう。俺は部屋を出て、鍵をかけて、早朝のランニングに向かった。


 吐く息は白かった。


 ジャージの下から突き刺すような冷気を感じた。


 だけど、しばらく走ったら体はすっかりと温まっていた。


 ようやく落ち着いた頃、ランニングしながら、俺は昨晩同様に現状を鑑みることにした。


 一週間の同居人。まもなく始まる高校生活。


 当分、落ち着いた日々はやってこないような気がするなと思った。それに対して、少しだけ憂う気持ちもあったが、意外と期待感も高いことに気が付くと、歩調も少し早まった。



 しばらく走って。


「……どこだ、ここ」


 見知らぬ住宅街。見知らぬ電柱。そして、見知った空。


「今日もいい天気だな」


 そんな呑気な感想を述べて、俺は頭を掻いた。


「……迷った」


   *   *   *


 しばらく迷い続けた結果、早朝に出かけたはずの俺がアパートに戻ったのは、昼下がりになっていた。

 階段を昇って、部屋の前に立つと、扉の向こうから鼻歌が聞こえた。


「ただいま」


「どわひゃあっ!」


 部屋の扉を開けると鼻歌は止んで、代わりに叫び声が聞こえた。


「あ、武田か」


「おう」


「もう、びっくりしたよ、朝起きたらいないんだもん」


「練習に行くって言っただろ」


「昨日の晩ね。今朝も声くらいかけてよ」


「……覚えてない?」


「何を?」


 可愛らしく小首を傾げる速水を見て、俺は目を細めた。


「なら、いいや」


「何よ。はっきりしてよ」


 事実を伝えるのはなんだか酷な気がして、俺は文句をやめない彼女を無視した。


「それより、なんだか良い匂いがするな」


 こんな不毛なやり取りもしょうもないと思った俺は、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いに酔いしれた。


 そんな俺の様子を見て、速水は不満そうに唇を尖らせた。


「そうだった。これも文句言いたかったの。あんた、こんな時間までずっと練習してたの?」


「違う」


「なら何よ」


「道に迷ってた」


「またぁ? 昨日も迷ってたじゃない」


「土地勘がない場所はどうもダメだ」


「スマホ持って行きなさいよ」


「電話とチャット以外の使い方わからん」


「あんた、機械オンチなの?」


「興味ないし」


 俺はそっぽを向いた。

 呆れた顔の速水を見ていると、なんだかイライラした。多分、さっきあんなにあほだった女に正論を述べられるのが嫌だったのだ。


「……まあ、それはいいや。それと、明日からは買い出し手伝ってよね」


「買い出し?」


 ようやく俺は玄関を出て、台所に向かうのだった。香ばしい匂いと共に、電気コンロの上のフライパンから煙が立ち上っていた。


「料理してるのか」


「あたし、料理好きなの」


「へえ」


「興味なさげね」


「そんなことない。今から味が気になる」


「あんたの分、ないけどね」


「えっ」


「嘘」


 なんだ、嘘か。良かった。もうお腹ペコペコだ。


「今回はあたしは一人で買い出し行ったけど、次からはあんたも手伝ってよ」


 速水は不服そうに腕組をしながら言った。


「まったく、こんな可憐な女の子の細腕にたくさんの食材を持たせて、申し訳ないと思わないのかしら」


「ごめんなさい」


 俺は素直に謝罪した。


「ん、いいよ」


 速水は満足げに微笑んで、コンロの方に向き直した。


「手慣れてるな」


 フライパンの中の料理をかき混ぜる速水の姿は、意外や意外、どうしてか結構様になっていた。思わず、そんな率直な感想が口から漏れた。


「武田、昨日言ってたでしょ。あんたも楽しいと思うことは、時間も忘れて熱中するだろって。あたしの好きなことはね、料理なの。ウチの学校、調理部って部活があるの知ってた? 有名シェフを何人か輩出しているような実績ある部活なんだ」


「へえ、知らなんだ」


「それ目当てで、あたしこの学校への進学を決めたの。あたし、将来はミシュランに載るようなシェフになりたいと思ってるから。ただ、お父さんからはこの学校への進学は凄い反対されたわ」


「なんで?」


「武田と真逆よ」


 真逆?


「あたし、結構頭良いんだ。この学校、今の偏差値から四ランクくらい下になるの」


「それはまた、お凄いことで」


 一度は言ってみたい台詞だなと思った。


「お父さんは、あたしに普通のサラリーマンになってほしかったみたいだからさ。だから、全然許しが出なくてね。この学校に入学出来たのも、お父さんに黙って、お母さんと無理やり話を進めたからなの」


「それじゃあ、あんたが一人暮らしを始めたのって……」


「家に居づらくなったから。寛容なお母さんに甘えて、一人暮らしの許可をもらったの」


 速水は苦笑していたが、どこか悲壮的に見えた。


「真面目な親だな」


「武田の家は違うの?」


「ズボラと息子を置いて父さんに付いていくことに抵抗がない母だぞ」


「アハハ。真逆だね」


 不思議なもんだな。

 親の性格は真逆。

 学力は天と地。


 だけどこうして同じ屋根の下、一週間という条件付きだが同居するような関係に俺達はなった。

 

 人生何があるかわからないとは言うが、こうまで先が予想できない人生が待ち受けているだなんて、当時の俺は思いもしなかった。


 そもそも、アパートをダブルブッキングされることすら考えが及んでいなかったわけだが……。


 まあ、なんというか。


「あんたとは、意外と仲良く出来そうだ」


 真逆の俺達がこうして出会い、互いの過去を知って、真っ先に俺が思ったことはそれだった。この一週間、なんだか意外と退屈せずに済みそうだ。


 

 速水は……。


「気色悪いこと言わないでくれる?」


 冷たかった。なんて冷たい女だ。


「とりあえず、ご飯。そろそろ出来るから……」


 冷たい声のまま、速水は真後ろにある風呂場を指さしていた。


「汗、流してきたら?」

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