準決勝の相手調査
初戦を順調に勝てたことで、先輩達は少しだけ固さが抜けたよー、と微笑む機会が増えていた。その調子で、俺達は順調に勝ち進み、
「おっしゃー」
つい先ほど、準々決勝も勝利を収めた。
この辺になると、初戦にあったようなラフプレーなどはめっきり姿を消して、ただ純粋な勝者を競う手に汗握る戦いを、俺達は行うようになっていた。
堅守で名高いチームの中で、俺は打率六割二分四厘。二ホーマー。九打点と打ちまくっていた。二番という打順、個人的には結構合っていて、何より最初の打席の前に、吉村先輩の打席で相手の組み立て方とか見れるのが大きかった。
おかげで、一打席目の俺の打率は七割五分を誇っていた。正直、自分でも出来すぎだと思うくらい、俺は順調に実績を積み上げてきていた。
「おかえり。今日も勝ってたね」
同居人は、毎度俺の試合を安藤とかと観戦しに来てくれていた。
家に帰ると、毎回今みたいに勝利を喜んでくれて、わかりやすくはしゃいでいて、端から見たら結構面白かった。
同居人お手製のご飯を食べて、風呂に入って、さっぱりして、俺は三日後に控えた準決勝へのリサーチを開始したのだった。
「なあ」
「ん?」
「テレビ、借りてもいいか?」
「どうして?」
「ビデオ、借りてきたんだ」
「ふーん」
速水は一旦興味なさげな反応をして、慌てて俺を見つめた。
「まさか。いかがわしいビデオ、借りてきたの!?」
「ちっがうわ。偵察係が撮って来てくれた準決勝の相手の動画を見たいんだよ」
「ああ、なんだ。そういうことか」
速水は、何故かホッと胸を撫でおろしていた。
「……正直、もし襲われたら受け入れる気しかしないのよね」
「なんか言った?」
「な、なんでもない」
速水の小声が聞き取れなくて聞いたら、真っ赤な顔で気にしないように促された。
「……なあ、ビデオの接続の仕方、わかるか?」
「もう、しょうがないなあ」
速水は苦笑しながら、HDMIとやらのコードを差してテレビに映してくれた。
喧騒とする球場の、手ブレしている動画がテレビ画面に映し出された。どうやら、三脚に立てる前から録画は開始していたらしい。
「そういえば、次の相手はどこなの?」
「日の丸大学付属。結構な強豪校だな」
「へえ、勝てるの?」
「わからん。少しでも勝てる要素を上げるための調査だ」
「ふーん」
興味なさげな速水にリモコンをもらって、俺は相手校のエースピッチャーの登板の様子を動画で見ていた。
相手投手の名前は、柳拓郎というそうだ。
ストレートはマックス百五十キロ。右投げ右打ち。オーバースローからカットボールやカーブを投じる投手で、ストライクゾーンの出し入れを出来るコマンド能力に長けているらしい。
「この人、球早いね」
隣で画面を見ていた速水が言った。
「そうだな。いつかの及川には負けるけど、この人も結構な球を投げるな。なんでも、及川とこの人が、今年の東東京大会の二大投手って言われてるらしい」
「へえ、そんな人が相手で、哲郎打てそう?」
「わからん」
……だけど。
俺は映像を巻き戻して、再び同じ柳の投球を見た。
「映像巻き戻して、どうしたの?」
速水の言葉に返事もせず、俺は巻き戻しや早送りをして、色んな柳の投球を確認した。
しばらくして、
「哲郎、何か思いついたんでしょう」
「ん。まあね」
速水の言葉に、俺はようやく返事をした。
「まず、球種別の投球割合を偵察の人からもらってたんだけどさ。その割合がこんな感じになっているんだ」
速水がわかるかどうかはいざ知らず、俺は偵察の人にもらっていたノートを速水に見せた。
『ストレート 四十五パーセント
カットボール 二十五パーセント
カーブ 二十パーセント
フォーク 十パーセント』
「えぇと、ごめんね。あたし変化球がよくわかってなくて、このフォークってのはどんな球なの?」
「所謂落ちる球、だ。ストレートと同じ軌道でバットを振ってみたら、急に軌道が変わって落ちるんだ」
「うひゃあ、それは打ちづらそう。カーブは曲がる球、だよね」
「大まかにいえば、そうだ」
「カットボールは?」
「右打者の俺から見れば、ストレートの軌道の球が、突然逃げていく軌道になるって球だ」
「なんだか、それも打ちづらそう」
「そうだな。で、だ。まあ、この球の中から、俺は次の試合、柳のどの球を狙っていくかを、今絞ろうとしている」
「え、来た球をどんと振るんじゃ駄目なの?」
「あてずっぽうでバットを振るより、軌道を読み切ってバットを振るほうがヒットが出やすいんだよ」
「なるほどぅ」
「で、そんな理由から俺は今、どの球を狙うかを考えているわけだが……今のところは、このカーブという球を狙おうと考えている」
「どうして?」
「まず、フォークという落ちる球。これは狙い球に向かない。空振りを取るための球、だからな。握力がなくなった結果半速球としてストライクゾーンに来ることもあるが、イレギュラー過ぎて考慮出来ん。割合もそこまで高くないしな」
多分、そこまで投球割合が高くないこと自体、柳自身がフォークの多投を嫌がっている証拠でもあるだろう。
「へえ」
「で、ストレート。及川相手に狙い球にした球だけど、コントロールに優れる柳のストレートは打つには向かん。カットボールも同じだ。映像見てる感じ、鋭く変化しているし早々打てる気がしない」
「それじゃあ何よ。消去法のカーブ狙いなの?」
「まあな」
速水は、少しだけがっかりしたようにため息を吐いていた。
「そういえば、映像巻き戻したり早送りしたりしてたけど、もしかしてカーブの映像を見てたの?」
「ああ、カーブの投球割合が二十パーセントって、実は結構多いんだよ。カーブって球は、緩急を取るための球だからな。ふとした時、打者の頭にない時に投げられるからこそ効果を発揮する。それに、遅い球って単純に捉えられやすい気がして、投手としては敬遠しがちな球なんだよ」
「柳さんからすれば、カーブは緩急取る以外にも使えると判断したからそうしているんじゃないの?」
「それはあるだろう。で、そこの使用方法についてとやかく話す気はない。とにかく俺は、投球割合的にも決して少なくないからこそ、カーブを狙うことへの優位性を見出した、というわけだ」
「ふーん」
速水は興味なさげに唸って、何かを思いついたように手を叩いた。
「でもさあ、どのタイミングでカーブが来るかわからなきゃ、結局意味がないんじゃないの?」
「そういうことだな」
「あっ、その言い方は当てがあるんだ」
「ある。これ、見てくれ」
俺は、ストレートとカーブを連続して投げた場面の映像を流した。
柳はワインドアップから、まずはストレートを投げた。そして、その後にカーブを投げた。
「どうだ?」
「どうだって、何が?」
速水は小首を傾げていた。
俺は無言で、もう一度映像を流した。
「わかんない。教えて、哲郎」
「言ったろ。投手に取って緩い球ってのは、諸刃の剣なんだよ。コントロールミスして甘く入って、長打を打たれれば最悪って球なんだ。
であるから、投手心理としては、カーブほど低めに投げ切らなきゃ。……つまりコントロール仕切らなきゃいけない球って心理が働くんだ」
俺はそう前置きして、柳のストレート、カーブの映像を再生した。
「わずかだけど、その意識があるからか、柳はカーブを投げる時、腕の振りが緩まる時がある。ボールをコースに置いていこうとするんだろうな」
「えぇぇ、全然わからない」
速水は画面に近寄りながら言っていた。
「まあその辺は、長年の経験だな」
「哲郎にははっきりわかるんだ」
「おう、一目瞭然」
と自慢げに語って、俺は後悔したように俯いた。
「どうしたの」
「長々と語ったが、実はこの攻略法、上手くいくとは限らないんだ」
「え、どうして? 腕の振りが違うの、わかるんでしょう」
「ああ、わかる。だけどな、言ったろ?
腕の振りが緩まる『時』があるって」
「えぇと、ずっと緩いわけじゃないってこと?」
「そういうことだ。しかも、コントロールを意識する時は決まって低めに決める時。つまり、ボールゾーンに球が来ることが多いってことなんだよ。ボールゾーンの曲芸打ちなんて、一回やったら向こうに狙い球バレる」
「難しいものなんだねぇ」
速水は、腕組をしながら唸っていた。
「まあ、この作戦を通すには、いくつか事前の条件がいるってことだな。
一つは、大差で向こうにリードされる展開を作らないこと。大差でリードされれば、向こうもピッチングが大味になる。つまり、カーブを投げる時コントロールを意識しなくなる。腕の振りが緩まる可能性が極めて低くなるってことだ。
もう一つは、チャンスは一回きりってこと。一回やったら、二度目はないだろう。なんだかんだ、フォークでも勝負出来るピッチャーだし」
「すっごい無理難題な気がするんだけど」
「野球って、基本的にどんな優れた打者でも打率三割のスポーツだからな。基本的に投手有利だ。優れた投手を相手にするほど、向こうが有利な条件になるのは当然だ。
まあ、かといって好き勝手やられるわけにはいかないけどね」
「……哲郎、悪知恵働かせてる顔してる」
「悪知恵かはともかく」
俺は苦笑して、続けた。
「これ以外にも、柳攻略の策は思い付いてるぞ」




