表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/107

楽な相手

 駒混高校との試合はワンサイドゲームの様相を醸し出した。勿論、リードしているのはこっちだった。

 二回が終了した時点で、五対ゼロ。今大会の規定では、五回から六回までに十点以上の点差。七回以降には七点以降の点差が付いた時点でコールドゲームになる規定があるが、この調子で行けば五回にも試合は終わりそうな雰囲気だった。


 先ほどまであれほどおらついていた連中は、すっかりと静かになっていた。強豪校との実力差を肌で感じて、こちらを煽っている場合ではないと悟ったらしかった。


 そんな中、三回の表の相手の攻撃で、相手の八番打者がようやく大貫先輩から痛打を打った。


「ショート」


 しかし、その打球は俺が逆シングルでキャッチして、一塁送球しアウトとなった。最近、肩回りの筋肉が増してきたと感じていたが、実感出来る結果を出せて良かった。今後はもう少し負荷を増したトレーニングを増やそう。


 そんなことを考えている内に、三回表は終了し、裏のこちらの攻撃が始まった。


 昨晩調べ上げた投手は、二回の時点で六十球の球数を投じていた。三回のマウンドに上がる前から、満身創痍といった風に肩で息をしており、リリースポイントのばらつきによる制球難に襲われていた。


 そして、満塁のピンチを作り、俺の打席が回ってきた。


「おいチビ。あんま調子に乗ってるとコロスぞ」


 汚い言葉でキャッチャーに煽られた。ちなみに、二打席目も俺は左中間真っ二つのツーベースを放っていた。


 こんな連中の煽り、果たして応じる必要があろうか。


 一旦脳裏で考えて必要ないと悟って、俺は投手が三球目に投じた高めのファーストストライクを振りぬいた。


 打球は、再びレフトスタンドへ吸い込まれていった。


 九対ゼロ。


 コールドゲーム成立まで、あと一点となった。


「武田、大丈夫か?」


 ベンチに戻ると、吉村先輩に言われた。


「何がですか?」


「連中、お前に目をつけてるみたいだぞ」

 

 吉村先輩は、グラウンドの方を指さしていた。


「連中って?」


「相手校だよ。さっきからお前、攻守に活躍しているからな。試合前に散々煽った相手ってこともあって、向こうは面白くないんだろう」


「そうですか。でも俺としては、真剣にやってるだけです」


「まあ、そうなんだけどさ」


 吉村先輩は肩を竦めていた。


「もう試合も決まったようなものだし、もし次打席が来たら、下手に刺激しない方がいいぞ」


「まだ試合は決まってません。もし打席が回ってきたら、本気で取り組みます。手を抜くことなんて俺には出来ません」


「わかった。面倒だから、勝手にしろ」


 吉村先輩は苦笑して続けた。


「ただ、ラフプレーとかには気をつけろよ」


「はい」


 試合は、開き直った相手投手の好投もあって、両チーム加点がない状況になった。

 五回表、大貫先輩はあっさりと相手打線を三人で打ち取った。ここまで、ノーヒットの好投だった。


 裏の攻撃、打順は一番の吉村先輩からだった。俺のホームラン以降、無安打に抑えるピッチングを投手が見せた影響か、相手ベンチが少しずつ活気を取り戻し始めていた。ここらで試合を終わらせたいと、多分俺を含む味方陣営は思っているところだった。


 そんな中、先頭打者の吉村先輩は、相手投手の変化球をうまくバットに乗せて右中間を破るヒットを放った。


「回れ回れっ!」


 ネクストバッターズサークルから、俺は声を張り上げた。相手守備に中継ミスが出たのだ。その隙を突いて、吉村先輩は俊足を飛ばして三塁を陥れた。


 活気を取り戻し始めていた相手ベンチにとって、このピンチは絶望ものだった。なにせ、次の打者はここまで二ホームランの俺だったから。


 打席に向かう途中、マウンドで湿気た面して集まる相手選手が、俺を見ていることに気が付いた。

 その顔は、どこか悪意を感じる笑顔だった。


 決起集会を終えて、キャッチャーが戻ってきた。


「もういいんですか?」


「ああ、いいぜ」


 キャッチャーはニヤニヤしながら、キャッチャーマスクを被っていた。


 何かあるな。


 そう思ってからの、投手の初球。


「うおっ」


 投球は、大きく俺の体側に逸れてきた。

 足元を襲う投球に、俺は寸前のところでジャンプで回避した。


 打席で尻もちをついていると、


「ちっ、躱してんじゃねえよ」


 今の投球が故意であると、キャッチャーは教えてくれた。


「試合、捨てたんですか?」


 一度打席から外れて、俺は尋ねた。

 

「ちげーよ。手が滑っただけだよ。もう一球、似たような球がいくかもしれないけどな」


「ふーん」


 俺はバットを構えて、打席に戻った。


 投手の二球目は、


「おっしゃー!」


 俺の左腕を直撃した。

 投手は雄たけびを上げていた。


 患部を押さえながら一塁に着くと、


「へっ、痛いかよ。今後はこれに懲りて、生意気なことするんじゃねえぞ」


 一塁手に煽られた。


「痛くないですよ。デッドボールの受け方も練習しているので」


「はあ?」


「デッドボールで怪我するなんて、微塵も面白くないでしょう。故意か不慮かはいざ知らず、こういう事態を想定するのは選手として当然だ。

 そちらは、それで俺を委縮させられるとか思ったみたいですが」


「テメエ、喧嘩打ってるのか」


「別に。ただ初戦の相手が、あなた方で良かったとは思ってます」


「なんだと?」


「こんなに試合を早々に諦めてくれる相手、楽でしょうがない。俺は、甲子園に行くことを目標にしているので。トーナメントは一回でも負けたらいけないわけですからね。そんな緊張感ある大会形式の中で、自分から勝手に落ちてくれるチームが相手だなんて、凄い助かる」


「テメエ」


 今にも殴り掛かりそうな一塁手の前から、俺は即姿を消した。ピッチャーがセットポジションに付いたタイミングだった。


「走った!」


 一塁手の叫び声で、ワンテンポ遅れて投手が二塁にボールを転送した。


 俺は、二塁に滑り込む前に足を止めた。


「挟殺プレー!」


 相手ベンチが叫んでいた。

 二塁手がボールを持って俺に詰め寄ってきた。俺は逃げるように一塁側に走った。


 二塁手から一塁手にボールが転送された拍子に、今度は俺は二塁側に走って……足を止めた。


「アウトー!」


 先ほど喧嘩を売りそうだった一塁手が俺の背中にグラブを当てていた。その声色は朗らかで、俺を出し抜いた喜びに満ちているようだった。


 ただ俺は、


「アウトじゃないですよ」


 一塁手に言った。


「あ?」


「三塁ランナー。ホームスチールしてますよ。もう生還しています」


「え?」


 ホームベース付近が、味方選手で騒がしかった。


「ディレイドスチールです。そして、十対ゼロでこちらのサヨナラコールド勝ちですね」


 一塁手は呆然としていた。


「ありがとうございます。おかげで俺、結果を残しながらディレイドスチールの練習まで出来ました。あのタイミングだと、右投手相手でもまだ早すぎたか」


 感謝の意を伝えると、一塁手は膝から崩れ落ちていた。




 すぐに精神的に折れるメンタル力のなさと、ラフプレーに走る姑息さ。


 この試合、正直微塵も面白くない試合だったが、せめて次へ向けての練習とか実践を行えたのが救い、か。


 とにもかくにも、後味悪いものの、俺達は初戦を圧勝で終えたのだった。

ポイント伸びろ! 伸びてくれ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ