同居人の知る同居人
『あたし、将来はミシュランに載るようなシェフになりたいと思ってるから』
いつか速水の教えてくれた夢、照れくさそうに語ってくれた夢。
『あたし、結構頭良いんだ。この学校、今の偏差値から四ランクくらい下になるの』
その夢を叶えるために、彼女は父と喧嘩してまで、学力のランクを下げてまでこの学校に進学した。
……もっと早く気づくべきだった。
『凛ってバイトで遅く帰るか、一人暮らしで忙しいからってすぐに帰るか、だよ。たまにあたし達とも遊ぶけど』
安藤さんは気付いていた。
『速水さんが帰る時間、いつも早いしな。練習が始まる前で、その時間にグラウンドに集まる人も少ないんだよ』
前川だって気付いていた。
『部活に入ってないことが勿体ないな』
先生だって。
多分、俺以外のあの人と親しい関係の間柄の人は、全員気付いていた。
それなのに、俺は一番長くあの人と一緒にいたはずなのに、気付くことが出来なかった。
何人かの人から速水の生態調査をして、俺が抱えた違和感、疑問はこれだったんだ……!
部活動にも参加せず、須藤先生が宿題を受け取ったのを見て、俺はすぐに帰路に着いていた。
走って、電車に乗って、また走って。
いつもより夕焼けで赤赤しいアパートを拝んで、俺は鉄骨の階段を登って、二○三の自室の前まで来た。
扉を開けると、中には速水がいた。つまらなそうにテレビを見ていた。
「えっ、あんた、部活は?」
こちらに気付いた速水が言った。驚いていた。
だけど。
だけど、俺はそんな言葉に返事をすることは出来なかった。
荒れた息を荒れさせながら。
靴を粗暴に脱ぎながら。
ドカドカと大きな足音をたてながら。
速水に近寄って、形相で両肩を掴んだ。
「あんたっ、調理部はどうしたっ! なんで入部していないっ」
『ウチの学校、調理部って部活があるの知ってた? 有名シェフを何人か輩出しているような実績ある部活なんだ』
速水がウチの学校を選んだ理由。
学力ランクを下げてまで。
父親と喧嘩してまで。
彼女がウチの学校を選んだのは、調理部という部活動に入るためだった。
なのに彼女は、今その部活に通わず、バイトか帰宅かを繰り返していた。
「どうしてだ。教えてくれ」
「……面白い話なんて、何もないよ?」
「それでもだ。教えてくれ」
「……あんたには、関係なくない?」
「そんなことあるかっ」
冷たい視線の速見に、俺は唇を噛み締めていた。
「あんたは、俺の夢を応援してくれたじゃないか」
しばらくして、俺は言った。
「あんたは俺のファン一号になってくれた。毎食美味しいご飯を作ってくれた。赤点回避のためにご褒美までくれた。ルーティーンの邪魔もしないでくれたっ!
そんなあんたの夢を俺が応援しないわけがないだろ!
俺だけが夢への道を進んでいっても、嬉しいはずがないだろ!」
「……何よ、それ」
しばらくして、速水は笑い出した。
「本当に、面白い話はないよ?」
「構わない」
「……廃部よ、廃部」
「は、廃部?」
俺は首を傾げていた。
「去年までの学校パンフレットには、キチンと調理部の名前はあった。だからこそこの学校に進学したんだけどさ。去年時点での入部生は全員三年生だったの。だから、今年部員数ゼロになってね、廃部しちゃった」
「……そんなことが」
「うん。もう驚いたよ。まさか廃部してるだなんてさ。元々運動部とかと比べると、人気はない部活だとは思ってたけど、まさか廃部だなんてね」
確かにそれは、面白くもなんともない。
学校側としては、廃部予定でも当時は部活として存命していたからこそ、部活の欄に調理部を残していたのだろうが、新入生の俺達にしたらたまったもんじゃない話だ。
確かに一人であれば、速水が泣き寝入りしてしまうのも無理はないと思ってしまった。
……だけど。
「部として復活させるにはどうしたらいい」
「部としてと言われても、そんな廃部寸前の部活を復活させても、入る意味があるとは思えないよ」
「確かに。あんたとしても無意味か。そんなの形だけの入部だもんな。じゃあ、料理教室に通うとかはどうだ」
「それだと、部と違ってお金がかかるよ」
「だったら、俺が新聞配達でもして工面する」
速水は目を丸めていた。
「料理教室って、結構ピンキリだよ? 新聞配達じゃどうにもならないかも。
っていうか、なんであんたがあたしの料理教室のお金を工面するの?」
「あんたにはいつも世話になってる。これくらい当然だろ」
「そんな……悪いよ」
「悪くない。あんた、お人好しがすぎるぞ」
「それはこっちの台詞だよ。君も大概、お人好しだ」
「そんなことはない。いつかも話しただろ、俺はあんたに対して、お礼を言われるようなことをしてないのに、施しばかり受けている。
だから、当然なんだよ」
「……そんなことないってば。あたし、結構君に甘えてるよ?」
速水は俯いて、続けた。
「料理以外の家事はしないし、作ったご飯もいつも美味しいって言ってくれるし……。
また、同居もしてくれたんだもの」
「だから、泣き寝入りし続けるのか?」
速水は返事をしなかった。
「そんなの……。そんなの、
微塵も面白くないだろっ」
「面白く、ないか」
「親と喧嘩してまで、学力ランクを落としてまで、シェフになる夢を叶えるためにこの学校に入ったんだろ。だったら、どんな手段であれその夢を叶えられるように勤しむべきだろ。誰の手でも借りるべきだろ!」
「……でも」
「俺達、同居しているんだろっ!?」
速水は目を丸めて、俺を見た。
「この同居生活は、互いの足りないところを補い合えるから続けたんじゃなかったのか! 俺の手は今、俺だけのもんじゃない!
同居人のあんたのものでもあるんだ。もっと自由気ままに使え!
自分だけでどうにもならない時に、俺を頼らずに泣き寝入りなんかすんな!」
「……でも、あんたの夢の妨げになるかもしれないじゃない!」
「はっ。なるわけないだろうが」
「なんでよ! なんでそう言い切れるのよっ!」
「鍛えてるからだよ」
自信満々に言うと、速水は呆れたように黙った。よく見れば、彼女は涙を流していた。
「あんたは重荷なんかじゃないぞ。むしろ、あんたにとって俺こそ重荷だろ」
少しだけ優しい声色で、俺は続けた。
「あんたは違うと言うかもしれない。自分の方が重荷だと言うかもしれないけどさ。どうあれ俺はそう思ってしまうんだよ。
だからさ。だったら深いことは考えず、手を取り合って、協力し合って生活しようぜ」
俺は、速水の肩を離して立ち上がった。
「互いの欠点を補うのが、同居生活だ。日頃鍛えてる俺は、多少のことじゃ音をあげないからさ」
そうして、速見に手を差し伸べた。
「武田、本当にあんたはさ。ストイック過ぎて、引く」
涙交じりの声で、速水は呟いた。そして、俺の手を掴んで立ち上がって……。
「でも、この学校に進学してよかった」
俺に、抱きついてきた。
「あんたと同居出来てよかった……!」
そう言ったきり、うわんうわんと泣く速水に、俺は何もすることは出来なかった。あれだけイキリ散らしたにも関わらず、同級生の女子一人泣き止ませることが出来ないほど、俺の人生経験は乏しいのだと思い知らされた。
だから、今後はそれも克服していこうと思った。
この人がいたおかげで、色んなことを今日まで学んでこれた。
彼女の作る料理は、母の料理よりも美味いってこと。
一人ぼっちの六畳一間は、意外と広いということ。
そしてやっぱり、この俺の同居人は、誰よりもお人好しだと言うこと。
これからも、多分色んなことをこの同居生活で、俺は学んでいくだろう。この同居人と一緒に、学んでいくことだろう。
そのことが、面白くもあり、楽しみでもあり……。
とてもとても、嬉しかった。
第3章、これにて終わりです。
ヒロインの部活関係が面白くない状況というのは決めていたため当人の口から部活のことを語らせてこなかったが、廃部にするというのは直前で決めました。
ここまでストイック過ぎる主人公を魅せてきたことに対して、それが映えそうな場面になると思わされたからです。
あと、結局なし崩し的に主人公ヒロインの関係が深まってるのが嫌だったので、なんかここいらでイベント作ったろ、という浅知恵があった。
関係近づけすぎたことへの恐れはある。
10話構成くらいでぼんやり考えていたら、半分にしかならなかったことは反省点だと思ってます。
次章も頑張る。そろそろ夏の予選やるかと思ってます。
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