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部員仲間の知る同居人

「おい、武田」


 粗暴な声の前川に、部活開始早々呼ばれたのは、昼に安藤や広末さんなどに速水のことを聞いたその日のことだった。


「なんだよ」


「お前、速水さんと同じクラスだったよな」


 粗暴な態度の前川は、何故か頬を染めていた。


「そうだけど、それが?」


 尋ねてきたにも関わらず、前川は返事をしなくなった。


「どしたの」


「あのさ、どうなのさ」


「何が」


「速水さん。誰か恋人とか、いそうなのか?」


 しばらく、無言の空気が流れた。

 一体この男、どうしたというのだろう。


 まあ、とりあえず。


「恋人はいないだろうなあ」


 同居生活をしている中で、速水に彼氏らしい男の影が見えたことは一度もなかった。さすがに一月も一緒に同居していて、それを隠し通すのは無理があるだろう。

 というか、彼氏がいるなら同居なんて断固拒否しただろう。彼氏の家に泊めてもらう、とかで余裕で回避出来ただろうし。


「ほ、本当か」


「ああ。だけど、好きな人はいるらしい」


 先ほどの安藤達との会話を思い出して、俺は腕組しながら伝えた。

 ただ、一月も一緒にて、あの人に好意を寄せる男がいるだなんて、正直一度だって思ったことなかったんだよなあ。


「そ、そうか」


 前川は、目に見えて落ち込んでいた。どうしたというのだろう。


「なんだよ、あんたあの人のことが好きなのか」


「ばっ、ちげーし」


 前川は頬を染めて否定した。


「そうだよなあ。野球に忙しくて、恋どころじゃないよなあ」


「いや、それはお前だけだと思うぞ」


「ん?」


 前川の小声は、小さくて聞こえなかった。


「は、速水さんのクラスでの様子はどうなんだ」


「どうって、至って普通だぞ。毎日楽しそうだ」


 そう言ってから、再び安藤達との会話を俺は思い出していた。


「いや、何でも最近は、色々と困ってそうなこともあったそうだ」


 まあ、それは俺のせいだが。


「そうか。なあ、その悩みの内容、知らないか」


「ん、知らないことはないが、多分それは解消されてるぞ」


 何せ、俺中間テストで赤点回避したし。……ああいや、期末テストでも同じことになるのか? そういえば、来月にはまた期末テストが始まるのか。嫌だなあ、勉強。


「もしかしたら、また再燃するかもなあ」


 前川は俺の呟きが聞き取れなかったのか、首を傾げていた。


 しばらくして、


「そうか。中々に難攻不落だな」


 前川は腕組をしていた。


「……おい、前川一ついいか」


「なんだ?」


「あんた、随分とあの人のことを知りたがっているが、何かあるのか?」


「べ、別に」


「いや、それは無理があるだろう」


 呆れたように、俺は前川にため息を吐いた。


「そもそも、あんたなんであの人のこと知ってるんだ。スポーツ科って、棟が別だったろう」


 俺達普通科生徒のクラスは南棟。それに対して、スポーツ科の連中は北棟に教室を構えていた。


「べ、別に。あの人、しょっちゅう下校道から……大体あの辺から、グラウンドを見ながら帰ってるんだ」


「そうなの? 知らなんだ」


「そりゃあ、速水さんが帰る時間、いつも早いしな。練習が始まる前で、その時間にグラウンドに集まる人も少ないんだよ」


 ふうん。

 あの人、帰る時にいつもグラウンドを見ているのか。


 ふと、ならば速水の意中の相手は野球部にいるのでは、と俺は思った。そんなに甲斐甲斐しくグラウンドを見ているならば、その線は薄くないのでは。

 であれば、俺が速水の感情に気付けなかったのは、速水が俺伝いにその意中の野球部部員に自分の気持ちが漏れないようにするためか。


「あんた、本当によく見ているな」


 それにしても、この前川という男、良く外野を気にしているものだ。


「あんたは否定したが、まるであんた、あの人のことが好きなように見えるぞ。ガハハハハッ!」


 茶化すように高笑いすると、前川は黙って俺の元を去っていった。


 しばらくして、部活が開始された。


 今日も今日とて、非常に実のある練習だった。このまま、あと一時間でも追加で練習させてもらえると、非常に面白いのだが。


 いつも通り、俺のそんな願いが叶えられることはなく、名残惜しさを抱えながら帰路に着いた。



 帰りながら、スマホを開くと、


『お母さん、さっきホテルに移動していったよ』


 珍しく速水からメッセージが届いていた。


『そうか』


『あんたによろしくねって言ってた』


『そうか。悪いな』


『いいよ』


 速水のメッセージは続いた。


『ねえ、一つ聞いてもいい?』


『なんだ』


『今日の昼、なんで茜とどっか行ってたの?』


『なんでもないぞ』


 出来心であんたの身辺調査しているとは言えなかった。言ったら、なんだか怒られそう。


『ふーん。そうなんだ』


『ああ、そうだ』


 納得してくれただろうか。


『茜とかから、あんたのことどう思ってるって、凄い質問責めされたんだけど』


『昨日の試合で俺のことに興味でも湧いたんじゃないか?』


 素早く送った自分のメッセージを見て、俺は自分のことを初めてろくでなしだと思った。


『そうなのかなあ』


『間違いない。何せ俺、昨日の試合で、二打数二安打。一ホームラン。守備でも好捕を見せてしまったからな』


『わかりやすく調子に乗らないで?』


『ごめんなさい』


 あれほど素直に喜べなかった昨日の結果を棚に上げた末の謝罪。

 珍しく俺は、心労を感じていた。


 同居人の生態調査は、未だ些細な疑問が拭えないままなのに、どうやら少しばかり難航の様相を示していた。

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