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友人の知る同居人

 昼休み、俺は隣の安藤に引き連れられて、人気のない校舎裏に向かった。そこに着けば、何人かの女子が笑いながら大きな声で話し合っていた。


「あっ、来た来た」


 女子の一人が手を振っていた。あの人は覚えがある。確か、広末さん。以前日直を一緒にしたことがあった気がする。


「お待たせ」


「うおー、武田君。昨日は凄かったねー」


 数人の女子共は喧しかった。


「……どうも」


 及川のせいで、昨日の試合結果はどうも心から喜べなかった。


「まあそんなことはともかく。武田君、凛のこと好きなの?」


「ああ、好きだぞ」


 友達として。


 女子達は手を繋ぎ合ったりして、きゃーきゃー喜んでいた。


 ……今更気付いたが、なんだか誤解されてる気がするな、これ。


「ちなみにさあ」


「はい」


「どんなところが好きなの?」


「面白くて一緒にいて楽しいことかな」


 誤解がある気がするが、弁明も無駄だと思ったので、いつか思ったことをそのまま口にした。


「あれ、凛と武田君ってそんなに仲良かったっけ?」


 ただ、そのことが災いした。安藤は小首を傾げながら尋ねてきた。


「ああ、たまに帰りが一緒になる」


 冷や汗を掻きながら、誤魔化すように嘘をついた。さすがに同居しているとは言えなかった。


「帰りがと言っても、凛ってバイトで遅く帰るか、一人暮らしで忙しいからってすぐに帰るか、だよ。たまにあたし達とも遊ぶけど」


「会うのはあの人のバイト帰りだよ。俺も部活動の練習で帰る時間遅いから、たまたまたまに会うんだ」


「ああ、なるほど」


 なんとか誤魔化せたらしい。心の中で、俺は一つ安堵のため息を吐いた。


「それで、と。つまり武田君は、大好きな凛のことを知りたいから、あたし達にあの子の日常を聞きたいわけだな」


「そうだ」


 正確には、俺が知らない同居人の姿を垣間見て、あの人の生態を理解したいだけなのだが、これは言わない方が良いだろう。


「凛のこと、裏で周りに聞き回るくらいに好きなんだ」


「……ああ、そうだ」


 やはり誤解されてるな、これ。今更初めの話を引っ込めて協力を仰げなくなると、話を何も聞けないどころか敵対勢力を増やすことになりそうで、俺は渋々同意した。


 女子達は、俺をニヤニヤ見つめていた。


「そっか。武田君と凛かー。武田君、我が強そうだけど大丈夫?」


「そこは大丈夫だ」


 なにせもう一月以上も同居して、大きなトラブルといえばいつかの赤点回避騒動くらいだし。


「すっごい自信だねっ。凛のためならその性格も変えれますってことだね!」


 ただ、そんな事実を知らない女子連中は変な解釈をしていた。


 余計恥をかいて、俺は俯いて黙った。


 というか、こいつらもさては俺のこと、協調性がないと思っているな。俺は協調性の塊なのに。


「仕方ない。そこまで本気なら教えようっ」


 快活そうに、広末さんは言った。


 正直助かる。ここまでやって収穫ゼロは、普通に凹む。


「と言っても、いざこういう時になってみると、一体凛のどんな話をすればいいんだろう」


「別に、かしこまった話をしなくていいからな。俺が知りたいのは、あの人の日常だ。最近した世間話とか、笑い話とか、そんな取り留めのない話で構わない」


「遠きに行くには必ず近きよりす、だね」


 広末さんは微笑んだ。


「なんて?」


「遠い目標を叶えるには、手短なことから順序立てて乗り越えて行きましょうってこと。凛みたいな恋に無頓着な人を落とすのに、まずはどんなことからでも聞こうってことだよねっ、武田君!」


 女子陣が広末さんの説明で湧いた。拍手までしている始末だった。


 勿論、俺にそんな気は一切なかった。

 大体の速水の性格は、同居している中で理解しているつもりだから、今のあの人がどんなことに興味を持っているか、同性相手にはどんな話をしているのか、俺はただそれを知りたいだけだった。


 ただ遠きに行くにはなんとやら、か。

 中々俺好みの諺だ。


「というか、あの人、恋愛に無頓着なんだな」


 そういえば、広末さんの話の中で気になったフレーズを、俺は聞いた。


「あー、いや、あのね。無頓着、というか、もう心に決まった人がいるというか、好きな人がいそう、と言うか」


「なんじゃそれ」


「なんだかねー、時々あの子、凄い優しそうな微笑みをしている時があるのよ」


「ほう」


「それで、あれは好きな人のこと思い浮かべてるんだなってのが、皆の共通見解なのよね」


「何を根拠に?」


 あまりにフワッとしすぎていて、俺は首を傾げていた。


「あの子、結構しっかりしてるじゃない?」


 そうか?

 寝相は悪いし、家事も料理以外は出来ないぞ。


「あたし達と同い年で一人暮らししてて、家事に対する文句だって口にしないんだもの。そう思うじゃない。で、しっかりしてるあの子が時々抜けたような笑顔するから、きっとそうなんだろうって」


 多分文句がないのは、好きな料理以外の家事は何もしていないからではなかろうか。勿論、俺的にはしてもらったら困るのだが。


「一人暮らしのストレスがないわけではなさそうだしね」


「ん?」


「確か、GW明けた頃だったかなー。一時期毎日難しい顔してたよねー」


「あー、あったあった。人に教えるのって難しいとか呟いてたよねー」


「あったねー。家庭教師のバイトも始めたんだーとか思ったもん!」




 ごめん。それ俺に対してだわ。


「それにしても武田君」


「なんだ?」


「好きな人に恋敵がいそうだって言うのに、意外と落ち着いてるね」


「ま、まあな」


 微妙な笑みを、俺は浮かべた。


「元気だしなよ。まだチャンスがないわけではないと思う! ……多分」


「そうですか」


「うん。ああそうだ。武田君、凛の誕生日がいつか知ってる?」


「知らない」


 そういえば、一月以上の付き合いなのに知らないな。


「七月七日。七夕だよ」


「……へぇ」


 そろそろなんだな。


「これはチャンスじゃないかな」


「なんの?」


「挽回の」


 つまり、名も知らぬ恋敵から俺へと鞍替えさせる、挽回のチャンス、というわけか。


 ただなあ、あいつの恋路を邪魔するのも、何か違うような……。


 あと、俺は何か重大なことに気付いていないような。そんな違和感が、胸の奥にあった。


 そんな些細な疑問となんとも言えない違和感を抱えたまま、午後の授業の予礼が鳴り響いたため、この場は解散となった。

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