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野球キチガイ一家

 朝、いつもより早くに目を覚ました。起きたての頭で、頬とわき腹がヒリヒリと痛むことに気が付いた。


「この女……」


 体を起こしながら、昨日の夜のやり取りを思い出していた。同居人である速水と、母の画策のせいで一緒に寝る羽目になった件だ。


 速水は、俺のことなど興味ないと言わんばかりに、仰向けで大の字に寝ていた。やはりこの女は寝相が悪いらしい。

 頬の痛みの原因は覚えているが、わき腹は知らないなあ。まあ多分、寝返りを打った拍子に殴られたのだろう。


「もう一緒に寝るのはごめんだ」


 そう思いながら、安らかな寝息を立てる同居人を起こさないように、俺は布団から出た。

 手早くを着替えを済ませて、ついでにわき腹に湿布を貼って、俺は早朝トレーニングに出かけた。


 早朝トレーニングから戻ってくると、母は起床していた。


「あら、おはよう」


「おはよう。あの人は?」


「まだ寝てるわよ。一回起きようとしてたけど、朝ごはんの準備ならあたしがするって言って、二度寝してもらったわ。一宿一飯のなんとやらね」


「そうですか。じゃあ、掃除をしてくる」


「ふうん、本当に食事以外はあんたがしてるのね」


「まあな、ルーティーンだ」


「また変なこと言ってる。誰に似たんだか」


「あんたら夫婦だよ」


 憎々しく言って、俺はせっせと手を動かした。


 掃除も終わった頃、俺は母の作った朝ごはんを頂いていた。


「どう、久しぶりの母のご飯は」


「普通」


「じゃあ、凛さんのご飯は?」


「美味い」


「ちゃんと口にしてあげるのよ?」


「何を言うか。耳がたこになるくらい言ってるぞ」


「また変なこと言ってる。誰に似たんだか」


「だから、あんたら夫婦だよ」


 家族漫才もそこそこに、俺は母から弁当を受け取って、玄関に向かった。


「もう行くの?」


「ああ。練習したくてうずうずしてたからな」


「そう。お母さん、一週間は日本にいるから。何かあったら連絡するのよ」


「おう」


「後、凛さんに迷惑はかけないこと」


「当然だ。同居人に迷惑をかけるはずがない」


「変な自信ね。あとは、また遊びに来るから。今度は事前に連絡するから、ホテルの予約はよろしくね」


「わかった。一週間前には連絡をくれ」


「うん。じゃあ、行ってらっしゃい」


 久しぶりの再会も、去り際はそこまで名残惜しさはなかった。

 なんだかんだ俺が、家族なしでの生活に慣れてきた証拠、なのかもしれない。



 それかもしくは、今俺はそれよりも知りたいと思っていることがあるからかもわからない。



 朝練を終えて教室に行くと、速水は既に登校してきていた。

 席から近い友人数人と、輪になって微笑みながら会話に勤しんでいた。


「あ、おはよう」


「ん? ああ、どうも」


 教室の自席に腰をかけると、隣に座る女子に話かけられた。ずっと隣の席だったのに、そういえば俺は彼女の名前を知らなかった。


「昨日は凄かったね」


「……どうも。って、昨日見に来てたのか」


 鞄からハンドグリップを出しながら、俺は返事をした。

 話しかけてきた女子は、どうやら昨日試合を見に来た女子らしかった。


「安藤茜、よろしくね」


「ああ、どうも」


 名前を知らないことを察したのか、安藤は自己紹介をしてくれた。俺は丁寧に頭を下げた。


「この前、席替えして隣になったばかりだけど、武田君、ちゃんとクラスメイトの名前は覚えようね」


「ごめんなさい」


 失礼なことをしたなと思って、俺は素直に謝罪した。


「いいよ。君、他人に興味ない性格しているみたいだしね」


 結構グイグイ言ってくる人だな。

 顔を見たら、なんだかいたずらっ子みたいな笑顔を見せていた。どうやらこの人、物怖じしない性格らしい。


「練習熱心なんだね」


「ああ、野球も練習も好きだぞ」


「そうなんだ。あたしも好きだよ、野球」


 そう言って、安藤は筆箱につけたストライプ柄のユニフォームのストラップを見せてきた。


「横浜ファンか」


「そう。今年ももう十五試合は見に行ったよ」


「それ、土日だけじゃなくて平日も入ってるだろ」


「当然。今、横浜戦のチケット取るの、凄い大変なんだよ?」


「そりゃあ、あんな一等地に球場構えてて、数十年前の閑古鳥がおかしいんだろ」


「その通り。まあ、あたしがファンになったのはその仄暗い暗黒時代だったんだけどね」


「へえ、奇特な人もいたもんだ」


「ウチの親が横浜ファンなの」


「へえ、父親?」


「ううん。両親」


「母親も野球好きなのか」


「本職は高校野球ファンだけどね。あと、お姉ちゃんも野球好きだよ。お姉ちゃんは中学野球ファンだけど」


「コアすぎるだろ、それ」


「あたしもドン引きするくらいだからね」


 そりゃあ凄い。さすがの俺も少し驚いた。


「武田君。このまま行けば、ウチの親に目を付けられるだろうね」


 安藤は微笑んでいた。


「それ、あんまり嬉しくないな」


「ちなみに言うと、昨日の試合も見に来てたそうだよ。バックネット裏にいたそう」


「たかだか練習試合で?」


「親からすれば、たかだか練習試合じゃなかったんだと思う。何せ、娘の高校と超高校級ピッチャーの対戦だもの」


 安藤は、これまでの顔と打って変わって少し陰のある顔を見せていた。


「それで、ごめんね。これからが今日声をかけた本題なの」


「はあ」


「連絡先、教えてもらえないかな?」


「どうして?」


「言ったでしょう? お父さんとお母さん、昨日の試合見に来てたの」


「はい」


「それで、七回の代打から出てきたショートは誰だって、昨日あたし、詰問されまくってね。何せそのショートの子、二打数二安打。一ホームラン。守備でも好捕を見せてしまったものだから」


「そりゃあ、お気の毒に」


「あたし、そういえばあたしの隣の席の子だって言ったら、そりゃあもう色々言われてね」


「例えば?」


「なんで連絡先を知らないんだから始まって、すぐに家に呼べとか、判子も持って来てもらえって言われたりした」


「本当、お気の毒に……」


「こちらこそ、巻き込んでごめんなさい。一度暴走したら止まらない親なの」


 安藤は深々と頭を下げた。

 そういう親に心当たりがあり、俺は居た堪れない気持ちになっていた。いや、俺の親の方がまだ良識があるか……?


「それで、勿論家に来てとかは言う気はないんだけど、せめて連絡先は教えてもらえないかなって」


 安藤は困り果てた顔でお願いしてきた。本当、昨日謂れのないことで、この人もこってり親に絞られたのだろう。


 ただただ可哀そうで仕方がない。


 この人の親、野球好きというか、野球キチガイだな。俺も大概だけども。

 というか、今の話を聞く限りでは、俺もう安藤親に目を付けられてるよな。


 まあいいか。

 さて、それで連絡先、か。


 まあ正直、交換するのはやぶさかではない。クラスメイトの連絡先を知ることは、後々を考えたらデメリットではないはずだから。


「……構わないが、一つお願いしてもいいか?」


「なあに?」


 安藤は可愛らしく小首を傾げていた。


 連絡先を教えるのはやぶさかではない。だけど、この人は速水と一緒に野球観戦に来る程度には、速水と仲が良いんだよな。

 

 だったら、


「あそこの人と、あんたは仲いいか?」


 一応、俺は後方で喋っている速水の方を見ながら尋ねた。


「誰?」


「だから、あの人だ」


「ああ、凛?」


「そう。その人だ」


「……名前で呼んでくれればいいのに」


「まあ、いいじゃないか」


 少しだけ気恥ずかしい気持ちになっていた。


「凛とは仲良いよ。たまに一緒に喫茶店行ったりするし、他にも何人かいるけどね」


「ほう、そうか」


 良し。ならば問題ないだろう。


「じゃあさ、俺の番号教えるけど、代わりにあの人のこと、あんたの知っている限りで良いから教えてくれないか?」


「いいけど……」


 しばらく目を丸めていた安藤は、突然火事場に集う野次馬のような好奇な瞳を俺に向けていた。


「もしかしてもしかして、武田君。凛のこと好きなの?」


「ああ、そうだぞ」


 友達として。


 途端、安藤はとても楽しそうにきゃーきゃー言い出した。周囲の視線が少し痛い。


「そういうことなら、昼休みね」


「おう。……おう?」


「他にも凛とあたしの友達、何人か集めとくから」


 丁度予鈴が鳴ったせいで、それ以上安藤と会話をする機会は失われた。


 その後の午前中の授業中、安藤は何故だかとても上機嫌で授業に取り組んでいた。

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