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意外と知らない同居人のこと

「で、母さんは何で帰ってきたのさ」


 速水の料理に三人で舌鼓を打った後、俺は母に尋ねた。

 ちなみに速水は、母にご飯が美味しいと褒められて、なんだか少し気恥ずかしそうにしていた。これもまた、新鮮な顔で、中々に面白いものを見せてもらった気になった。


「あんた、引っ越し初日のチャットに返信してないでしょ」


「そうだったか」


 そういえば、速水と遭遇する直前にスマホのロック画面に表示された母のメッセージを読んで感慨深い気持ちになって以降、まともに連絡をした記憶がない。


「まったく」


「それはさすがにダメだよ、武田」


 頭を掻いていたら、母とついでに速水にまで文句を言われた。正論すぎて返す言葉はなかった。


「あんたのことだから上手くやってると思ってたから、そこまで心配だったわけじゃないけれど、まあ友人と遊ぶついでに顔でも見るかと思ってね」


「なるほど、それで立ち寄ったのか」


「ううん。違う」


「ん?」


「立ち寄ったんじゃなくて、泊まりに来た。飛行機は今日から一週間後の便を予約してる」


「泊まる? そりゃあ無理だろ。これ以上布団敷くスペースないぞ」


「そうよね。まさかあんたが、こんな美人な女の子と同居しているとは思いもしなかった」


 母は少しだけ面白そうに困った顔をしていた。


「ちょっと近くのビジネスホテルに電話してみましょうか。ちょっと待っててね」


 母はそう言って、スマホ操作が拙い俺とは違い、使いこなしたスマホ捌きでいくつかのビジネスホテルに電話をしていた。こういう時、外行の声で電話をする母を見るのが、なんだかとても懐かしい気持ちになった。


「ダメねえ」


 哀愁に浸っていると、母は言った。先ほどとは違い、本気で困ったように髪の毛を掻き上げていた。


「明日からはなんとかなったけど、今日はどうしようもなさそう。都心のホテルって、どこもそうなのかしら。面倒ねえ」


「そりゃあ困った。野宿でもしてくれるか?」


 半分冗談で言ったら、速水にわき腹を肘鉄された。


「ごめんなさい、お母さん。あたしのせいでご迷惑を」


「何言ってるのよ、凛さん。あなたのせいだなんてとんでもない。むしろ、あたしこそ二人の邪魔しちゃってごめんなさいね」


「そ、そんなことは……」


 明らかに取り乱しながら、速水は俯いた。


「まあそんなことはさておいて、困ったわねえ」


「普通に今日は、この部屋に泊まるしかないだろう」


 俺は呆れたように腕組しながら言った。


「そうですよ。まあ、布団は二つしかないんですけど」


「寝袋は? 哲郎、あんた持ってなかった?」


「一人暮らしで必要になるとなんて思わないだろう。引っ越しする時に捨てたよ」


 あちゃあ、と頭を抱える母に、年相応の反応をしろと言いたくなってしまった。


「毛布もないの? おばさん、冷え性でね。最悪それさえあれば、一晩くらいならなんとでもなるわよ」


「そんな。お母さんは布団で寝てください」


「そう? そうすると、哲郎。あんた雑魚寝しなさい」


「まあ、一晩だけなら構わんよ。だけど残念ながら、毛布も二人分しかないんだよな」


 俺は困ったように頭を掻いた。

 

 母は、俺のそんな台詞を聞いて、


「あらあ、そう?」


 甲高い声で、何やら余計なことを思いついたように目を光らせていた。


「じゃあ、しょうがないわねえ。しょうがない。うん。これはしょうがないことなのよ」


「おい、それ言い訳の前置きだろ」


「そんなことないわよ。ただねえ、状況が状況じゃない? おばさんのあたしはダメ。若い二人にも毛布なし雑魚寝なんて非道な真似は出来ないでしょう? そう、だからしょうがないのよ」


 完全なる自己正論化の前兆。


 俺は大きなため息を吐いた。こうなった母は、止められない。


 速水は困り顔で、俺と母の顔を見比べていた。


「布団二つ。人は三人。じゃあどうするか。残念だけど、誰か二人が一緒の布団で寝るしかないわねえ」


「え?」


「でねえ、おばさん。最近太り始めてきててねえ」


「……デブ」


「喧しい。それで、そんなあたしだと、このサイズの布団にもう一人を受け入れるなんて、到底無理なのよねえ。だから仕方ないのよねえ」


 母は、わざとらしくそう言い並べて、俺と速水を指さした。


「お二人さん。今晩、一緒に寝てくださる?」


「えぇぇっ!?」


 速水の叫び声は、大層大きかった。相当驚いているらしい。

 今も頬を染めながら、口を半開きにさせていた。……女子がそんな顔しちゃ、ダメだぞ。


「母さん、普通に考えてくれ。若い男女が同じ布団で一夜を過ごす、というのはまずいだろう。字面的にも」


「あら、その言い方だと間違いが起こるみたいに聞こえるけど。起こすつもり?」


「毛頭ない。そんな母さんこそ、悪戯小僧みたいな笑顔しやがって、期待しているんじゃないのか」


「結構してる」


「正直に言うな。生々しい」


 俺は呆れたように肩を竦めた。


「あんたも、嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぞ。この人、俺と同じ血が流れてるんだからな。結構面倒臭い性格しているぞ」


「自分が面倒臭い性格している自覚はあるんだね」


「そりゃあ、あんたにあんだけ日頃お馬鹿とかマイペースとかストイックとか言われてるとな。自分が普通ではないのだろうとわかるものだろう」


「ふふふ。そっか」


「まあ、今そんな話はどうでも良いんだけど。

 とにかく母さん。普通に考えたら、ここは母さんとこの人が一緒の布団に寝るべきだろう」


「あら、あなただけ一つの布団を占領する気?」


「いやだって、俺もこの年で母親と一緒の布団で寝たくないし、この人相手でも言わずもがなだ」


「そんなに凛さんと一緒に寝るの、嫌なの?」


 母は、わざとらしく言ってみせた。

 速水は、なんだか捨てられた子犬みたいな視線を俺に寄こしていた。こいつ、なんでそんな目しているんだ?


「……嫌というか、蹴られそうで怖い」


「蹴られる?」


「この人、寝相が悪いんだ」


「い、今言わなくていいでしょ!?」


 速水は恥ずかしそうに捲し立ててきた。


「大事なことだろう。俺、結構安眠気にするたちだぞ」


「……じゃあさ、哲郎」


 母は、呆れたようにため息を一つ吐いて続けた。


「凛さんがあんたを蹴らなきゃ、一緒に寝れるの?」


「……まあ」


「凛さん。そんなことにはならないわよね?」


「は、はい」


「おうい」


 そこ同意したら、本当に一緒に寝ることになるんだぞ。わかってるのか?


「何を憂うことがあるの? 哲郎」


 母は、いつにもまして邪悪な顔をして俺に近寄った。この人と同じ血が流れているという事実、結構ショック。


「凛さん、あなたを蹴らないのよ?」


「ああ」


「間違いも起きないんでしょう?」


「……ああ」


「じゃあ、問題ないじゃない」


「むぐぐ……」


 やはり、理論武装した母は、強情な性格も相まって非常に厄介極まりない。


「おい、あんた本当に良いのか?」


 母への説得を無理だと悟った俺は、速水の方を見た。一縷の望みを、彼女に託した。


 しかし、速水はどうも様子がおかしかった。もじもじとしながら、頬を染めて俯いて、


「あ、あたしは一晩なら……か、構いません」


 そんなことを宣いだしたのだった。


「哲郎?」


「わかった。わかったよ。一晩だけだし、それで行こう」


 これ以上の抵抗は無意味と悟って、俺は渋々母の策略に乗せられるのだった。


 それからすぐに、皆が一日の疲れを癒やすため、眠る運びになった。


「狭くないか?」


「う、うん」


 速水とは、背中合わせに同じ布団で寝転びあった。


「毛布、端までかかってるか?」


「だ、大丈夫です……」 


「微笑ましいなあ、もう」


「喧しい。さっさと寝ろっ」


 気恥ずかしさを隠すように、俺は母に声を荒げた。


 しばらく気恥ずかしさを抱えていると、暗闇の中、少し遠くから寝息が聞こえ始めた。


「やっと寝たか」


 小声で呟くと、


「強烈なお母さんだね」


 速水も小さな声で呟いた。


「ごめんな。一度言い出したら聞かないんだ」


「いいよ、あたしも嫌ではなかったから」


「……そうですか」


「……なんだか濃密な一日だった」


「一日は一日だ」


「そうだね。だけど、本当に今日は色々あった。あんたの試合観戦から、最後には、何だか久しぶりに家族の温もりみたいのに触れた気がする。他人の家族なのにね」


 速水は苦笑していた。


 家族の温もり、か。


 確かに、俺達の同居生活は、結局は他人同士の生活。気のおけない家族、という関係ではないんだよな。


 俺も、母の姿に一瞬だが、懐かしさも感じたし……父親と喧嘩別れした速水なら、尚更そういうのを感じてしまったかもしれないな。




「何だか、久しぶりに実家に帰りたくなっちゃった」




「実家に、か」


「うん」


「……思えば、さ」


「うん?」


「俺、まだあんたの家族のこと、あんまり深く知らないよな。厳格な人で、喧嘩別れするくらい頑固ってことは知ってるけど、それくらいだ」


「あたしも、あんたの親のこと、こうして会うまでよく知らなかったよ?」


「そうなんだけどさ」


 多分、俺が言いたいことはそういうことではなかった。


 いつかも思った。

 彼女はお人好しだ。俺もそんなお人好しの彼女に何度も助けてもらってきた。


 ご飯を作ってくれるし、俺のルーティーンの邪魔をしないし、道に迷えば地図アプリの使い方を教えてくれるし……。


『全教科赤点回避したら、あたしの出来ることで君のしたいこと。なんでも一つ叶えてあげる』


 いつぞやには、勉強へのモチベーションアップのためにご褒美までもらってしまった。


 俺は一体、これまでにこのお人好しのこの人に、一体どれだけ助けてもらったことだろう。




 そんな彼女のことを、俺は一体どれくらい、知っているのだろう。




『俺にも、お前のこと、もっと教えてくれよ』


 いつか、まだ出会ってまもない頃に、俺達は互いのことを教えあった。そこで、確かに色々なことを教えてもらった。


 だけど、そこで聞いた話は所詮伝聞された話で、どこか断片的な、そんな情報であることは否めなかった。



 俺は、一体どれくらい、速水のことを知っているのだろう。



 多分。


 多分、まだ全然、俺は彼女のこと、知らないんじゃないだろうか。


 だって俺は、彼女を彼女たらしめた彼女のご両親のことを、何も知らないくらいなのだから。


 まあ、それがすぐにどうにか知れる内容ではないことはわかっている。


 だけどそんな思考をもって振り返ってみると、最近の俺は野球のことばかりで、この同居人のことをないがしろにしていた気がしてきていた。




「もっと、あんたに目を向けなきゃな」




 もっとこの女のことを知りたいと思ったから、俺はそう言った。


 だけど、ならばどうしてこの同居人のことを知りたいのか、と問われれば、俺はどうしてかわからず、寝転びながら一人首を傾げていた。


「……なあ、あんたはどう思、へぶっ!」


 黙りこくっている速水に所感を聞こうと振り向こうとしたら、思いっきり頬を殴られた。


 頬を擦りながら速水を見ると、彼女は気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 母に言い含められた時の話を、俺は思い出していた。


 あの時、俺は速水の寝相の悪さをキチンと懸念していたはずだった。


「……だけど、殴るな、とは言わなかったな」


 俺は頬を擦りながら、やっぱりちゃんとこの人に目を向けて、生態を理解しなければな、と思った。




 そうじゃないと、どうやら俺の身は保ちそうもない。

これにて第二章完結です。

野球にテストに、母との遭遇に、色んなことを通しながら、主人公の性格の深堀をしたかった。

結果、作中でも語ったように面倒臭い男が爆誕した。

書いている中で、この主人公一人で突っ走りまくってヒロイン置いてけぼりやんと思ったので次章からはヒロインをちと掘り下げるつもりです。


評価、ブクマ、感想など頂けるととてもやる気が出ます…!


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