この子にしてこの親あり
練習試合も終わり、心地よい風呂からも上がり、後は速水の作ってくれるご飯を頂いて一日を終わらせ、明日からまた練習に明け暮れる。
そんな順風満帆な一日が突如として終わりを告げた。
まさかの俺の母親の登場で。
作り終わった夕飯は、火を消したコンロの上のフライパンの中で、頂かれるその時を待っていた。
しかし、その時が来るのは、調理後しばらくしてから、恐らく冷えた頃だろうと俺は残念に思っていた。
三人で、俺達は居間の小さい机の周りを囲んだ。机の上には、せめてものお茶濁しとばかりに粗茶が三杯置かれていた。口をつける者は、いなかった。
「それで、二人はどういう関係なの?」
しばらくの静寂の後、母は興奮を抑えながら尋ねてきた。
「なんと言っていいものやら……」
戸惑う速水を無視して、
「初めに言っておくが、俺達はあんたが思ってるような邪な関係じゃあないぞ」
俺は前置きとばかりに、母に言った。
「ほう」
「俺達の関係はだな。話せば谷よりも浅く山よりも低い、やむを得ない事情のもと形成されている」
「つまり、大したことないってことね」
「そういうことだ」
「前置きはいいから、話してくれる?」
「話すも何も、大した話はないぞ」
そういう俺に対して、速水は大層不安げに瞳を揺らしていた。
「俺達は、ただ同居しているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ちょっとあんたは黙ってなさいっ」
速水に怒られながら、口を手で塞がれた。
「ち、違うんです、お母さん。この人、大物なところあるから、大したことないと自己解釈しているだけで、これには深い深い事情があるんです」
「凛さん。大丈夫よ、概ねわかったから」
そういう母はどこか得意げだった。
速水は再び不安そうに瞳を揺らしていた。
「つまり、契約ミスとかで運悪く同居することになったわけでしょう?」
「ああいや、その、お母さん、やはり誤解されて……」
そこまで慌てて言って、頭の中で母の台詞を反芻したのか、速水は目を丸めた。
「え?」
「あら? 違った」
「いいや、その通りだ」
戸惑う速水に代わり返事をすると、やっぱりねと母は深々と頷いた。
「ご、ご理解のあるお母さんだったみたいで……」
速水は、なんとも言えない顔をしていた。
「だって初めこそ浮かれたけど、よく考えたらこの子に、あなたみたいな美人を引っ掛ける度胸も根性も性根もないもの。だとしたら、あなたを何かの手違いに巻き込んだと思うじゃない」
「失礼な。俺が巻き込んだわけじゃないぞ」
「ほうら。こういうデリカシーのない子なの。本当、ごめんなさいね」
母が謝罪すると、速水はなんとも言えない顔で苦笑していた。
「それにしても、契約ミスなら、もう一月以上は同居していることになるのね。その間泣き寝入りさせるだなんて、酷いアパートもあったものね」
「ああいや、元々は一週間で隣の部屋に移る予定だったんだ」
「ん?」
「それ以降は、互いに都合が良いからって、一度は転居したけど、すぐ同居し直したわけだな」
詳しい事情を話し終えて、
「これ、言ってよかったかな」
速水の方を向いて尋ねた。
「いや駄目でしょ」
速水は、即答した。
「……なるほどぅ? なるほどねぇ」
母は難しそうな顔で、しばらく唸った。
「……哲郎」
「おう」
「あんた、それ脈ありだよ」
「んなっ!」
速水が顔を真っ赤にしていた。
「ち、違うんですお母さん。全然違うんです。あたし、料理以外の家事が嫌いなんです。だから、ストイックで掃除とかが好きな武田君と同居出来たらとても助かると思って、実際とても助かっててっ。そ、それだけなんです!」
慌てた様子で弁明の言葉を繰り返す速水は、結構滑稽だった。
「凛さん。よくわかったわ」
「ほ、本当ですか?」
速水は満足げに息を吐いていた。
母は満面の笑みで、
「とりあえず、将来のお嫁さんのお料理スキルを確認したいから、夕飯にしましょうか」
そう言って立ち上がった。
「全然わかってない」
「そりゃあ、息子置いて、観光気分で父の海外赴任に付いていくような人だからな」
俺の台詞に、速水は目を細めていた。
「あんた、まるで他人事ね」
「俺が口を挟んだらややこしくなるだけだと、今さっき身に沁みた」
「それはある」
「だから、何卒お願いします」
俺よりも速水が説明した方が良いだろうと思って、俺は頭を下げた。
「……この子にしてこの親ありだな」
速水はうんざり顔で、母に続いて立ち上がった。
俺はといえば、今日の練習試合の疲れからか、大あくびを居間でかましていた。
「こら哲郎、凛さんばかりに家事させてないで手伝いなさいっ。愛想尽かされるよ」
「んあ?」
「あ、あの、大丈夫です。彼、今日練習試合で疲れてるし、武田君には料理以外の家事はいつも全部やってもらってるので」
弁明する速水に、
「あらあら、本当いい子ねぇ。哲郎、結婚するのに後二年は時間かかるけど、待っててもらえると助かるわ」
母はマイペースにそんなことを言っていた。
「えぇと、その時までに考えておきます」
台所に並んでいて、居間から速水の顔は見えないが、声色だけで困っているのはわかった。
まあ、なるようにしかなるまい。
俺は再び大あくびをかいて、テレビを点けた。




