微塵も……。
試合は結局、三対ニで敗北した。
しかし、チーム全体で超高校級ピッチャーの及川の球を見られたこと。
そして、当初ノーヒットノーランの様相を呈していた展開から見れば、まだ一矢報いた結果で終われたこと。
更衣室にて、周囲は負けたにも関わらず、浮かれていた。
「いやーまさかあのストレートをバックスクリーンまで運ぶとは」
「そりゃあ、鍛えてますから」
浮かれる吉村先輩に向けて、俺は冷たく言った。
「謙遜すんなよ、ナイスバッティングだったぜ」
新井の言葉も聞かず、俺は更衣室を後にした。
確かに、この一矢報いたような展開で終われたのも、ノーヒットノーランを回避出来たのも、一見すれば俺の成果だった。
だけど、打った当人の俺とすれば……。
初ヒットは、狙い球を絞りきっていたにも関わらず、一度空振りをしてしまった。
あのホームランだって、事前に投げる球種を宣言されたからこそ打てた。
……納得いかん。
「おっ、来たか」
球場の廊下、不貞腐れている俺の前に現れたのは、及川だった。
「あっ、どうも」
「どうも。何、他の連中より先に出てきて。部で浮いてるの?」
「えぇ、他の人はスポーツ特待生だけど、俺は普通科なので」
「あー、一番溝が生まれる奴じゃん。大丈夫かい?」
「はい。皆良い人ばかりなので」
「でも、良い人ばかりでも反発はあったんじゃないの?」
「まあ。だけど、実力で黙らせました」
「うはっ、かっこいいねぇ!」
及川は高笑いを始めた。意外や意外、この及川という男、結構洒落が通じそう。
「ところで、最後のストレート、よくあそこまで飛ばしたな」
ひとしきり笑った及川は、本題と言いたげに切り出してきた。
「えぇ、鍛えてますから」
「それはさっきセカンドベースら辺でも聞いた」
「そうでしたか?」
「ああ。まあよく鍛えてることは認めるよ。ストレートだけに張ってたら、あのくらいの球は弾き返せるってか。
今年のそっちは新井とか前川とか、有望株が多いのは知ってたけど、俺今日まで君のこと知らなかったよ。
今まで、どこにいた?」
「各地を転々としてました」
俺は苦笑しながら続けた。
「親が転勤族だったもので」
「なるほどね」
「……俺はあんたの球を確かにバックスクリーンまで飛ばした。だけど、それもあんたが球種を宣言したから。しかも初見じゃ無理だった」
俺は悔しさから、拳を固めていた。
「そうだな。前の打席から数えて、計三球か。だけど、それだけで俺のストレートを捉えきった奴も、そうはいなかったぞ」
「あんたも大概凄い自信だな」
「そう調子に乗れる程度の練習、俺もやってるからね」
及川は肩を竦めた。
「……結局俺は、あんたにはまだ及ばないらしい」
及川の余裕な姿を見ていたら、気付けば俺の口からそんな台詞とため息が漏れていた。
「そりゃあ、年季が違う。お前十五歳。俺、十七。二年先に生まれた俺の方が上手いのは当然だろう」
「年功序列で全てが決まるわけじゃない」
「君、結構面倒臭いね」
及川は目を細めていた。
「体の出来てない俺達くらいの年代で、一年、二年生まれが遅いのはデメリットだろ?」
「……まあそれは、そうですね」
同意した俺は……、しばらく色んなことが脳裏を過ぎった。
そして、微笑んだ。
「次は、変化球も混じえてくださいよ?」
「それ、俺から言うやつな」
及川は再び笑った。
「でもいいのかい。俺が変化球混ぜたら、君もう俺からヒット打てなくなるよ?」
「いいですよ、ガンガン混ぜてくれ」
「……言うねえ。そんなに打てる自信、あるのかい?」
「いいえ、微塵もないです」
及川は目を丸めて、笑った。
「なのに、変化球を混ぜてもいいって言うのか? お前、面白いなっ」
「だって、そうでしょう?」
「ん?」
「確かにあんたのストレートは凄かった。でも、そんなあんたがもし変化球を織り交ぜたら、どれだけのピッチングになるのか、凄い気になるじゃないか」
「……へぇ」
「そうだよ。あんたのせいで、打ったにも関わらず、今俺の中に凄いモヤモヤが残った。あんたのストレートは凄かった。
だけど、そのストレートに変化球を混ぜたら一体どれだけ凄いんだろう。
そんなことを考えて、勿体ない気持ちに俺はなったんだ。
だって、そうでしょ?
超高校級ピッチャーの本気の投球と相対せないなんて……
微塵も、面白くない」
固く握りしめた手を更に握りしめがら、俺は及川に言い放った。
及川は、何故か一時ムッとした顔をしたが、すぐに平静を取り戻したように微笑みだした。
「生意気な奴」
「すみません」
「俺からしたら、ストレート張られただけでお前みたいな一年坊主に打たれて、すげームカついたけどな」
「それは……ありがとうございます?」
「はんっ」
及川は苛立ちながら、そっぽを向いた。
「まずはレギュラー奪取からだな。一年坊主」
及川はそう言って、帰路にでも着くのか背中を見せた。
「必ず、試合に出てこい。次はひねり潰してやる」
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