野生の勘。つまり憶測。
及川の持ち球は、ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップの四種類だった。
基本的にはカーブは一試合で投げて五パーセントくらいの割合。
スライダーは左相手へのカウント稼ぎ。
つまり、俺へのこの打席で投じられる可能性が極めて低い球だった。
そういう分析から、俺はこの打席、及川が投じる可能性のある球をストレートとチェンジアップだけと踏んでいた。
そのどちらかに、山を張って強振する。
それがヒットを打つ最善手だと、俺は確信していた。
身震いするような緊張感の中、打席に立つ前のルーティーンに勤しみながら、俺は狙い球をまとめていた。
チェンジアップかストレートか。
俺が狙い球に選んだのは……。
「おいおい、代打一番手がお前みたいなチビかよ」
打席に入ると、相手キャッチャーから煽られた。完全に俺のペースを乱すつもりだ。
「そりゃあ、俺に打てる程度の球と認識されたからでしょう」
俺は、逆にキャッチャーのペースを乱せたら儲けもの程度に、煽り返した。
「んだと、こらあ!」
このキャッチャーは、単細胞であった。これで力勝負をされる可能性は増しただろう。
それからすぐに、及川は投球モーションに入った。
ベンチ、ネクストからタイミングを取る準備は万全だった。俺も足を上げて、バットを振った。
ズドン!
しかし、一筋縄ではやはり行かないようだった。威力ある高めストレートに、俺のバットは空を切った。
球速は、今日最速の百四十四九キロと、スコアボードに表示されていた。
やはり、超高校級ピッチャーのストレート。凄まじい迫力、速度、そして、威力だ。
だけど、俺が狙い球に選んだのは、そのストレートだった。
チェンジアップという球種は、こういう豪速球投手ほど威力を発揮するウイニングショットだった。
タイミングを外すことを主目的にして生み出された変化球で、ストレートと同じ振りから放たれるその変化球に、ウチのこれまでのバッターもキリキリ舞いにされてきていた。
何よりこの及川のチェンジアップは、コントロールと落差が秀でていた。
低めのストライクからボールになり、思わず二度バットを振れそうと思ってしまうくらい、ベンチから見ていても止まったと錯覚する落差あるボールだった。
そんなボールを、あの豪速球と織り交ぜられたら、打てないのも無理はない。
だからこそ俺は、狙い球を絞って打席に入った。
格上相手の投手に、のほほんと打席に立てば料理される以外の結果はない。
その中でも、精度も高く追い込んでからのウイニングショットに使いそうなチェンジアップよりは、カウント球に使いそうで投げるタイミングを読みやすいストレートの方がまだ可能性が高いと踏んで、俺はストレートを狙った。
……しかし。
「ちっ」
俺は、打席で舌打ちをした。
ストレートを初撃で捉えられなかった……!
初見で捉えられるほど、甘いストレートではなかった。ベンチではわからなかったが、打席に入ってみると、この男のストレートの球威は素晴らしく、俺はバットの下を空振りしてしまった。
……バットを振ったことで、相手バッテリーに俺がストレートを狙っていたのがバレた。
もう、ストレートは来ないかもしれない。
チェンジアップ。もしくはカーブでカウントを稼がれるだけで、俺の頭の中はもう後手に回ってしまう。
チクショウ。
好機を逃した。
俺の、負け……?
いいや……。
俺は、セットポジションから足を上げた及川が、微笑んでいることに気が付いた。
それからの考えは、最早野生の勘にも近い、ただの憶測でしかなかった。
ただ俺は、及川が百三十以上の球数を放っていながら、まだ微笑む余裕があること。
そして、微笑むくらいには俺を舐めていること。
それに気付き、再びストレートに山を張っただけだった。
ガギィン!
バットの根っこを食ったドンづまりの打球は、一、二塁間に転がった。
死んでいるような、生きているような、生存性すら危うい、微妙な打球だった。
だけど、バットをキチンと振り抜いたことが功を奏したのか。
それとも……。
『お、俺のファン第一号のあんたが見に来てくれれば、いつにもまして結果を出せそうだ』
速水が見に来てくれていたからなのか。
どうしてかはわからない。
だけど、良いコースに飛んだ打球は、打撃特化の一、二塁手の間を躱すように転がっていき、その間を抜けていった。
味方ベンチから湧き上がる歓声が。
相手ベンチから起こる叫び声が。
……内野席から届く、覚えのある声援が。
とてもとても、心地良かった。
スコアボードは、及川の球速が今日最速の百五十キロであったと教えてくれた。
しばらくして、Hのランプがスコアボードに灯った時、荒れた息を整えながら、俺は小さくガッツポーズをした。
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