嫌いなものはしょうがない
今日の練習も非常に充実して楽しかった。アパートの部屋の前、香ばしい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。
今夜は魚だろうか。
「ただいま」
「……ん」
「どうしたの、そんな元気なさそうに」
部屋に入ると、充実した一日を満喫した俺とは対照的に、速水は少しだけ暗そうに返事をした。何か嫌なことでもあったのだろうか。
「後で、あんたに聞きたいことがある」
「俺に?」
「うん」
依然として暗そうな速水だったが、言い振りから考えると、俺に相談に乗ってほしいとか、そんなことなのだろうか。
「わかった」
であれば、同居人の不安を解消するのも、同居人の務め。特に深く考えることもせず、俺は二つ返事で速水の話を了承した。
その後、いつもよりも暗い空気で食事を食べて、俺が食器を洗い、一心地付いたところで、俺は居間に戻った。
いつもならこの時間には外でランニングや素振りをしていたのだが、今日は同居人の相談に乗ることになっていたのだ。
「終わったぞ」
「いつもありがとうございます」
速水は机の前で地べたに座りながら、深々と頭を下げた。
「いいよ。これ俺のルーティーンだし。良い気晴らしだ」
「そう」
「おう。で、相談って?」
さっさと本題に移ってもらおうと思って、俺は切り出した。
速水は一旦、嫌なことから目を逸らすように俺から視線を離した。しばらくそうした後、思い耽り、ようやく決心がついたように大きなため息を吐いた。
「ごめんね」
「何が」
「勝手に見るつもりはなかったの。ただあんた、半開きの段ボールの中身の一番上に無造作に置いていたもんだから、気になって捲ったらこれだったの」
「……ああ」
なるほど。
速水がなんで申し訳なさそうに一旦したかとか、その他色々、とりあえず事情は理解した。
速水は俺の半開きになっていた段ボールの中身の一番上に置かれていた紙を数枚、机の上に並べた。
それが何かといえば、先日入学当初に行われた、新入生を対象とする実力テストの答案用紙だった。
「ほらな、この前言った通りだったろ?」
改めて答案用紙に刻まれた点数を見ながら、俺は得意げに笑った。恐らく笑っている場合の点数ではないのだが、俺は笑った。
この前言った通りとは、まだ俺達がなし崩し的に同居していた頃の話。
あの時の……初日だったか。俺は自らの学力不足でこの高校に進学したと、速水に教えていた。そのエピソードに違わぬ結果な点数を、今回俺は獲得したのだった。
「確かに、時々あたしもあんたのこと、お馬鹿って小馬鹿にするような発言をしてた。だけど、あんた結構落ち着いているし、整理整頓好きだし。
心のどこかで、あれは嘘だったんじゃないかと思ってた」
「俺は嘘はつかないぞ」
「うん。そうだね。あんたは嘘つけないよね。……こんな点数しか取れないだものね。そりゃあ嘘の一つもつけないよ」
点数と嘘に因果関係はないのでは?
文句を言おうとしたが、何やら深刻に俯く速水にそれを言うのはためらわれた。
「……中間テスト、大丈夫?」
ようやく速水の言わんとしていることを察して、俺は唸った。
「ダメだろう。これじゃあ」
「確かに、授業中あんた、大体寝てるもんね」
「うん。勉強は嫌いだ。勉強している暇があるなら、俺は練習したい」
「勉強にももうちょっとストイックになりなさいよ……!」
速水は頭を抱えて悲痛そうに叫んだ。
「勉強しましょう」
しばらくそうして、速水はいつにもまして真剣な目で俺に訴えた。
俺は、
「いやだ」
速攻で拒否した。
「なんでよ」
「勉強。面白くない。野球。面白い」
「あんた馬鹿ぁ?」
「うん。馬鹿だ」
俺が馬鹿なことの証明である答案用紙に指をさした。
「そういうのは自信満々に言うことじゃないでしょ」
「そうかな?」
「そうよ」
「そっか」
俺はあっさりと言い含められた。
「でも、俺は勉強しないぞ? 本当に勉強は嫌いなんだ。そもそも教科書に向き合っても、一人では何をやっているかさっぱりだ」
「それも得意げな顔して言うことじゃないと思うけど……なら、あたしが勉強教えるよ」
「いや、そんな迷惑はかけられないだろ」
「あたし、頭良いよ?」
「そういうことじゃないと思うけど」
「それ、多分違うよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「……そっか?」
俺は、あっさりと言い含められた……?
「そもそもあんた、中間テスト赤点取ったらどうするのよ?」
「どうもしない。ありのままを受け入れる」
「あんた、スポーツ科じゃなくて普通科でしょ? 赤点取ったら補習だよ?」
……補習?
…………補習っ!?
「ど、どうしよう!? その間野球出来ないじゃないか、それ」
「今更かー」
速水がどうしてここまで心配してくれたのかを理解して、俺はとにかく慌てた。
「そのためにも、今の内から勉強をしましょう。テストはGW後だし、今なら一か月以上時間はある。寝る前の三十分から一時間勉強しておくだけで、結構違う。
あたしが、付きっきりで教えるからさ」
「わ、悪いな」
「いいよ」
そう言って、速水は笑った。
「あんたには、日頃から結構、お世話になってるしね」
いつにもまして、今日の速水は心強く感じた。
高校野球の練習時間とか調べたら、まるでプライベートがなくてビビった。
どうすればヒロイン関わらせられるかと思ったら同居しかなかった。




