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理想を叶える面白さ

 新井は言った。


 遠くに飛ばせば気持ちよくて。たくさんの人が褒めてくれて。爽快感があって、それが野球を好きになったきっかけだと。


 高校に入り、凡打の山を築いたこれまでは、あいつにとってとてつもない苦しい日々だっただろう。




 だから、奴は対策した。


 苦手な速球を痛打できるようにトップを予め作るフォームを編み出し、付け焼き刃にも関わらず、ヒットという合格点ものの結果を示してみせた。


 苦手克服への対策を即座に考案できるセンス。

 その付け焼き刃の対策でいきなり結果を出す確固たる実力。


 そして、ここまで良いところがなくとも立ち直れる反骨心。




 さすがだと思った。


 有名シニア出身は伊達じゃない。


 新井も。前川も。


 確固たる実力で。確固たるセンスで。確固たる闘争心で。


 その実力を俺に拝ませる。拝ませて、俺の闘争心を奮い立たせる。


 あっさりと、合格点の結果を出してみせる。




 五番バッターは三振に終わった。


 俺はネクストバッターズサークルから立ち上がり、打席に入った。




 ……だけど。


 だけど、俺はそれでは満足出来ない。



 合格点では、満足なんて出来っこない。



 価値のある選手とは……。



 結果を出す選手。


 合格点の結果を出せる選手。




 じゃあ、俺が思う最も価値のある選手は?



 それは……。



 前川の投じたストレートを、全力で振り抜いた。この男のストレートは、先日のフリー打撃の時よりも重くなっていた。


 それでも、弾いた打球は留まることなく飛んでいった。



 俺が思う最も価値のある選手。


 それは、どんな場面。どんな状況であれ……。


 


 合格点以上の、求められる満点の結果を出せる選手だ……!




 左中間を破った打球は、転々とグラウンドを転がった。


「チクショー! また打たれたー!」


 前川が叫ぶ中、俺はダイヤモンドを全速力で駆けた。


 セカンドベースを超えた頃、新井がホームインしている姿が見えた。同点だ。


 俺も鍛えた快足を走らせて、サードコーチャーが制止する中、ホームへと突っ込んだ。


「バックホーム!」


 叫び声が響く中、俺はホームに滑り込んだ。キャッチャーが少し遅れて、グラブを俺の足に当てた。


 判定は、セーフ。


「うしっ」


 俺は立ち上がりながら、小さくガッツポーズした。


 白チームの列に戻る手前、新井が立ち竦んでいることに気が付いた。


「……俺がセンター前で、お前がホームランか」


「何を言う。お前も良いヒットだったぞ」


「でも、俺が弾き返すことで精一杯だったストレートを、お前は見事に痛打しきってみせた。

 初回のゲッツーだってそうだ。ゲッツーどころかワンナウト取れるかの打球を、お前はいとも簡単にゲッツーに取ってみせた。

 求められる最高の結果を、お前は出し続けている」




「出せるように鍛えているからな」


 俺は続けた。


「俺はお前のことや前川のこと、凄い選手だと思ってる。

 お前は期待値込みで紅白戦で四番になれる選手なんだぞ。それくらい、持っている将来性は他の追随を許さないんだ。

 それって誇るべきことだろ? お前はこの先の将来、誰よりも大成、覚醒する可能性を秘めているんだぞ?

 それって凄いことじゃないか。

 そんなお前が、こんなところでグジグジと腐るのは……




 微塵も、面白くない」




「面白く……?」


「ああ、覚醒したお前と打順争いでしのぎを削る。そんな場面を想像するだけでワクワクする。負かせてみせると奮い立つ」


 武者震いしながら、俺は微笑んで、新井を指差した。


「お前は凄いバッターだ。これから、きっとどこまでも大成していくことだろう。他の部員もきっとそうだ。


 だけど俺は、そんなあんた達の中に混じっても、己を出せずに埋もれる気は毛頭ない……!」



 だから俺は、結果を出し続けられるようになるんだ。


 他の選手よりも一際輝ける結果を。そして、俺という自己を証明し続けてやるんだ。



「お前……」


 新井は呆れ顔で続けた。


「戦闘狂すぎて、引く」


「それ、この前誰かにも言われたな」


「……なんで、そんなにストイックになる?」


「ん?」


「その考え、正直苦しいと思う。理想を求め続けることは、楽じゃないだろ」


「そうかもな」


「なら何故、そこまで求められる?」


「あんたならわかるだろ?」


 新井の台詞に、俺は笑い飛ばして続けた。




「理想を叶える面白さを、知ってしまったからだよ」




 言い終えた後、新井はしばらく目を丸めて、最終的には笑い飛ばした。



「……リトルリーグで、俺は今よりも大分小さくてな。内野とかピッチャーとか。花形ポジションにつく事が出来なかった時がある。あの時は野球が全然楽しくなかった。

 だけど試合でさ、俺バックホームでランナー刺したんだよ。凄く良い返球が出来てさ。

 どういう風に体が動いたかとか、どういう軌道でボールが飛んだとか、全然わからなかったけど、父兄が湧く声が聞こえてさ。大して上手くもなかった自分にスポットライトが当たったことを肌で感じてさ。

 それから同じようなプレーをしたいと思って、でも中々出来なくて、ある時ふとした拍子でそれが出来て。嬉しくて、楽しくてさ。

 それから、もう野球の虜さ。

 転勤族の父親のせいで、シニアクラブとかに中々入れず軟式しか出来なかったけど、あの興奮を忘れないために、日頃一人で練習には明け暮れ続けた。


 そして、今の俺がいる。理想を叶える面白さに飢えきった俺がいる」



 気持ちが乗せられたせいか、ついつい昔話なんかに浸ってしまった。


 新井は、なんとも言えない顔をしばらくしていたが、何だか吹っ切れたように、


「負けねえよ」


 とだけ言った。



「望むところだっ」


 俺は笑いながらそう言い返して、試合に戻っていった。


 結局、試合はそのまま、二対一で、俺達白チームの勝利で終わった。

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