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描く理想へと導く対抗策とは

 怒号にも似た野次や応援が飛び交う中、練習試合は開始された。


 紅白戦は監督の一存でメンバー決めが成されているものの、客観的に見てバランスは悪くないように思えた。


 投手は白チームが三年生でチームのエースである大貫先輩。対して紅チームは言わずもがなの期待株。

 その他ポジションも、現有戦力の一、二番手に数えられるような選手が、バランス良く均等に割り振られていた。


 これは一進一退の攻防になるかな、とショート定位置に立ちながら、俺は思っていた。



 しかし蓋を開けて見るまで何が起きるのかわからないのが試合というものであり、初回表の守備の時間だった。


 プレイボールと共に、エースである大貫先輩はワンアウト一、二塁のピンチを作ってしまった。


 


 マウンド付近に、内野陣は早速決起集会に集まった。


「大貫、相変わらず初回はてんでだな!」


 ファーストの三年生、村田先輩が笑っていた。


「悪い。試合の入り方、色々試してるんだが上手く行かん」


 大貫先輩は頭を掻きながら笑っていた。


「まあとりあえず、打たせて取りましょう」


「オッケー。頼むぞ、結果を出す武田君」


 大貫先輩は笑いながらさっきのやり取りを茶化してきた。


 相対するは紅チームの四番、センターの篠原先輩。左打ち。こちらはニ年生。フルスイングが魅力のバッターだ。


 篠原先輩は、大貫先輩の二球目のスプリットを捉えた。しかし振り遅れた。


 甲高い金属バットの打球音と共に、鋭い打球が三遊間に飛んできた。


「俺だっ」


「おおっ」


 マウンドから感嘆とする声がした。

 ほぼ三塁寄りの打球をスライディングしながら掴んだ俺は、半腰の体勢のまま二塁へと送球した。

 

 セカンドの吉村先輩はボールを掴むと、素早くファーストへ転送。


「ナイス、ゲッツー。ほぼサードの打球だったぞ。よく取ったな。それに、体勢的にせめてファーストしかアウトは取れないかと」


 大貫先輩が嬉しそうに手を叩いていた。


「鍛えてますから」


「……なんか、お前が言うと説得力があるな」


 そりゃ、事実だからな。


 試合は大貫先輩の立ち上がり以降は、硬直した。


 二回の裏、先頭打者の新井は前川のスライダーの前に空振り三振。続く打者も凡退。結局この試合の白チームの初ヒットはその後の俺のライト前ヒットだった。


 続く打者も凡退し、二回の裏も無得点。




「新井っ!」


 大貫先輩の叫び声が響いたのは三回表。

 紅チームも立ち直った大貫先輩の投球術の前に凡退の山を築かされていた。が、こういう時試合が動くのは大抵味方のミスと相場は決まっていた。


 エラーしたのは、新井だった。


 ボテボテのサード真正面のゴロだったが、奴はおぼつかない足取りでボールにアプローチし、見事にジャッグル。


「くそっ」


「待て、投げるな!」


 俺の制止の声も聞かず、奴の投げたボールはファーストの頭上を大きく超える悪送球。


 カバーに入っていたキャッチャーをも超えて、ランナーは三塁まで進塁した。


 新井は悔しそうに歯を食いしばっていた。


 次の打者の内野ゴロの間に、サードランナーはホームに生還。


 先制点は、紅チームだった。



 試合はその後、再び硬直した。


 大崩れしない大貫先輩も流石だが、前川も上級生相手にも臆さず無失点を続けるあたり、さすがの有望株ぶりだなと思った。



 四回の攻撃。特別ルールにより、最終回は五回。恐らくこの回かこの次の回の打席が、俺の最終打席だろう。


 表の紅チームは三者凡退で無得点。


 裏の攻撃は、三番の平泉先輩から。


 平泉先輩の打席をファールグラウンドから眺めていると、新井が深刻そうな顔で俯いてることに、俺は気付いた。


「おい、次あんたの打席だぞ。早くネクスト行けよ」


「……うるせえよ」


「なんだと?」


 なんだ、この男。どうしたと……ああ。


 そういえば、結果を出す姿を見せると息巻いたこともあり、自分のプレーにひたすら集中していたが、この男、今日てんで駄目だったな。


「今の自分に、あんたは価値があると思うか」


「……思わない」


 新井は俯きながら、続けた。


「エラーに三振。何が四番だ。何がお前との評価の差だ」


「お、俺はそこまでは言う気はないぞ……?」


 意外と落ち込んでいた新井に、俺は慌てた。


「……昔からバッティングが好きだった。思いっ切り振り抜いたボールが大きな音と共にどこまでも飛んでいって、皆も褒めてくれるし、驚いてくれるし、気持ち良いし、とにかく爽快感しかなかったんだ」


「わかるよ」


「だから野球にのめり込んで、大打者になるつもりで頑張ってきた。だけど今、初めて自分がどうすれば良いかわからなくなってる」


 まさしく、壁にぶち当たっているんだな。

 力任せではどうにもならない高い壁に。


「中学までは、お前みたいな奴には、皆際どいところを攻めるか、四球上等のかわすピッチングばかりだったろう。それがお前への対策になったから。その中でお前は、その対策の対策をやってきた。

 でも今、お前への攻めの形は変わってきている」


「そうだ。直球だ。高校になり、前川並の速球を投げるやつがとにかく増えた。この学校だけでも数人いる。あの直球に、更にキレのある変化球も混ぜられて、俺は手も足も出せなくなった」


「なら、どうする?」


「何?」




「手も足も出ないから、お前は泣き寝入りするのか? 凡打の山を築くのか?」


 俺は新井にヘルメットを被せて、奴のバットを手渡した。


「どうすれば直球に手が出せるようになるか、考えて対策して、打席に立ってみろよ」



 打席から、平泉先輩の叫び声がした。どうやらサードゴロに終わったらしい。


「ほら、お前の打席だ」


 背中を押すと、新井は一瞬躊躇したように立ち止まったが、すぐに歩き出した。


「へっ、エラーに凡退のダメダメ四番じゃねぇか!」


 新井が打席に立つやいなや、マウンドの前川は彼を煽った。本当、あんた達口が悪いな。


 新井はいつも通りに前川に文句を……言い返さなかった。


「……なんだよ。つまらねえ奴」


 いつにもまして集中しながら、新井は構えた。


 ……すぐに俺は、新井のフォームの変化に気付いた。


 今までのあの男は、バットを顔の前らへんで構えて、テークバックしてバットを振っていた。だけど今は、もうトップを作ってある状態だった。


 あれが、あいつなりの直球対策。鋭い変化球対策なのだろう。


 ……が、その対策で結果が伴うかはわからない。


 付け焼き刃の対策で、果たしてどうなるか。


 前川は煽り屋な割に、相変わらずクレバーなピッチングを披露していた。曲がりの大きなスライダーを、左打者の新井のアウトコースに出し入れして、カウントはワンボールワンストライク。


 そして三球目。


 前川の投じた球は、スライダーだった。


 新井はバットを出さず、判定はストライク。


 新井は、追い込まれたものの、慌てる様子はまるでなかった。むしろ、何だか確信めいたものを感じた。


 四球目、前川の投じた球は……ストレート。


 カキィン!


 新井はフォームのおかげなのか、見事にストレートをセンター前にクリーンヒットさせた。


「狙ってましたね、ストレート」


「そうだな」


 大貫先輩は同意した。


「むぐぐぐぐ……」


 対照的に、前川はマウンドで非常に悔しそうに歯ぎしりしていた。


「……やるじゃん」


 頭の中で新井の打席内容を思い出して、俺は微笑んだ。

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