初ヒット
唸る轟音。
轟く球場。
空を切るバット。
今日四打席目。二打席目のようなインコースに腰が引けるような、そんなものだって一切なかった。
これまでの三打席、何度も藤本のストレートは見てきたのに……バットに掠らせることも出来なかった。
思わず、歯ぎしりをしていた。
悔しさからだったが、すぐにそれも収まり、今度は身震いするような興奮が俺を襲っていた。
百三十球を超える球数を放っておきながら、ここに来て尚勢いを取り戻すのか……!
奴のタフさに脱帽すると同時に、尊敬と畏怖を覚えた。同学年ということも影響しているのか、これまで会話もしたことがない奴に、すっかりと俺は魅入ってしまいそうになっていた。
もしこれが試合中でなければ、もしかしたらサインをねだりに向かっていたかもしれない。
さすがプロ注目選手だ。
……ただ。
ただ、このままやられるわけにはいかない。
先ほど、次を打つ吉村先輩に言われたことだが、俺は別に負けたくて藤本のピッチングに脱帽しているわけではない。そんな好投手と相対し、しのぎを削り、そして打ち倒すと奮い立つからこそ、脱帽するのだ。
藤本はランナーが溜まり、満塁になったことで、セットポジションを止めワインドアップで投球することにしたらしい。
その方が球の威力が増すから。恐らくそれが大きな要因なのだろうが、今実際に目にした球は、ワインドアップにしたからというだけでは推し量れないような球威を感じた。
キャッチャーが藤本にボールを返球したところで、俺も一緒に藤本を見やった。
あいつは、引き締まった顔をしていた。
頭部死球を与えた相手に対して、またぶつけるかも、だなんて不安は一切見られなかった。
そうでなくては面白くない。
そうでなくては打つ意味がない。
二球目。
長身から伸びる長い手足。
それを存分に扱うように、腕を掲げて、左足を上げて、まるで鞭のようにしなる右腕から投じられた二球目。
風切り音が聞こえた気がした。
いつにもまして、視界が良好だった。
それは守備の時からそうだったのだが、今はその時より顕著に自分の体の変化を体感していた。
白球の赤い紐が、映写機から投影された映画のスローモーション映像のようにコマ送りに見えた。
ナチュラルにシュート回転してくる藤本のストレートにしては、スライダー気味の回転がかかっているのがわかった。
「ボール」
外に外れるカットボール。
ストレートであれば、ストライクになっていただろうが……見えていた。
バックスクリーンに、緑色のランプが一つ灯った。
カウントワンボールワンストライク。
……藤本の得意球であるカットボール。
それにバットを一切ビクつかせなかったことは、藤本としても動揺必死だったろうと思った。
二打席目でさえ、微かにカットボールに対して体が反応していた。頭にあったから、と言われたらそれまでだが、それにしてもここまでの俺の打席の配球はストレート中心。
僅かに見せたその球を、この短期間で対処されるだなんてと思っているかもしれない。
……いや、でもそれは疑念に過ぎない。
ただ、一切手を出すつもりがなかっただけかもしれない。
……だから。
「ボール」
三球目。
再びのカットボール。
コースはさっきとほぼ一緒。いや、僅かにストライク寄りになっていた。
でも、見送った。
カットボールで、確実にボールになると確信して、見送った。
その判断は正しかった。
何故なら、俺はあの球がカットボールだと確信していたから。
俺がそう確信したのと同様に、この三球目で、相手バッテリーにもそれは間違いなく伝わっただろう。
あいつは、カットボールは振らない。
あいつは、カットボールを見切っている。
疑念から、確信に変わったことだろう。
カウント、ツーボールワンストライク。バッター有利なカウント。
ランナーフルベース。ここから打順は中軸に入っていくし、俺との勝負を避けるわけにもいかないだろう。
であれば……。
今度は、俺が確信する番だった。
次の球を。
次、藤本が何を投げるかを。
カットボールは見切れる。いや、正直今の俺は、奴の他の初見の球も見切れる自信があった。カットボール、ストレート以上の奴の得意球はないからだ。
二線級の球で打ち取られる程、俺はやわな男ではない。
そして今は、どういうわけかその誇張気味な自信に明確な理由を持って頷くことが出来た。
ストレート以外で俺は打ち取れない。
キャッチャーから藤本がボールを受け取った時、奴の引き締まった顔を見て、俺は悟った。
ストレートが来る。
バットを構える手に力が入ったから、意識して脱力を心がけた。
昂る感情は、興奮からか歓喜からか。
理由はわからない。
だが、それは今はどうでも良い。
この好投手のストレートを打って見せる。
マウンドで、藤本は一度プレートを外して大きく息を吸った。
そして、こちらを見据えて、ロジンを触って、プレートに足を付けた。
キャッチャーとのサイン交換は少し長引いた。
三度、藤本はサインに首を振った。俺を惑わす作戦か、はたまたどうしても投げたい一球があったのか。
理由はわからないが、どちらにせよ策を弄し俺を全力で抑えようとする相手には賞賛だった。手を抜かれることなんて、一番面白くないから。
両手を上げて、長い左足を思い切り藤本は上げた。
インステップで足を地面に付いて、鞭のように右腕をしならせ……。
風切り音。
白球の赤い紐。
ストレート。
カキィン
打球は、三塁線を破っていった。




