武田が壊れた
「ストライク、バッターアウト!」
観客席が沸き上がっている光景を、俺は一塁塁上から傍観していた。
藤本の三者連続三振に、あの男の潜在能力に客が湧きたった故に起きた現象だった。
「っしゃあああ!」
藤本の雄たけびが球場に響き渡った。
六回表、ノーアウト満塁の絶好機を作りながら、好投手藤本の前にこちらの上位打線は三者連続三振、結局無得点に抑えられたのだった。
そうでなくては面白くない。
ベンチにグラブを取りに行きつつ、俺は必死に混みあがってくる笑いを堪えていた。
「武田が壊れた」
どうやら笑い声が漏れていたらしい。
恐らく今の俺は、味方の絶好機が潰れたのに高笑いをしているヤバイ奴だった。だけど、抑えられないのだから仕方ない。
「笑ってるんじゃねえ」
「あいて」
吉村先輩に頬を軽くビンタされた。こみあげすぎて脳にまで巡っていた脳内麻薬が少し抜けた気がした。
「武田、お前のせいだかんな」
吉村先輩が咎めるように言った。
「何がです?」
「藤本が立ち直ったのだよ!」
少しだけ本気で怒っているようだった。
え、なんで?
なんで吉村先輩、自分が三振したことを俺のせいにしてくるの……?
「何お前、先輩が三振したことを俺のせいにしているの、みたいな顔しているの?」
「そんな顔してました? 思ってはいましたが」
「お前、マジでねじ一本外れただろ。ちょっと病院行った方がいいぞ」
「何言ってるんですか、大丈夫です。ねじが外れたくらいじゃあいつを打つことは出来ます」
「極まってるな。ストイックとかそういう話じゃなく引くわ」
俺は胸を張って得意げに笑った。
再び、吉村先輩に頬をビンタされた。
「とにかく、お前のせいだ。お前のせいで藤本は立ち直ったんだ」
「と、いうと?」
「お前なあ。明らかに藤本の奴、顔真っ青にさせて動揺してたんだから、あのまま痛い振りして一塁まで歩けばよかったんだよ」
「そんなことしたら、あいつ大量失点して降板してたでしょう」
「それが狙いだっての。何なら一旦ベンチに下がって観客含めて心配させて戻ってきて、相手にヒールなイメージを付けるのもありだったじゃねえか」
「えぇ、でも俺あいつ打ちたいですし」
「試合に負けてもいいのかよっ!」
「先輩、何言ってるんですか。駄目に決まってるでしょう」
アハハハハ。
笑っていると、吉村先輩は諦めたのかさっさと守備位置に走っていった。
どうしたというのだろう。とにかく俺も守備に向かおうとした。
「て、哲郎君」
そんな俺に声をかけてきたのは、入江さんだった。
「ん? どうした」
「頭、大丈夫ですか?」
「アハハ。なんだかそれ、頭が悪いって馬鹿にされてるみたいだ」
「ま、真面目に言っています」
入江さんはプリプリと怒り出した。どうしてか魅力的に見えた。
「大丈夫だ」
そう言って、俺はベンチの階段を昇った。
「見ててくれ。証明してやる」
どうしてか……今は全てがいつにもましてクリアに見えた。
六回裏。打順は四番、平沼から。
……全てがコマ送りに見えていた。それはどうしてなのか。藤本に頭部死球をもらい、本当に頭のねじが一本外れたのか。いいや、違う。
これまでたくさんの試合をこなしてきたが……この大舞台。試合展開。打席内容。相手。
全てに俺は……興奮を覚えているのだ。いつも以上に集中しているのだ。
平沼に対して投じた前川の初球はストレート。甘く入った。
平沼のステップ。始動。ボールへのアプローチ。全てがコマ送りに見えて、脳も冴えわたっていた。
痛烈な打球を体の正面で止めて、ファーストへ向けてストライク投球して見せた。平沼は足が速いことでも有名だそうだが、内野安打になる一縷の望みもない完璧な守備だった。
それくらい自画自賛出来た。完璧な守備だ。
……なんだか今なら、どんなことでも出来そうだ。
俺はにやけることを止められずにいた。
久々3話投稿。
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