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ヘイ、ピッチャー

 五回裏の前川のピッチングは見事なものだった。アウトロー、インロー一杯をビタビタについたピッチングで、あの強打者尾白や森本に手を出させない完璧な内容だった。


「やるじゃん」


 ベンチに戻る時、前川にそう声をかけた。


「ああ」


 試合に集中しているようで、前川の反応は希薄だった。その様子に思わず頼もしさすら感じていた。

 先日の練習試合の結果、何かきっかけを掴んだようなことを言っていたが、どうやらそれはここまで完璧に型に嵌っているらしい。


 六回表。


「とにかく出塁すること! 以上!」


 ベンチ前で円陣を組んだ。手短に共通対策を認識し合い、八番打者の前川が打席に向かった。


 カキィン


 ピッチングの好調に引っ張られるように、前川がセンター前にクリーンヒットを放った。ついに先頭打者が出た。実に初回以来の先頭打者の出塁に、ベンチが湧いた。


 藤本はセットポジションの方が内容が悪い。

 そう言った監督の指摘は正解だったようだ。前川が集中を削ぐべく塁上でちょろちょろしていることもあるが、藤本は九番打者の村田先輩に対してカウントを崩した。その結果、四球。


 ノーアウトランナー一、二塁。


 願ってもないチャンスで俺に打席が回ってきた。


「よしっ」


 ネクストから立ち上がって、一つ声を出して邪念を払った。

 まだ甲子園に来てからヒットを放ってなかったり、前の打席での屈辱など、色んな邪念が途端にクリアになっていった。


 打席で土を固めつつ、藤本をチラリと見た。

 奴は、少しだけ疲弊しているように見えた。炎天下の中、まだ一年がここまで一人でマウンドで投げているのだから無理もない。しかし、それはこっちからしたら願ってもない好機!

 

 必ず打つ。


 いつも通りのルーティーンをして、バットを構えた。


 藤本のセットポジション……セットポジションでも、インステップで投げることは変わりないらしい。




 ただ、だからどうした!




 カキィン


「っち」


 思わず舌打ちをしてしまった。初球のアウトコースのストレート。正直狙っていた。前の打席の体たらくを見ていたら、そこでカウントを取りに来るのは目に見えていた。しかし、球威に押されて打球はバックネットを超えていった。


 タイミングは合っている。

 そして何より、今俺は藤本のインステップから投じられる球に気圧されることなく踏み込めて、アウトコースの球にミート出来た。結果はファールだったが。


 不安要素、一切なし!


 あとはあの剛球を打ってやるだけだ。


 意気込んでの二球目は……。


「うおっ」


 体へ直撃寸前のインコースストレートだった。バットを放り投げつつ、俺はのけ反った勢いで転んでしまった。


 思わず、藤本を見てしまった。

 相手もさっきの死球は気にしていない、か。




 面白い……!




 必ず打ってやる。この剛球、絶対に……!


 長いサイン交換だった。

 森本からのサインに、藤本は実に三度も首を横に振った。深読みすることはなかった。この場面、一年で他の球種の精度が未熟な藤本のストレート以外の球に合わせられない自信はなかった。だから、ストレート待ちで変化球には随時対応。その腹積もりでいた。


 さあ、来い!




 セットポジションから、インステップした藤本の三球目は……。




「……え」




 コーン




 俺の頭部を襲う死球となった。

 蒸せて気持ち悪かったヘルメットの感触が、唐突になくなった。






 今、俺は何をやっているんだっけ?

 一瞬視界が真っ暗になって、そうしてどうしてか、今は右腕が重い。

 ああ、そうか。

 俺は今、右腕に乗りかかるように倒れこんだんだ。


 どうして倒れたんだろう。


「哲郎君っ!」


 向こうから聞こえてきた入江さんの声で、正気を取り戻した。

 そうだ。頭部死球を食らったんだ。


 ……頭部死球、か。


 俺はゆっくりと立ち上がった。よろけることはまるでなかった。




「ヘイ、ピッチャー」




 マウンドに寄りつつ声を発すると、静まり返った球場に俺の声がよく響いた気がした。

 途端、体を引かれた。


「止めろよ、おい」


 体を引いていたのは、相手チームのキャッチャーだった。


「落ち着いて」


 審判も止めに入ってきた。

 そんなことにも気にせず、俺は一歩二歩とピッチャーに近寄った。ピッチャーは、青ざめていた。






「次もインコース、攻めてこいよ」






「……へ?」


 呆気に取られた藤本に対してか。

 はたまた内心にこみ上げる感情に、か。 


 俺は笑うことを止められなかった。


 頭部死球の影響じゃない。それだけははっきりしていた。意識は異常なまでにクリアだった。


「お前のストレートにインステップからの投球。凄い威圧感だ。思わずのけ反りたくなるくらいの、凄い球だ。

 そんなお前の全力投球をお前が臆してしてくれなくなるのは……




 微塵も面白くない」




 まだこの投手と相対せる。

 そのことがこんなにも喜ばしいと思っている自分に、俺は堪えきれず高笑いを始めていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ相手にまたも死球で さらに頭部狙いとはわざとじゃないにしても随分殺意高いなw それに笑って対応するやつとか怖すぎるから もう立ち上がってこないように次はきっちりヤらないと(使命感
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