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悶絶

久しぶりの更新です。不定期でも続けていきたい。

 兵庫県西宮市甲子園町にある甲子園。炎天下の中、球児が必死にプレーし、それに感動した観客達が湧きたつそんな球場で、驚くほどの静けさが時を駆けていた。


 不気味なサイレンの後のこの光景を思うと、まるで戦時中、爆撃に怯え逃げ惑い、最終的に亡くなられた方々の無念のようなものを感じられるような気がする。いや、しない。


 兎にも角にも、先ほどまで沸き上がっていたこの球場のこの静けさ。

 少しだけ不気味なこの静けさの発端が、俺と相手投手にあることを思うと、少しだけ申し訳なさのようなものを感じていた。

 といっても、今回の件は明らかに非は向こうにあり、どう見ても俺は被害者。


 ならば申し訳なさなんて感じなくてもいいのではと思うかもしれないが、そうでも思っていないとやってられそうもなかった。


「いってえ!」


 俺の声が驚くほど大きく球場に響いた。

 わき腹だ。


 藤本の奴、インステップな足捌きだけでなく、スリークォーター気味で投げるものだから、ネクストから見ていた時に思ったよりも、ストレートがシュート回転していた。そして驚くことに、そのストレートの変化量がえぐく、かつ球速も速かった。


 初めギリギリ当たらないと思ったボールにバットを出す気はなかったが……本来のけ反らないと躱せないようなボールを、ギリギリまで球筋見たさに追ってしまった。

 その結果、反応が遅れてわき腹を襲われた。


 バッターボックスを出て、一塁ベースまで半分ほど歩いたところで、膝に手を付き立ち止まってしまった。冷や汗が止まらない。痛い。本当、いったい。


「だ、大丈夫かよ。武田」


 一塁コーチャーに入っていた先輩が声をかけてくれた。明らかにその声は戸惑っていた。


 ……そう言えば、東東京大会の初戦もデッドボールを食らったが、あの時の比でない痛みがわき腹を襲っている。それはやはり、あの投手が好投手である証であり、それを思うだけでにやけそうな気持ちにもなってしまうのだが……今はどうやらそんな場合ではなかった。


 未だ静まり返る球場にて、味方ベンチからマネージャー……入江さんが走ってきた。


「あわわわわ」


 入江さんはあわあわしていた。少しだけその姿は、間抜けだった。


「大丈夫ですか哲郎君。大丈夫ですか哲郎君」


「同じこと復唱しているぞ」


 乾いた笑いが出た。

 そんなことにも目も暮れず、入江さんはコールドスプレーを俺のわき腹に吹きかけていた。それでも痛みは中々止まない。


「これは……代わった方がいいんじゃないか?」


 一塁コーチャーの先輩が言った。


 そうかも。

 代わった方が……。


 ……?


 代わる?

 KAWARU?


「よし。試合再開しましょうか」


「え」


「え」


 入江さんと一塁コーチャーの先輩が目を丸めていた。

 そんな二人に目も暮れず、俺は一塁へ向かって走り出した。

 目を丸める二人とは対照的に、球場から拍手がまばらに上がった。


 心配げにベンチに戻る入江さんにも目も暮れず、俺は危うくこのまま交代されそうになっていたことを悟り、別の冷や汗を背中に掻いていた。


 この好投手相手に、対戦がこれっきりだなんて、そんなつまらない結果はいやだ!


 そんなことを思ったら、不思議とわき腹の痛みは消えていた。


 これが所謂……あどれいなりん? というやつなのだろう。あどせんすくりっく? ありがとう。お前のおかげで、俺はまだ戦える。


 ……それに。


 この手の荒れ球ピッチャーは、セットポジションになるとカウントを悪くしがちな傾向がある。特に俊足ランナーを意識せざるを得ないこの場面、部内一足の速い俺が塁上を賑わすのは最善策に近いはず。


 自慢じゃないが、俺は走塁判断も良いし……何よりこのピッチャー。


「プレイ!」


 試合が再開されて、打席には二番の吉村先輩が入った。左打者の吉村先輩が入った。


 恐らくこのピッチャー。


 カキィン!


 吉村先輩の打った打球は、右中間を破るツーベースヒットとなった。その間に俺は、本塁へ生還。幸先よく一点を先制した。


 やはり。


 インステップするフォーム。

 スリークォーター気味でシュート回転するストレート。


 このピッチャーは多分、左打者に極端に弱いタイプだ。その投手相手に、左打者が打席の場面で警戒を怠れない俊足ランナーを置く。


 これは多分、今日の試合の得点パターンの一つになるだろうことを、早々に俺は悟っていた。


 続く左打者の新井もタイムリーを放ち、二点先取で裏の攻撃へと試合は進んでいった。

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