痛いやつ
節目の百話+二十万字
翌日、二試合目に試合を控えた俺達は、試合前のノック練習に明け暮れていた。まもなく始まる優勝校と東京地区の有名校との試合に、この前の試合にも勝るとも……いいや、かなり勝るギャラリーが押し寄せていた。
夏のこの暑い時期に、ご苦労なこった。
まあ個人的には、たくさんの観衆のいる舞台で試合が出来ることへの喜びしか、今は感じてはいなかった。
不遇に終わった中学時代。
あれから結構な時間が経った気がするが……実はまだ数か月しか経過していないんだよな。
それにしては、濃密な数か月を送っていた気がする。
父と母との別れ。
強豪野球部への入部。
そして、お人好しなあの人との同居。
色々あって、忘れられなくて、かけがえのない数か月だったと心から思える。
いつか、誰かからもらったラブレターに書かれていた。
東東京大会決勝の、及川のホームランは、俺にとって、俺の集大成に見えた、と。
あそこが集大成だったはずがない、と俺は思っていた。俺は将来プロになるし、この前、そしてこれから甲子園で、さらなる強敵と凌ぎを削るから。
だから、俺はまだまだこれからの、若輩者だと思っていた。
だけど、そうじゃない。
若輩者であることは変わらない。だけど、ここが集大成になる可能性は、思えば多少はあるんだよな。
人生何があるかわからない。
見ず知らずの同級生と、突然同居生活を始めなければならないくらい、この俺の人生は何があるかわからなかったし、これからだってそうなのだろう。
何があるかわからないこの人生で。
いつ、集大成の舞台が訪れるかわからないこの人生で。
最善を尽くさないのは、きっと微塵も面白くないのだろう。
だから、どこか動きの堅いナインに対して、俺はいつも通りを心がけてノック練習を受けた。ノック練習の終盤、相手ベンチにひと際大きな選手が見えた。
あれが噂の藤本か。
同級生にして、前川より速い一五〇キロを投じる投手で、身長もでかい。将来のプロ筆頭株。
燃えてきた。
あんな好投手を打つ舞台が目の前にあって、燃えてこない方がおかしいだろう。
試合前のミーティング、俺は一番ショートとして先発出場を果たすことが決定した。先発投手は、大貫先輩。前川の疲労を考慮した形だろう。
「最後に一つ」
監督は、全国大会に入ってからいやに饒舌だった。今日もメンバー発表後、俺達の顔を見回して話し出した。
「さっきのノック、お前ら随分と動きが堅かったぞ。……一部を除いて」
それは俺もそうだと思っていた。
「お前達、何を堅くなる必要があるか……言ってみろ。相手が強豪だからか? 負けた時、惨めだからか? じゃあ聞くが、これまでお前達が負かしてきた相手は強豪じゃなかったのか? 惨めだったのか?
違うだろう?
全力で向かっていけ、競り合った末の結果なら、どんな結果でだって賞賛だ!
もし全力で行ってボロ負けだったのなら、次の舞台で借りを返せ!
高校野球以外でも、どんな形でだって借りは返せる。でもそうやって吹っ切るには、今日全力を尽くさないとそうとすら思えないぞ!
負け犬のまま終わりたくないのなら、全力でぶつかって来い!」
「はい」
監督のおかげか、部員達の目に光が戻った気がした。
まもなく、向こうの全体練習も終わり、試合開始へのカウントダウンが始まった。
ベンチ前に集まった俺達は、怒号を発してホームベース周辺に走り寄った。
そして、相手校と礼をして、互いの健闘を祈り合った。
こちらの先攻め。
一番打者の俺は、ヘルメットを被って打席に向かった。
投球練習風景を見ていたが、やはりこの藤本という投手、相当にインステップして投げてくる。
こりゃあ面白い。
「プレイボール!」
嬉々として立った打席。
どこか恐怖を覚えさせるサイレンが鳴り響いた直後の初球。
「ぐえ」
まさかのデッドボールに、思わず俺の声から悲鳴にも似た情けない声が漏れた。
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