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人の夢を笑う資格

 昼ご飯は速水おすすめのレストランで舌鼓を打った。ターミナル駅到着後、即昼ご飯に行ったおかげか、レストランは結構空いていた。


 すぐに席に通されたおかげで、予想よりも早く俺達は雑貨屋に向かうことが出来たのだった。


 ターミナル駅の東口から、地下通路を通って、俺達は西口に出た。高層ビルが、俺達を出迎えてくれた。


「雑貨屋は、あっち」


 喧騒とする駅前で、速水は高層ビルの向こうを指さしていた。


 信号を渡り、家電量販店横の路地を通って、それから更にしばらく歩いた先で、八階建ての雑貨屋に俺達は辿り着いた。


 喧騒とするビルの中、入ってすぐのエスカレーターに乗り込んだ。


「何階?」


「んーと。あっ、三階」


「三階、か」


「ああ、ごめん。三階はキッチンとかインテリアの階。面白そうだから、声に出ちゃった」


 なんだそりゃ。

 振り返れば、速水は苦笑しながら頭を掻いていた。


「えぇと、バッグは……五階。多分ここだ」


「そっか」


 エスカレーターで階を上がっていき、五階で降りた。


「へえ、色々あるんだなあ」


 都心の一等地の立地条件の割に、この雑貨屋の敷地面積は相当なものを誇っていることは、外から見てもわかっていたが、フロアから見た景色もまた、それをわからせるには充分な光景だった。


 都心の店とは思えないくらい、棚の間は人二人くらい通り過ぎることが出来そうだし、それでいて商品の種類はかなり多そうだった。


「武田。ここに来るにあたって、もうランニングポーチを買う気で来たけどさ。あんた的にはスマホ入れは腰に付けたいの? それとも腕?」


「ランニングしている奴がしているのはちょくちょく見るが、イメージは腕だな」


「奇遇だね。あたしもそう」


 速水は眩しい笑顔で同意した。


「えぇと、であればランニングポーチというより、アームバンドだよね」


 周囲を見回って、俺達は目当てのアームバンドのコーナーを探した。しばらく探して、お目当ての品を見つけた。


「どれがいいかな」


「あんたはどれが良いと思う?」


「うーん。あたし、結構優柔不断だよ?」


「意外だな。なんでも後先考えずに即決するタイプかと思ってた」


「そんなことないよ。むしろ、熟考しすぎて決められないタイプ」


「やっぱ。そういう性格も一人暮らし向いてないよ」


 俺は笑いながら、腰を下ろして、アームバンドを手に取って見ることにした。


「何よう。自分だって一人暮らし初心者の癖に」


 速水は、俺の背後で不貞腐れていた。


「ふーんだ。心配して来てあげたのに、何だか馬鹿らしくなっちゃった」


「悪かったよ、これでいいか?」


 あまり機嫌を損ねるのもどうかと思ったので、俺はさっさと謝罪の言葉を口にした。


「良くない。そんなどうでも良さげに言って。まるで心が籠もってないね。せめてこっちは見なさいよ」


「ごめんごめん。悪かったって」


 俺は速水の方に向き直りながら言った。


「ふん。そんなんで許すと思う?」


 しかし、どうやら速水はそれなりに怒っている様子だった。


「本当、無駄な時間過ごした気分。あんたの一時の青春のために、こうして休みの日を消費していくなんて」


「青春のため?」


「だってそうでしょう。あなたが野球を続けるのは、高校三年、後は大学四年までくらいでしょう? その七年のためだけに、なんであたしこんなに親身になったんだろうって思った」


 自分の行いに呆れたように肩を竦めた速水に、


「なんで、後七年だけ?」


 俺は、彼女の話の疑問を口にした。


「ああ、あんた大人になっても草野球とかで野球は続ける気なんだ」


「いいや」


 しばらく物思いに耽って速水が導いた答えに、俺は否定して続けた。


「俺、プロになるよ? プロ野球選手」


 こちとら大真面目に言ったつもりだったのだが、俺の言葉を咀嚼した速水は、呆れたように目を細めていた。


「武田。あんたプロへの道がどれくらい険しいかわかってるの?」


「わかってるよ」


「プロになるなら、甲子園とかで活躍しないといけない」


「そうかもな」


「そうなるには、まずはウチの高校のレギュラーにならなきゃならない」


「かもな」


「もっと、実力を磨かなきゃならないんだよ? あんた、どんだけ自信家なのよ。どんだけ野心家なのよ」


 呆れたようにため息を吐く速水に向けて、俺は首を傾げていた。


「それが、なんで俺に出来ないことになるんだ?」


 至って、率直な感想だった。


「なんでって……」


 速水は話しかけて、言葉をつぐんだ。

 何故かはわからないが、俺の顔を見た後だから、言葉をつぐむくらい俺の顔が可笑しかったのかもしれない。




「プロになる道が険しいのは知ってる。だけどさ、少なくとも速水が言ったそれが、俺に超えられない壁だとは思わない」


 そう前置きして、俺は笑った。




「だってそれ、全部努力次第でなんとでもなるじゃん」


 プロになるのに甲子園に出る必要があるなら、努力して甲子園に出ればいい。

 レギュラーになるのに実力が必要ならば、努力してレギュラーになればいい。

 周りが俺と同じくらい練習をしているならば、俺はその倍の練習をすればいい。


 難しいことは、何一つないじゃないか。


 むしろ、どうすればいいかわかってる分、取っ掛かりは掴みやすい。


「あんたって、本当変態ね。ストイック過ぎて、かなり引く」


 速水は呆れたようにため息を吐いて、アームバンドの棚を見下ろした。しばらくして、身をかがめて、商品を一つ手に取った。



「ただあんたの話を聞いてると、あんたが本当に夢を叶える気がしてしょうがないのよね」


「夢は叶えるためにあるからな」


「そう……。ちょっと待ってて」


 速水は決意を固めた顔で、アームバンドを持って走り去った。


 しばらく待って戻ってきた速水は、手に包装された何かを持っていた。


「ん」


 そして、それを俺に差し出した。


「ん?」


「ん!」


 強引に彼女の持つ包装された何かを、俺は受け取らされた。


「何、これ?」


「アームバンド」


 速水の台詞を聞き終えて、


「別に自分で買ったのに」


 俺は少しだけ申し訳なさを感じていた。


「いいの。これはお詫びだから」


「お詫び?」


「あんたは、あたしの夢、笑わなかったし呆れもしなかったんだもんね。なのにあたしは、あんたの夢を無理だとか呆れるとか、酷い奴だ」


「お前の夢って、シェフになるってやつ?」


「そう」


「あんたなら叶えられると思うぞ」


「ありがとう。そう言ってくれたのは、お母さんとあなただけ」


 速水は、どこか寂しそうに目を細めていた。


「お父さんも友達も、もっと現実的になりなってあたしには言ったよ」


「そういえば、父親と仲違いしたから一人暮らしするんだったな」


「うん」


 速水は頷いた。


「進路を決めた時も一人暮らしを決めた時も。あたし、お父さんに歯向かってばかりだった。

 あたしにはあたしの夢があるんだって。

 そんなあたしが、あんたの夢を笑うのはおかしな話だなと思ったの。

 あたしより全然、やる気も活力も自信もある、あんたのさ。

 だから、それはそのお詫び。受け取って」


「そう言われてもなあ」


 俺は困ったように頭を掻いた。


 一人で自己解決されても、俺的には折り合いついてないし、はいそうですか、と無遠慮に受け取るのもなんだか癪だった。


「じゃあさ」


 そんな俺の気持ちを察したのか、速水は妙案を思いついたかのように手を叩いた。




「あんたがプロになったら、それにサイン書いて返してよ」


「おう、それいいな」


「うん。これでさ……」


 速水は照れながら微笑んで、続けた。




「あたしが、あんたのファン第一号だね」




 そう言う彼女を見て、なんだか今すぐにでもトレーニングしたい衝動に、俺は駆られていた。

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