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麗神の美由 ―ゲーセン編―

作者: 黒輝 沖

 突きつけられた顔色の悪いクマの縫いぐるみをがっしと受け止め、美由(みゆ)は目の前の親友を睨みつけた。

「この勝負、この『麗神(れいじん)の美由』が受けて立つ!」

「あのねぇ、じゃあ私は『麗神の由加利(ゆかり)』って事?」

 ざざっと人が退いて突如現れた空間で、妙なオーラを放つ二つの影が対峙していた。服装は麗神高校のセーラー服。背格好はほぼ同じ。強いて言うと由加利の方がやや背が高く幾分ふっくらして見えるかもしれない。しかし二人の見た目の大きな違いはそれよりは髪型だった。美由はロングの黒髪を後ろでポニーテールっぽく束ね、由加利はダークブラウンのセミロングを緩く内巻きにしているのだ。

 そんな二人が睨み合うようにして、プライズマシンの前を占領していた。二人が立ち向かっているのはごく標準的なタイプのプライズマシンだった。二本のアームを使って縫いぐるみや小物などのプライズをつまみ上げ、手前外側の円筒内に落とすことによって獲得出来るようになっている。今獲得出来るプライズはデフォルメされた動物達のシリーズ『きまぐれZOO(ズー)』の縫いぐるみであり、獲得するためには縫いぐるみそれぞれで違う重心をアームで下から抱えるように掴み上げる事が必要とされる。しかしこのタイプのプライズマシンは最も普及しており、最も良く見かけるマシンでもある。そしてこのマシンこそ、そのアームの形状から『UFOキャッチャー』と名付けられた、プライズマシンの代名詞とすら言えるようになったマシンなのだ。

 今二人の前のマシンには真ん中に仕切りがあり、左右独立した構造になっていた。それに向かって右側に美由、左側に由加利。二人は競い合うようにしてコインを投入していたのだ。そして、先に縫いぐるみを獲得した由加利が、見せびらかすために縫いぐるみを美由に突きつけたのだった。

「離しなさい。これはあげないよ」

 美由を威嚇する意味も込めて、由加利が低い声で告げる。

「『寝不足ベアー』! これ欲しかったの。ほら、ここんとこ、目の下に(くま)が出来てるの。ね? かーいーでしょ?」

 縫いぐるみから手を離さずに、すでに半泣きで哀願しそうになっている美由。

「じゃ、頑張って獲るのね」

 芝居がかった美由に対し、由加利はいつも通り冷静だ。

 学校帰りに立ち寄ったアーケード街の噂のゲームセンターは、美由達の予想通り、新規オープンのイベントでごった返していた。

 近年、郊外型の大型複合映画館がここ麗神市にも押し寄せて来たため、細々と続いてきた駅前アーケード街の小さな映画館などは、抵抗する余裕もなく次々と廃業に追いやられていった。時代の流れとはいえ、味のある商店街の映画館が消えていくのは大変残念なことだった。だがしかし、そこはゲームセンターにするには十分な敷地だったのだ。もとより、交通手段として自動車を第一に考えない立地であり、駐車場確保のための費用を無視出来ることは、その意味では郊外型大型店舗に対し優位な条件となりえたのである。かくして、地上三階・地下一階のアミューズメントスペース『ゲームパーク【ディカルチャー】』が誕生したのだった。

 一階は入ってすぐにプライズゲームコーナーになっていた。毎月のように新製品が登場するプライズゲームは、既にゲームセンターでは店の顔としての地位を確立している。カップルのデートコースにゲームセンターが挙げられるようになったのも、これらプライズとプリクラのおかげである。そして二階にはビデオゲームコーナー。かろうじて以前のゲームセンターの面影を残すやや照明の落とされたスペースには、対戦格闘ゲームを始め、麻雀、シューティングなどが顔を揃えている。そして、ドライブやガンシューティングなどのゲーム、更には対戦麻雀、サッカー、プロレスなどのネット対戦可能な大規模筐体もここに設置されていた。その上その一番奥には、きらびやかな装飾を施した大掛かりなプリクラコーナーが設置されている。そこは衣装の貸し出しなども行うブースであり、基本的には男子禁制乙女の花園となっていた。そして最上階の三階はメダルコーナーとなる。巨大なビンゴマシーンから、パチスロ・競馬・競艇など、ちょっと大人向けのゲームマシンが並ぶ。そして更に地下にはカラオケと卓球、ビリヤード、デジタルダーツなどの遊具を備え、万全の態勢を整えていた。この『ゲームパーク【ディカルチャー】』、ゲームセンターで出来るものは何でもここに揃っているというのが広告のキャッチコピーになっていたほどである。

 そんなゲームセンターに美由達が来るのは、彼女たちにしてみれば当たり前の事なのだが、今回学校帰りに直行したのには幾つか理由があった。その一つが、新規オープンのゲームセンターはプライズマシンの設定が甘い事である。客寄せの意味もあって次回の来店につなぐためなのだが、プライズ目的の美由達には、店側の意図よりも甘々な設定そのものが魅力なのだ。勿論すべてのプライズマシンが甘々な設定だとは限らない。まめな店のスタッフは、時間帯、客の入り、プライズの人気などで、マシンの調整を行う。また、ある程度時間の経ったゲームセンターは、季節外れや不人気で余り気味のプライズを、まとめて取り放題マシンに詰め込んでしまうこともあるが、新規店にそれは期待できない。

 再びマシンに躊躇なくコインを投入した二人は、真剣な表情でボタンに手を乗せた。新規オープンの甘めの設定であることを、二人は既に見抜いていたのである。

 由加利は慎重に縫いぐるみの重心を狙ってアームを動かしていた。アームの掴む力やアームの広がる幅を見極め、縫いぐるみの置かれている角度と傾きを慎重に比較し、ターゲットを決める。ボタン操作も、アームの形状と動きにある「遊び」を考慮し、タイミングを見計らって手を離す必要がある。場合によってはボタンそのもののタイムラグすら考慮する必要がある。プライズとアームの距離関係を認識する深視力と、ボタン操作のタイミングを司る運動神経の連動なくして、由加利流プライズゲット術はありえないのだ。それを裏付ける情報収集も欠かせない。アーム調整をする店員や、プライズの補充をする店員のチェック。また、他人がプレイしているのを観察することで、限られたお小遣いを浪費することなく目的のマシンの状態を知ることが出来るのだ。さらに、縫いぐるみ上部に吊り下げ用の紐が付いていれば、それに上手くアームを引っ掛けることでもプライズ獲得の可能性がある。しかしそれは、あくまで上級者のテクニックであり、最後の手段のようなものだ。また、本命を獲得するために邪魔になるプライズの除去も、重要なポイントとなることがある。場合によっては、本命以外のプライズを獲得する事も必要なのだ。しかし近年、プライズの大型化と高額化やそれに比例したゲーム機自体のプレイ料金の増加、また、見た目と重心をわざと狂わせて作られる縫いぐるみなども出始めているため、プライズメーカーとヘビーゲーマーの戦いは熾烈さを増してきていると言えた。そして由加利は、情報分析と経験でそれらに立ち向かい、確実にプライズの獲得を目指すのである。

 一方美由は、感覚で勝負していた。理屈ではない。プライズに対する執念が、美由のすべてであった。それでいてプライズ獲得率は由加利に引けをとらない。ある意味、恐るべき勝負強さである。美由流プライズゲット術は、その意味で誰にも真似が出来ない。プライズの声が聞こえる。それが、美由流なのだ。

「待って美由、こんなことしてる場合じゃないって」

 ゲームセンターに入って数歩のプライズマシンに挑んでいた自分達に気付き、由加利が声をかけた。

「美由! 次に行くよ。奥、並んでるみたいよ」

 美由は真剣にマシンの中を覗き込んでいた。『きまぐれZOO』のメインキャラクター、色素異常で真っ白に色が抜けている『アルビノカメレオン』に挑戦し、くるくると巻いた舌に上手くアームを差し込めたところだったが、舌がアームと一緒に伸びるために捕まえきれずにいるのだった。

 しかし、はっとした様子で美由が顔を上げた。

「プライズバトル!」

 美由達が今日ここに直行した最大の理由が、これだった。

 前々から話題を集めていたのは、一階の一番奥に設置された巨大マシンだった。その名もプライズバトル『妖精の(フェアリーズ)(フォレスト)』。プライズマシンでありながら最大四人対戦。しかも一回の通常プレイで最大五個のプライズを獲得出来るという新コンセプトのマシンだ。由加利の情報では、全国三都市でしかロケテストが行われていないマシンで、何故かその一つがここ麗神市で行われる事になっているのだ。

 広大なフロアのほぼ半分を占めるスペースに半地下のように設置された『妖精の森』は、四台の搭乗型筐体が直径十メートル程の巨大なゲームフィールドを見下ろす様な形をしていた。ゲームフィールドは六角形の液晶スクリーンで隙間なく埋め尽くされ、まるで巨大な蜂の巣のようだった。そこに各種の地形映像が映し出されることで、ゲームフィールドとして機能するようになっているのだ。

 ゲームの内容としては、自分の妖精を操作しながら、アームを使ってフィールド上のカプセル型プライズを獲得していくといった感じのものである。一定時間にどれだけカプセルを獲得したかによって順位がつけられていき、最終的にカプセルの数が一番多かった妖精を操作していたプレイヤーが勝利者となる。そして、勝利者は、獲得したカプセルのプライズを最大五個まで実際に持ち帰ることが出来るのだ。

 妖精は四種類の中から選ぶことが出来、それぞれ操作は一本のジョイスティックと、A・B・Cの三つのボタンで行われる。Aで他のプレイヤーなどへの攻撃、Bで防御、Cでプライズの獲得となる。四種類の妖精とはまず、攻守ともに基本性能のバランスの取れた戦闘妖精。これは初心者向けで、ともかく操作性に重点を置いたオールマイティータイプ。次に泥棒妖精。攻守共に戦闘妖精には劣るが、スピードで他の妖精を圧倒することが出来るタイプ。離れた場所から攻撃したり、プライズを獲得できるのが古代妖精。そして最後に、広範囲な攻撃とプライズ探査が出来る魔法妖精。しかしその分スピードが遅く、初心者向けとは言いにくい。とはいってもどれも基本操作は簡単でそこそこ使えるので、何ら難しいことはない。更には各妖精のバックストーリーや、他のプレイヤーとの駆け引きなど奥深い内容で、何度でも楽しめる作りになっている。ただし、偶然、武器や魔法を拾ってパワーアップすることはあっても、経験値などで妖精が成長するという内容は盛り込まれていない。あくまでプライズマシンであり、やり込んだヘビーゲーマーが連勝出来るようにはなっていないのである。

 美由達が一階の奥へと進んでいくと、店内の混雑がそこだけより凝縮されているような状態だった。

 人込みの中、美由の背中越しに由加利が覗く。

「並んでる?」

見物人(ギャラリー)が多いみたいね」

 小さなカウンターがあり、近未来の軍服のようなSF調デザインの制服を着た女性スタッフが、インカムで連絡を取りながらゲームの説明と受付をしていた。ご丁寧に液晶で待ち時間の表示まであるが、見た目の混雑ほど受付の件数自体は多くはない。

「とりあえずエントリーしとくね」

 美由がさっさと受付票に記入し始める。由加利が事前に情報を調べてから来ている事を美由は疑っていない。何か問題があれば由加利のチェックが入るはずなのだ。そういう美由自身はゲームのルールすらさらっと読むだけで、後は実際にやって覚える方が早いと考えている。待ち時間がある以上、他人のプレイを見ている余裕もある。

「ねぇ由加利、これって四人対戦になるなら、二人同時にプレイすると潰し合いにならない?」

「本当はね。でも、二位でもプライズが獲得出来るから、タッグを組むメリットは大きいわ。とくにダークエルフに遭遇したときは、バラバラに戦うと奴等の思う壺よ」

「ダークエルフ?」

「ランダムで登場するボスキャラよ。……美由、私と組む気あるなら、そこの基本ルールぐらい読んどいてね。ボスキャラはプライズカプセルをいっぱい持ってるから、倒せたらトップ確定なんだからさ」

「ふーん」







 二


 その森は、危機を孕んだ静寂に支配されていた。鳥たちの声も絶えた中を、微かな気配が幾つか、そっと辺りを窺っているようだった。

 その中で一つ、無造作に動き回る者がいる。小さな半透明の翼でふわふわと浮かび、薄茶色の革の鎧に短剣と小さな盾を持ったそれは、一応、戦いをとする戦闘妖精の姿だった。赤く見えるほど明るい茶色の髪がちょっとぼさぼさな感じで少しやんちゃな少年のようではあったが、その顔はしく真剣だ。ただしかし、どう見ても子供がおもちゃで遊んでいるようにしか見えない。ときどきその剣を意味もなく振り回す事も、子供の仕草の様にしか見えない理由の一つだった。

 ――由加利ぃ、何処ぉ?

 ――気を付けて。声は全員に筒抜けよ。

 戦闘妖精の前に、白いローブを纏った妖精が姿を見せた。右手に小さな木の杖を持っていることから、魔法妖精であることがわかる。その顔は中性的ではあるが、明るいグレーの髪は腰下まで伸び、体型もやや女性としての特徴を持っている。しかし戦闘妖精と同様、子供のイメージが強い。

 ――その木の後ろにアイテムカプセルがあるから、美由、とっといて。

 魔法妖精が戦闘妖精の脇にあった木に杖を向けると、その先から雷が迸った。木は粉々に吹き飛び、小さなカプセルが光っているのが見えた。

 ――わぁ! 私を殺す気?

 ――指差すなんて器用なこと出来ないの。

 それでも戦闘妖精はそのカプセルに近づくと、それを掴んで腰のポーチに押し込んだ。すると、戦闘妖精の体が効果音とともに光に包まれ、持っていた短剣が長くなっていった。

 ――なんでわかったの?

 ――右にレーダーがあるでしょ。見てないの? それと、カプセルの中身が分かるのは魔法妖精の能力。そっちの戦闘妖精じゃ無理よ。

 戦闘妖精は幾分ふてくされた様子で魔法妖精を見ていたが、諦めた様子でくるりと背を向けた。そして、やる気を出したかのように、まっすぐに進んでいった。

 魔法妖精はその後を追うように進み始めたが、その差はどんどん開いていく。

 ――美由待って。そっちは駄目!

 ――こっちにいっぱいカプセルあるみたい。これって、五個までもてるんでしょ? まだまだ余裕よ。

 戦闘妖精の前方に、小さなカプセルが見えてくる。辺りは森が終わり、小さな湖になっていた。その岸に近い湖面にカプセルが二つ浮かんでいるのだ。

 ――二個まとめてゲットー♪ な訳ないか。

 カプセルに手を伸ばした戦闘妖精は、その姿勢のまま、左側から飛んできた矢の一撃を盾ではじき返していた。

 左側には、少しはなれたところに、細身の妖精が立っていた。淡いブルーのローブを纏い、戦闘妖精よりも背が頭一つは高い。そして、既に二本目の矢を弓に(つが)えていた。

 ――古代妖精って訳ね。

 戦闘妖精は二本目の矢も盾で簡単に弾く。しかし、動けなくなっていた。古代妖精の弓矢の連射速度は、十分に戦闘妖精の足を止め得たのである。

 ――ああっ、こいつっ!

 防御態勢で身動きできない戦闘妖精の脇を、体にぴったりとしたダークブラウンの衣装の地味な妖精がすり抜けていき、カプセルを二個とも回収していたのだ。このもっとも小さな妖精こそ泥棒妖精である。

 古代妖精と泥棒妖精の連係プレイ。古代妖精の弓矢で安全な距離から戦闘妖精を足止めし、泥棒妖精がカプセルを奪う作戦らしい。ただし、戦闘妖精の防御力は他を圧倒していた。古代妖精と泥棒妖精の攻撃力では、戦闘妖精の盾を突き破ることは出来ないのだ。それでも、戦闘妖精一人では、少し厳しい状況に変わりはない。お互いに決定的ダメージも与えられぬまま、膠着状態に陥るしかなかった。

 そして、その時間が、もっともスピードの遅い魔法妖精に味方した。

 膠着している場に、白いローブが現れた。探査能力の低いほかの妖精達は、戦闘妖精への攻撃に夢中で、魔法妖精が近づいてくることすら気が付いていなかったのかもしれない。

 十分な距離に近づいた魔法妖精は、その右手の杖を大きく天空にかざした。

 ――美由、ごめん! 防御してね!

 魔法妖精を中心として、数十本の落雷が辺りに振りまかれる。

 とともに世界が一瞬真っ白になった。

 魔法妖精による「ライトニングボルト」は「妖精の森」最大級の攻撃範囲と最大級の攻撃力を持つ。そしてその直撃は、戦闘妖精の防御力をもってしても無傷というわけにはいかない程の破壊力なのだ。

 再び辺りに静寂が訪れた。

「ライトニングボルト」発動後の魔法妖精は、数秒の硬直時間を迎える。相手が戦闘可能なら、この間に魔法妖精は屠られることになるのだ。

 ――美由……いる?

 ――何やったの?

 ――「ライトニングボルト」。防御中の戦闘妖精以外はほとんど即死の魔法攻撃。

 ――なんとなく卑怯な攻撃。

 ――戦闘妖精が他の妖精をひきつけてくれたから使えたのよ。多分、ふつうに使ってたら自滅する。

 ――いいけど、後はプライズとり放題?

 ――私がプログラマーだったら、時間が余ってて勝敗が決しそうなときは……。

 ゲームフィールドが急速に暗くなっていく。

 どこからか、低いドラムロールのようなおどろおどろしい効果音がフェードインしてくる。

 ゲームフィールドは、生き残った妖精達の周りを残して、漆黒の闇に包まれていった。


 三


 美由が目を上げると、ゲームフィールドの向こうで、ゲームオーバーになった他のプレイヤーが降りて行くところだった。目線より下はバーチャル映像の闇が正面視界の総てを覆い、その更に右下に、自分の操作する妖精を中心としたフィールドマップの一部がレーダー画面のように表示されている。幾つか離れたところにある光点がプライズカプセルで、すぐ横にある光点は、由加利の操縦する魔法妖精だ。その反対の左下には、現在の攻撃力や防御力そして体力が表示されている。今の戦闘妖精の体力は限りなくゼロに近い。

 そして美由の足元には、少し上向きの角度をつけて、五つの円筒クリアケースが設置されている。これは現実に存在する妖精のポーチだった。ゲーム内で妖精がプライズカプセルを獲得すると、このケースの中にもカプセルが装填される様になっている。そして、トップになるとこのケースの総てを、二位でも好きなケースを一つ開けられるようになるのだ。

 正面の映像の中には、右前方に由加利の操作する白いローブの魔法妖精だけが見えている。

 美由の戦闘妖精はアイテムカプセルで攻撃力がアップしたものの、瀕死の状態で、尚且つまだ一つもプライズを獲っていない。これでゲーム終了になると、戦闘に勝って、ゲームに負けるという悲惨な結果だ。

 突然画面の中の魔法妖精があいている左手を前に振った。

 美由の乗る筐体にに振動が走る。

「何すんの? やっぱり私を殺す気?」

 ――私が拾っておいた回復アイテムを渡したいの! でも、そんな器用な操作は出来ないの!

 バーチャル映像を見ると、確かに戦闘妖精の前にカプセルが落ちている。

 美由がCのボタンを押すと、戦闘妖精はそれを拾ってポーチに押し込む動作をする。すると、戦闘妖精が効果音と共に光に包み込まれ、体力が最大まで回復していった。

 ――来るわ、美由、気をつけて。

 フィールドの中央にスポットライトが当たり、フィールドの下からそれがじわじわと姿を現した。

「あれがボスキャラ?」

 ――ダークエルフね。

 見た目はやはり子供。色黒で金髪。ぐるりと幾重にもフリルを重ねたようなモノトーンの衣装は、下着が見えるほど超ミニのチュチュ・ドレスのようにも見える。ただしかし、フィールドに立ち上がった彼女は確かに笑顔ではあったが、目がしっかりと意地悪そうな光を湛えていた。

 〈きゃははは、私の森を荒らすのはだーれ?〉

 甲高い子供の声が、キンキンと響いた。

「しゃべったぁ?」

 ――少し前に流行った対話型バーチャルゲームキャラよ。

 すぐに由加利の注釈が入る。要するに、どこかで見ているスタッフが、リアルタイムでキャラを操作しながらセリフを入れているという訳だ。

 〈きゃははは、二人で協力するなんて、考えたわね〉

「いや、さっきの人達も組んでたけど……」

 〈……〉

 ダークエルフは一瞬の沈黙。まだまだスタッフの修行が足りないようだ。

 〈私のカプセルを盗むなんてー。許せなーい〉

「いや、だから、私は一個も持ってないんだけど」

 〈……きゃは〉

 このダークエルフ、美由の突っ込みは苦手らしい。通常このタイプのゲームキャラは、プレイヤーとの会話などを通して、ゲームの雰囲気を高める役割がある。

 しかし新規店のスタッフはまだ場数を踏んでいないことが多く、イレギュラーな反応に対するアドリブが利かないのだ。

 ――美由、ダークエルフの腰に気が付いてる?

「ぐるっとカプセルが付いてる」

 ダークエルフの腰には、ベルトのようにカプセルがずらっと並んでいたのだ。

 ――ダークエルフを上手く倒せば、あれが全部とれるのよ。

「最大五個じゃないの?」

 ――あれは別腹なの。こっちのレーダーで見ると、あのカプセルだけで、『きまぐれZOO』がほぼコンプリート出来そうね。

 ダークエルフはふよふよと浮かび上がった。明らかに戦闘妖精よりも高く舞い上がり、こちらに近づいてくる。

 〈おしおきよ! きゃははは!〉

 ダークエルフは背中から、ひょいと鎌を取り出した。しかも、自分の背丈の倍はある、死神様御用達のようなリアルに禍々しい巨大なものだった。

「私は無実だって……関係ないか」

 美由は少し真面目な顔になって、レバーを握りなおし。レバーを左に倒して、戦闘妖精を移動させる。

 ふわふわと浮かんだダークエルフが、戦闘妖精に向かって鎌を振り下ろした。

 すると、鎌から数個のシャボン玉が放たれる。シャボン玉のスピードはゆっくりとしたものだったが、徐々に巨大化しながら近づくため、避けるのは至難の業だった。

「無理無理無理!」

 美由は戦闘妖精で避けるのを諦め、シャボン玉に斬りつける。

 破裂したシャボン玉は、戦闘妖精の体力をごっそり奪っていった。

「もう一回受けたらおしまいね」

 美由は半分になっている体力メーターの残りを見ながら、ダークエルフの姿を探した。

 ダークエルフは、距離をとろうとする魔法妖精を追いかけていくところだった。

 通常戦闘だけなら、まず魔法妖精に勝ち目はない。だが、追いかけるダークエルフのその後姿はすきだらけのように見えた。

 そして、本当に隙だらけだった。

「貰ったー!」

 美由の叫びと共に、戦闘妖精の強化された剣がダークエルフを斬りつけた。といっても、傍から見ているかぎり、子供のちゃんばらごっこ程度にしか緊迫感はない。

 〈きぁあああ! なにすんのよー!〉

 ばらばらとカプセルがこぼれ落ちる。

 振り返るように鎌を振り下ろすダークエルフ。

 しかし、放たれたシャボン玉が巨大化する前ならば、戦闘妖精はその隙間を抜けることが出来るのだった。

「やっぱり貰ったー!」 

 美由は完全にダークエルフの攻撃を見切っていた。

 ばらばらとカプセルを落としながら、ダークエルフは逃げ始める。移動速度はダークエルフの方がやや上のようだった。

 追跡を諦めた美由は、その間にカプセルの回収を始める。せめて一個だけでも拾っておかないと意味がないのだ。

 美由はなんとか、ダークエルフが落としていったカプセルを二個獲得。そして三個目に手をかけたときだった。

 由加利の声が筐体の中に響いた。

 ――美由、防御して!

 顔を上げると、ダークエルフの向こうで、魔法妖精が杖を天空にかざすところだった。

「無理―っ!」

「ライトニングボルトー!」

 二人の叫びが重なり、美由の筐体が鋭く振動する。

 体力メーターの表示が、見る見る減っていった。

 そして、世界に闇が訪れた。

「……やってくれたわね、由加利」

 美由がそう呟き終わる前に、目の前のスクリーンに文字が浮かんだ。

【YOU WIN! 第一位獲得です】

「何で?」

 ――おめでとうございます。あなたのプライズBOXは全部開いています。お疲れ様でした。

 足元のBOXは、ふたが総て持ち上がっていた。ただし、プライズが入っているのは二つだけである。

 美由はシートベルトを外すと二つの縫いぐるみを取り出した。自然に笑みがこぼれる。二つのうちの一つが、『きまぐれZOO』の『アルビノカメレオン』だったのだ。

 美由が筐体から出ようとするとスタッフが手伝ってくれた。スタッフが美由の乗っている筐体を取り囲むようにして集まり、その中の一人が筐体のドアを開けてくれたのだ。

 ドアが開くとスタッフの拍手が沸き起こる。無論、毎回行われる演出ではあるが、ギャラリーからもつられたように拍手が起きていた。

「おめでとうございます!」

 手を貸してくれたのは受付してくれた女性スタッフだった。

「あなたがトッププレイヤーでした」

「由加利は?」

「もう一人の方は、最後のダークエルフの攻撃で、カプセルを三つ破損しています。だから、カプセル二つ獲得のあなたの逆転勝ちです」

「でも、私って最後のでやられちゃったんじゃないの?」

 その後ろから、別の小柄なスタッフが覗き込むようにして顔を出した。制服の肩に三連星のマークをつけたその店員は、店長の次に権限を与えられたチーフクラスのスタッフなのだが、美由には無論知る由もない。

「ありがとうございましたー。初めてなのに、あそこまで出来るのって凄いですよー。それでねー、最後の三人はほとんど同時にやられちゃったんだけど、戦闘妖精だけ体力が少しだけ多く残ってたの。ダークエルフと魔法妖精の攻撃は同時で相打ち。そして、ライトニングボルトのダメージで体力がなくなるのが遅かったのが戦闘妖精。つまりね、ライトニングボルトで同時にダメージを受けたダークエルフと戦闘妖精なんだけど、ダークエルフの体力が尽きるのが少し早かったから、その時点で体力が残っていた戦闘妖精の勝利って訳。おっけー?」

「ひょっとして、ダークエルフの人?」

「きゃははは。一応、秘密なんですけどねー」 


 一階の隅にはベンチとテーブルが置かれ、自動販売機と共に休憩スペースが形作られていた。

「どうする美由、もう一回やる?」

「いいけど、さっきよりもかなり待ち時間増えてるし」

 美由はやる気なさなさの目をした『アルビノカメレオン』の舌を伸ばしたり縮めたりして遊びながら、受付の液晶表示を窺った。

「あのダークエルフ、泥棒妖精ならなんとか出来ると思うけど」

 由加利は真剣に対策を考えているようだ。

「そもそも出現自体ランダムなんだから、一回目からあえたのがラッキーだったんでしょ?」

 美由はあまりこだわっていない。それよりも『アルビノカメレオン』が相当気に入ったらしい。

「そう、ダークエルフ狙いだったら、お金がいくらあっても足りないのよね」

 由加利は立ち上がると、美由に縫いぐるみを突きつけた。

「で、『寝不足ベアー』とトレードしない?」

 由加利が『妖精の森』で獲得したのは、二個目になる『寝不足ベアー』だったのだ。対して美由はやる気なさなさの目をした全身真っ白の『アルビノカメレオン』と、親指程の黒いが十匹ほど連なっている『蟻がとう』の二つを獲得していたのだった。

「こっちの『蟻』ならいいよ。『アルビノ』は、入り口んとこのマシンでは取れそうにないしね」

「ありがと美由。『蟻』でいいよ。『ベアー』が二個あっても意味ないから。でも、『アルビノ』も魅力よね」

 由加利はしばし沈黙する。『アルビノカメレオン』が獲れそうなのは、入り口近くにあるマシンと『妖精の森』のダークエルフのみ。しかしどちらも、そう簡単には獲れそうにないのだ。

 由加利は決心したように美由を見た。

「作戦変更ね」 

「さっきのダークエルフの店員に泣きつく? 獲れそうな場所に動かしてくれるかもよ」

「ううん。そんな卑屈なことはしないわ。美由、麗神東駅前のゲーセンも新装オープンしてたはずよ」

「ああ、「クラブ【ディカルチャー】」ね。あっちにはまだ『妖精の森』は入ってないんでしょ?」

「どうせ系列店の縫いぐるみの入荷は同時期よ。かえって今までの古いプライズマシンに入ってた方がとりやすいし」

 最後の手段は諦める事。ゲームセンターは一ヶ所だけではない。そのゲームセンターの設定が厳しくてなかなか獲れないのであれば、他のゲームセンターに移動すれば、より甘い設定のマシンにはいっているかもしれないのだ。それで駄目なら日を改める。ゲームセンターが獲らせたくないプライズは、旬で人気のプライズである。旬でなくなる前に回転させなくてはならないので、日を改めると設定が甘くなっていることがあるのだ。


 美由の言わば動物的な勘と、由加利の経験と情報があれば、二人に獲れないプライズはない。

 そして今日も、二人の戦いは続く。



『麗神の美由 ゲーセン編』おわり














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