八十二話 月は満ちているか
一方。
分断を受けたブルーケとアバート。
断続的に現れる敵に対し、随時対処を行う。
しかし弾薬が足りない。
危険を承知でチョーカーを最大出力で使うか?
最悪を考えていると、敵の流れが止まったことに気付いた。
静寂。
ふたりは身を寄せ、対策を考える。
このまま進むか?
闇雲に進んでも何処に向かえばいいかわからない。
『武器は無いのか?』
伊勢の声が響く。
「ちっぽけなナイフなら。テメェは?」
ブルーケは腰の鞘からナイフを取り出し、手の上で躍らせる。
そして腹を探る。
『有象無象なら二千。だが、これは使った所で意味が無いだろう』
「物量で押されるのは……面倒だなぁ」
『そこで精鋭を二十使おう。しかも私の制御の下でだ』
「……」
『私が完全にコントロールできるのはその数が限界だ』
「脳ミソどうなってんだ? 街の制御もしてンだろ? それにヒェトラ達とも戦闘なり対話なりしてる。焼き切れるぞ」
『そうだなだから二十だけしか動かせない』
「だけの意味を調べておけ」
『だが、私も心がある』
「嘘つき」
『選べ』
ヒェトラ達が飲み込まれた床が開く。
そこに人の姿は無く、近接武器が並ぶだけだった。
「何のつもりだ?」
『本気を見せろ。こちらも合わせる』
「……いいね」
直剣、短剣、戦斧、刀、鎚、鎌、槍……。
そのどれもが実践向きの一級品。
派手な装飾は無く、シンプルなデザイン。
ブルーケは反りが大きく二尺五寸程の太刀、アバートは二尺三寸程の太刀を手に取った。
ふたりが武器を選び終えると残った武器は再び床の中へ消えた。
体に馴染ませる様に数度振り、重さと間合いを確かめる。
銀世界の様に真っ白なドーム内。
ガシャガシャと音を鳴らし二十のロボットが現れる。
それぞれ刀や槍で武装し、頭部と胸部のカメラで敵であるふたりの少女を認識する。
「これで負けたら言い訳できなくなっちゃうよ?」
煽る様に声を上げたブルーケ。
『お互い様だ。さぁ、命を私に見せておくれ』
伊勢は部屋に声を響かせた瞬間に数日前の『Urania Observer System』の観測結果を思い出す。
ならばその結果に従う他ない。
ドームの空間の制御を開始する。
空間を砂漠へ。
焦げる様な陽射し、蜃気楼、焼けた砂……そのどれもが現実のモノと相違なく感じる。
『決戦の舞台だ。渇きに潤いを』
「……舐めるな」
渇きに対する潤い……血で満たせという安い挑発にブルーケは笑いを溢し、怒りを露発する。
太刀を地面に突き刺した瞬間に空間は変化する。
その想いの強さに空間は答える。
ブルーケが想い描いた景色を再現する。
――夜空の下のコスモス畑。
新月の夜。
乾いた冷たい風。
満天の星空を彩る最高の条件。
星々の光はコスモスを照らし、朧気な光が空間を包む。
伊勢は観測した未来のその先を見ようと行動を開始する。
四体のロボットを先行させる。
ブルーケとアバートはチョーカーを起動させた。
『な、ぜ?』
観測結果に無い状況が処理に負荷をかける。
と同時に先行四体はアバートによって鉄屑に変わった。
「ざぁ…………こ」
アバートは左手の中指を立て煽る。
『威勢がいい……ヒェトラはいいのか?』
「ヒェ、ト、らは……だいじょーぶ…………お前を殺す」
『……いいだろう。返り討ちにしてやる』
――人外と人外がぶつかる。
ロボットは人体では不可能な関節の可動域を以てアバートの攻撃を躱す。
アバートに対し残り全てのロボットがスイッチしながら戦う。
驚異的な膂力と繊細な身体の使い方。
正面からぶつかれば次々に壊されることは明確。
数で押し込み、不意を突く。
しかしアバートは死角からの攻撃も空気の流れを掴んで防ぐ。
掠り合う武器。
時折散る火花と鋭い金属音。
一対十六の偏った戦況にも関わらず潰される事無く続く戦況。
『多勢に無勢。現実を受け止めて平伏せよ』
「……視界が晴れた」
アバートは短い言葉を放ち、太刀を大振りに薙いだ。
一時的に後退し、間合いを見極めるロボット達。
静寂を一つ。
『?』
「今宵の月は満ちているか……ほう、新月か。いいや、些事だな。全能を謳う愚者が散り行く様を見られるのならば満足だ」
『お前は……誰だ?』
アバートの高く美しい声からは想像できない言葉が並ぶ。
伊勢も状況の変化に戸惑う。
「誰……と聞かれればアバートと名乗る他無い。しかし君の望む答えでは無いな」
『そうだ。神経接続の元データを聞いている』
「神経接続……私よりも余程狂った蛮行だ。是非ともあの時の私に教示したい。いや、無用の長物か。限られた状況でのみ咲き、散り際を愛でることもできよう」
『何が言いたい』
「命の咲かせ方、実らせ方、食し方……そして愉しみ方。命無き傀儡は散り際に何も残らないから詰まらん。が、君は特別だね――叫び声を聞かせておくれ」
恍惚とした表情。
絶頂寸前の感覚がアバートを震わせる。
「来いよ…………ざぁこ」
再び向けられた中指。
挑発に笑みを溢した伊勢はもう一度、十六を操作する。
刹那。
ブルーケの存在を思い出した。
『……どこだ? 私は何故見失って――』
「――脳ミソ詰め直して来いよ」
ブルーケの声だけを認識した伊勢はドームに存在しないことにエラーを吐き出した。
こんにちは、
下野枯葉です。
関東地方でも雪を観測しました。
寒いですね。
他の地方も寒いですね。
本当に、寒いです。
さて
月は満ちているか?
です。
その満ち欠けは神秘を秘めています。
神秘。
聞こえはいいですね。
美しさと恐怖を兼ね備えています。
アバートにとってはどちらでしょうかね?
また次回以降に判明しますかね?
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




