七十二話 伊勢ならば
二十四畳。
部屋としてはとても広い空間。
しかし、世界から見ればとても狭い空間。
そこでふたりは語り始める。
「いつからだろう。私がお前と言葉を交わして知識を得始めたのは?」
『正確な記録ならあるぞ?』
「それを即答しないあたり人間をわかってきたね」
『口酸っぱく言われたから』
「私の一番古い記憶は五つの時だね」
『十年近くも前か』
「まだ十年は経ってない」
『細かいね。人間というのは』
「……」
『?』
ありきたりな会話を数回繰り返した。
懐かしくてずっと続けていたいと思う会話。
その後、数秒の沈黙を挟んだのはヒェトラだった。
グッと眉間に皺を寄せ、息を吸い込んだ。
「どうして博士を殺したんだ」
『子供にこの機微は難しい』
「些事だ。答えだけ聞かせろ」
『約束だ……私達が私達である為に、どうしても必要な事だった』
「言い訳の様に聞こえるぞ」
約束。
その言葉を使った大和に対して本質を見破る。
『……』
「後悔しているんだな」
『こんなにも苦しいのならば、選ばなかったことだ。戻りたいよ、あの時に』
「タイムマシンでも作ってくれ。私達には必要だ」
『……ネコ型ロボットはいないからな』
「つまらん。お前が成ればいいだろう」
『時間遡行か……伊勢なら?』
「伊勢、ね? どうにかしてくれ。そのうち禁忌を犯すぞ」
『……やってくれれば』
「死者の蘇生」
『そうだね』
「冒涜に他ならないな」
『会いたいのだろう? そして暁啓も会いたいと願っているはずだ。どうして冒涜と言うんだい?』
「人だからその言葉を使うのさ。死者はね、その場所から動いてはいけないんだ……例えどんなことがあろうとも」
『……』
ヒェトラの言葉を理解する為に処理時間を設ける。
死者は動けないだろう?
と、単純な疑問をひとつ。
「生の終着。そこは折り返しの無い終着駅だ。そこから戻ると言う事は、線路を歩くと言う事だ。随分と酷い話じゃないか?」
『確かに。……バックアップは無い、残念だ』
死者が戻れないことを感覚的に理解し、大和は別の選択肢……バックアップも否定した。
記憶のバックアップ。
あまりにも膨大な量のデータと高度な抽出技術を要するそれと、その技術は無いと瞳を閉じながら伝えた。
瞳を合わせれば微細な揺れで、ヒェトラに見抜かれてしまう。
「……ダウト」
瞳を見るまでも無く、伏せたこと自体が嘘を表していると判断して短く言葉を刺す。
『暁啓が望んだことだ。生身の人間のバックアップなんて私は作りたくなかった』
「そこはどうでもいい。……早く博士を渡せ。あるべき場所に戻るべきだ」
『あるべき場所? それを決めるのは私達ではないはずだ。何を以て暁啓を語る?』
「博士が生前どこで過ごしたと思う? 何から逃げて安寧の地を作ったと思う?」
『わかった……だが、データの在処は伊勢に聞け』
「アレが素直に言う事を聞くのか?」
『機嫌が良ければ?』
「……無茶を言う」
こんにちは、
下野枯葉です。
最近、歩き方を忘れました。
こっわ。
でもすぐに治ったので安心しました。
この感覚、少し面白かったです。
ちょっと作品に活かせたらいいなぁ。
さて、
伊勢なら
です。
伊勢の本質を描きつつ、この題を描いた瞬間に楽しくなりました。
伊勢は理想のAIです……がそれは人間の視点からでしかありません。
AIからの視点はわかりません。
伊勢をこれから描く上で必要なことは、完全という言葉です。
さぁ、考えてみてください。
何もかもを実現する完全を。
憧れますか? 恐れますか?
私は恐れました。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。