六十一話 執行者
モートレの感情が部屋を埋める様に轟き、静寂が一つ。
誰もが言葉を失い、重い空気に嫌気がさして来た。
「死人に口なし。つまり、今のところモートレだけの意見だね」
空気を読むことをせずありのままの事実を並べたのは榛名だった。
重い空気に鋭い痛みが加わり恐怖が一層増す。
殺伐。
モートレが一歩、また一歩……榛名に近付きながら自身のチョーカーに手を伸ばす。
「……殺す」
強く握られた拳が振り上げられたのと同時にアバートが間に入る。
その右手は項へ伸びており、間も無くチョーカーを起動できるという牽制だった。
震える右手には恐怖と家族への想いが込められていた。
モートレの怒りよりもより大きい恐怖がアバートを含めた九人を襲う。
狂人と化した彼女を瞬時に抑える術をここにいる誰も持っていない。
「モートレ……ダメだよ。話を聞かないと」
「……」
無理矢理取り戻した冷静な感情を味わい、屈辱と反省を覚える。
体から力が抜けてチョーカーから蘇るはずだった記憶は既に消え去る。
脳にこびりついたそれは……消えない。
「いい子だねぇ。ホントに……よく育ってくれたよ」
「ババァ」
捨て台詞の様に毒を一つ。
「否定しきれない悪口は止めようね。泣くよ」
「作り物の感情で?」
「その作り物に支配されて、動けないのは誰だい?」
煽り合い。
消え去るはずだった火が爆ぜながら勢いを増す。
グルグル目まぐるしく変わる空気が密室に満ちる。
「そこまでにしておけ。話を続けろ」
穿つように放たれる声の主はヒェトラだった。
一向に先に進まない話に苛立ちを隠せずにいる。
非合理的な言葉の応酬。
「はいはい。別にアタシは無理に記憶を呼び起こそうなんて考えてはいないよ……でもそれを受け入れる子には教えるつもり。ねぇ、叩き潰そうよ……大和を」
言葉の強弱までもがクルクル変わる榛名に感情が付いて行かない。
しかし芯のある心情が時折顔を覗かせて、短い会話の中に情報を詰め込む。
様々な情報に若干の頭痛を覚えたヒェトラは机を指で数度叩く。
「……恨みでもあるのか?」
「近いものだよ。その権能の使い方を私は正したい……いや、アタシが正しいなんて思ってはいないから、押し付けたいだけなのかも。アタシの正しさを押し付けて捻じ曲げる……戦争がしたいんだよ」
交渉の手段として話し合いがある。
それが決裂し、行き詰れば力でねじ伏せる。
どんなに時が経とうと変わらないそれは…………AIですら否定できない。
最低で最悪な結末でありながら最善に他ならない。
戦争。
あらゆる知識と思考の頂点に君臨するAIでさえそれを手段の一つとして捉える。
あまつさえどうすれば戦争で優位に立てるのか、勝てるのかを導き出そうとする始末だ。
「戦争? 笑わせるな……罰の執行だ」
「いいねぇ……裁く側になりたいのか――」
姿の見えない榛名は大きく息を吸い込む音を鳴らす。
まるで命の宿る人間の様に息を再現する。
そして目を大きく開く感覚をその場にいた全員に与え――
「――人間」
――短く言葉を放った。
こんにちは、
下野枯葉です。
暑い。
暑いです。
それと悲しいことが続きました。
少し切り替えるのには時間が必要そうです。
さて、執行者です。
私は日本という国に住んでいます。
日本はとても良い国です。
そして法があります。
法を犯せば裁かれます。
執行を待つ時間の中で己の感情を回します。
……。
あの時間は罪の意識があろうと無かろうと苦しいものです。
その人間に人間性が残っているほど苦しくなります。
誰もがこの苦しみを味合わない世界は何処にあるのでしょう?
誰も罪を犯さない世界ですか?
誰も人間性を持たない世界ですか?
……難しいですね。
ヒェトラ達なら、C2達なら……暁啓ならわかるんですかね?
教えてくれ。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




