五十七話 残った人間性
血が飛び散った音――薬莢が床に落ちた鋭い音――その後母親が床に倒れた鈍い音と衣擦れの音が良く聞こえた。
静謐。
デッディは自分の心音を鮮明に感じ、その音が乱れていないことに驚いた。
当たり前の事をしただけだという認識が頭から離れない。
動揺も狼狽も驚愕もない。
心が人間から離れて行ってしまっている気がした。
「素晴らしい…………素晴らしい! やはり私の目は狂っていなかった! 貴女こそが人の上に立つ存在です! 世界を救う存在です! 素晴らしい!」
心を感じていたデッディとは裏腹に狂気と興奮を隠しきれない金剛は叫び続ける。
自分の身を抱き震える。
絶頂と言って差し支えない表情を顕わにする。
デッディはその姿に呆れて言葉が出なかった。
「毘の誕生です! これで人々が救われます! 私達が! 世界が救われます!」
絶え間なく叫び続ける金剛。
「おい」
自分と金剛の感情の差に冷静さを取り戻し、鋭い言葉を投げた。
「おやぁ? 如何なさいましたか?」
ギョロリと瞳が動き、デッディを捉える。
「今際の際だ」
視線がぶつかり、感情の幅を互いが認識した瞬間にデッディは短く言葉を放った。
どこか悲しそうに声が震えていた。
「……そうでしたね。では奥へどうぞ」
盛者必衰。
大きく膨らんだ興奮を瞬時に仕舞い、常識を取り戻す。
口約束とは言え、金剛は自ら提示した条件を破らない。
招く様に奥の部屋に招き入れ、姿を消す。
二十畳程の部屋は畳と襖に包まれ、い草の強い香りがツンと鼻を擽る。
中央には和の雰囲気とは正反対のモノが屹立していた。
中央に発行体を持ったコンピュータ。
一目見れば察することのできるモノだ。
そしてその周りにはモニタや入力機器が乱雑に置かれていた。
「覚悟はできているな?」
数秒、部屋の中を眺めたデッディは金剛の姿を探しつつ呟いた。
声に反応した様に金剛は再びその姿を現し、微笑みを浮かべる。
「勿論です。ちなみにそのケースに榛名へのアクセス方法が入っています。中身をどう調べて頂いても構いませんが一部でも削除、変更を行うと壊れて使えなくなるのでご注意ください。それに加えて、ご存じとは思いますが……隔離されていない空間で榛名に干渉させれば大和、もしくは伊勢に捕捉されてしまいます」
「……」
示されたキャリーケースは入力機器を押し退ける様に床に置かれ、その堅牢さから重要なものであることは明らかだった。
その間に右手を上げた金剛は部屋の中央の発光体を指差す。
「このコアを破壊すれば私の活動は終了します……さぁ、その手で全てを救ってください」
数分前までの興奮混じりの声は無く、優しく囁く声。
全てを成し終え、後悔はないという声。
僅かなモーター音だけが聞こえ、それが金剛の命の音であると気付く。
「金剛」
銃を構えると同時に呼びかける。
「なんでしょう?」
遺言を聞いてくれるのか? などと淡い期待を浮かべた金剛。
「その姿――」
笑顔が咲いた。
「――お父さん……だったんだな」
「ッ! えぇ……ご明察です」
金剛は目を見開き驚きを漏らす。
自分の顔の輪郭をぐちゃぐちゃに引っ掻く様に手で掴み、この顔を選んだことを喜ぶ。
暁啓との言葉を思い出し、巴という女の子に期待を込めた自分の審美眼を褒める。
榛名といつの日か語り合った人間に対する感情を噛み締める。
ここまでの全てが今の最善に繋がったことに涙を流してその命を明け渡す。
「そうか。お前は全く酷い奴だ」
「……えぇ、全くです」
金剛陥落。
その声は泣き声と共に呟かれた。
こんにちは、
下野枯葉です。
五月病……気の緩みと気温の変動が原因でしょうね。
私も罹患しました。
甘えずに頑張ります。
さて、残った人間性です。
人間性を語るのは難しいのですが、このふたりを前にしたのならば問題ないでしょう。
狂気を備えたふたりですから。
いやー……もう少し金剛に触れておければなぁとか思ったんですけど……
まぁとりあえずいいでしょう。
概ね満足です。
ちょっと本編のネタバレになりますが、デッディに両親を殺してもらうのは確定路線でした。
と、言うのも。
七歳まで『生きていた』という状況から最も人間性を壊したいと思っていたので、
こういう結末になりました。
一番、C2支配の世界を経験していますからね。
常識を壊してあげて……その姿を描きたかった。
例え、酷いと外道と罵られても、私は少女達を苦しめながらでなければ描き続けられません。
悪しからず。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。