五十五話 巴
「金剛……様?」
黒く汚れながらも芯のある思惑。
神か仏かと崇めていた対象に見えてしまった思惑。
困惑を隠せなかった。
一見すると優しく微笑み、寄り添う父親のような言動だ。
それでも違和感があった。
どうしてこの人を『父親』のように思ったのだろうか?
どうしてその笑顔を懐かしいと思ったのだろうか?
小さな違和感は興味にも嫌悪にも変わる。
――金剛は、私に何を望んでいるのだろうか?
「えぇ、私が金剛です。巴……早速ですが、ここに来た理由をお話させて頂きますね」
低く、包み込むような声。
「はい」
段々と早くなる鼓動を押さえる様に胸元で拳を握り、呼吸を整える。
「――毘を創って頂きたい」
真っ直ぐ瞳が合った瞬間、背後の扉が開く。
反射的に振り返ると、そこには今にも頽れそうな程痩せ細り、弱り切った灰襟の信者がいた。
灰。
色を認識した刹那――
――巴は母親に首を絞め上げられる。
宙に浮き藻掻くことしか出来ないが、動きを激しくすればする程母親の腕の力は強くなり、意識が遠のいていく。
「毘を創る為にその命を捧げてください。貴女の様に優秀な人間の脳をバックアップした後に巨の信者がその命を奪います。その後、その巨の信者の脳にバックアップデータをコピーすると……その信者は毘として生まれ変わるのです」
金剛は興奮気味に毘の創り方を語る。
朦朧とする意識の中で金剛は人間では無くAIであると再認識した。
人の道を外れたのではない。
人の道に存在していなかったのだ。
死にたくない。
天窓から見えた流星にそう願う。
「ぐァッ……ぎゅぅ………………ぁぁ」
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて!
声が出なかったが、心の奥底で叫び続ける。
意識が――
「予定変更です。中止してください」
落ちる寸前に金剛が声を漏らした。
母親は力を抜き、巴を離す。
その場に倒れ呼吸を整える巴は、涙や涎でぐちゃぐちゃになった顔を床に擦り付けて苦しみを紛らわせようと必死に動く。
どうして止まったの?
どうしてお母さんはこんなことをしたの?
どうして私は……助かったの?
「久しぶりだね金剛……その子を殺すのならば私が貰うよ」
金剛と同じ白衣姿の暁啓はわざと靴の音を鳴らしながら現れた。
「驚きましたよ……暁啓」
目を丸くした金剛は両手を広げて歓待の意を示す。
「約束……覚えているよね? 私の願いはその子を貰うことだ」
母親と灰襟の信者は困惑し、完全に蚊帳の外だ。
対して金剛と暁啓の間には緊張感が走っていた。
「……」
腕を組んで考えを巡らせる金剛は、数年前よりも老いた暁啓に気付く。
嗚呼。
と声を漏らした。
「承知しました。約束を果たしましょう…………その子は今、暁啓に差し上げます」
「……悪いね」
母親は自分の娘が連れていかれるのにもかかわらず黙っているだけだった。
そして暁啓は巴にゆっくりと近付いて抱き上げる。
「もう一ついいかな?」
虚ろな表情の巴を見て微笑んだ暁啓は顔を上げて呟く。
「伺いましょう」
「榛名との対話は欠かさないように」
そう言葉を残して立ち去った暁啓の背中に金剛は言葉を投げる。
「いいでしょう。暁啓の描く未来……楽しみにしていますよ。巴、体に気を付けて」
「だ、れ?」
知らない顔を目の前にして巴は声を絞り出す。
「……那須暁啓。君を助けに来た」
その時、巴は心の底からの安心を知った。
「じゃあ……わたしの、お父さんになって」
「――喜んで」
こんにちは、
下野枯葉です。
巴。
その美しさは渦を巻く。
その名を冠したものの武勇は数知れず。
対立を示し、厄災を退ける。
力と知識、美しさとは時に断罪の対象となる。
嗚呼、体に気を付けて。
絶対に命を明け渡しはしないだろう。
そう……誰かが語り掛けてきます。
悠然と、毅然と、超然と……その言葉に自信を持つんだ。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




