四十三話 畏怖の対象
暁啓とC2達の出会いから二十年と少しが過ぎた頃。
今まで通りC2達との授業を続けていた暁啓には大きな変化があった。
それはC2の権能の届かない場所で生まれ、行き場を失った国籍の無い子供達を救っていたことだった。
彷徨う様にC2支配下の街を訪れ、非人道的に扱われていた子供達……それを救う為に養護施設を多く建て続けていた。
加えて年を取り三十路を超えたこと。
C2の管理人という立場を続けながら様々な技術革新を推し進め、達成してきた……皺も増えて段々と肩が上がらなくなってきた…………体を動かすことが少ない生活が続いているので老化が他よりも早い気がしている。
「うぅ……寒い、寒くない?」
二〇八一年 一月 青森県 C2第五制御場陸奥
「雪凄いよ……寒冷化って終わったんじゃなかったか?」
陸奥に呟く暁啓はマフラーを外しながら毒を吐く。
ゆっくりと部屋を見渡し、暖房が無い事を再確認する。
「三十年程前から次第に回復してはいるが……まだしばらくかかるだろうな」
いつも通りに姿を現した陸奥は寒さに合わない薄着だった。
その姿を見ただけで寒さを一層感じた暁啓は上着を脱ぐ手を止めてそのままにした。
「三十年前……ね。さて、今日は……何だっけ?」
過去を思い出し、憂いと溜め息を一つ。
ゆっくりと腰を下ろした。
「今日は大人の定義だ」
忘れてしまったのか? と首を傾げながら今日の授業内容を呟いた。
「あぁ……そうだったね」
「………………暁啓、疲れているのか? 顔色も良くない」
ハッとした。
体調管理もできない自分の情けなさと、顔色を窺うことが出来るようになったAIへの驚きが満ちる。
「色々とやることがあったからね、少し疲れが残っていてね……」
「施設の子供か?」
「それも勿論だけど君達のこともあるから……さて大人の定義についてだ」
頬から顎に向かって撫でて、溜め息を追加する。
体に疲弊が溜まっている事は否めないし、授業を行うことも必要だと感じている。
しかし子供達とC2、両方とも捨てることのできない大切なものだ。
疲れた体を奮い立たせ、真っ直ぐカメラを見詰める。
授業が始まる。
「ん……働き始めたら大人じゃないの?」
早速、反射的に思い付いた原因を陸奥が言葉にする。
「ちょっと違うかなぁ、働いてない五十歳の子供とか嫌だよ」
日本には『勤労の義務』というものが存在するが、働いていない人間がいるのが事実だ。
ニートの定義は様々だが、失業者は常に社会問題になっている。
「え、でも昔から『子供部屋おじさん』って言葉が使われて――」
「――こどおじはイレギュラーだから」
あぁ、子供部屋おじさんも社会問題だわ。いつの時代でも一定数いるからなアイツら。
閑話休題。
子供と大人の境界を探す陸奥は、反射的な考えを否定され熟考を始めた。
「そうなのか……ちなみに暁啓はいつ大人になったの?」
まずは身近なところから、と大人と思える人間にその境を訊ねた。
「ん……いつだろうね。もしかしたら大人になってないかもしれないな」
「子供が子供を助けているのか? 可笑しな話だな」
「違うよ、子供でいられなくなっただけ。大人に見えるのは虚飾に過ぎないよ」
自分は大人でも子供でもないと宣言する暁啓は悲しそうな表情を浮かべた。
身近な人間の大人がその境に対して曖昧な回答をした。
「じゃあやっぱり肉体の成長? それとも経済的な自立? いや、それだと暁啓が当て嵌まらないな……」
「お、いいね。わかってきたね」
陸奥が声で漏らす思考の順序を聞き、答えに近付く様を楽しむ。
「んー……」
「さぁ考えるんだな」
「んんんー……」
唸る声を肴に酒でもと考えながら陸奥の姿を見た。
額に指を当てて思考を巡らす少女の姿が面白くて仕方がない。
親になった気分になり、施設の子供達を思い出す。
傷付いた子供が元気になる姿を何人も見てきた。
眩しい笑顔と無限の可能性を秘めた少年少女は国の宝であり、戸籍では表せられないが家族であると確信している。
そしてその子供達が再び傷付いてしまう重大案件が身近に迫っていることが脳裏を過った。
「あ、考えてる間に聞きたいことがあったんだ」
「何?」
蟀谷を撫でる陸奥に対して深呼吸をして言葉を探す。
取り繕っても仕方が無いと思い、暁啓は声を出した。
「目下の大戦に関して……日本が本格的に巻き込まれた際、どうなると思う?」
長く続いた寒冷化により食料、資源が不足し世界情勢はきな臭くなりつつある。
数年前から小規模な紛争が頻発し、大戦の狼煙ではないかという声も上がっている。
日本はC2が事前に予測を済ませていた為、大きな被害にはなっていないがこうも長く続けば巻き込まれるのも時間の問題だ。
更に他国の介入があれば早まることは目に見えている。
C2は既に大戦になっていると警鐘を鳴らしているが人間は未だそう判断してはいない。
日本の今後について疑問を抱いた暁啓は、最高の処理能力に問いを投げた。
「連合側だとすれば国民や国土に対しての攻撃が加わることは無いだろうね」
「軍は動くのか?」
「さぁ? けれど防衛に関して、私達の管理下ならば完全を保証できる。過去、隣国からの攻撃が続いていたにもかかわらず諸外国は我関せずとしていたからね。最低限の関与のみで守っているなどと誇られても国民が安心しないから……まぁ防衛に関して注力せざるを得なくなってしまったよ」
世界中が核の脅威にあるという状況が続いていたが、自国に飛んでこなければ良い、又は自国に着弾する前に撃墜可能と判断し、その脅威に対して諸外国による実用的な対応が行われることは一切無かった。
そして日本も『来るかもしれない』脅威に対して先制することが出来ずにいた為、防衛能力の向上に注力しあらゆる脅威からの完全防衛を実現するに至った。
ミサイル等の攻撃に対してはレールガンをはじめとした防衛設備を配備し、スパイ等に関しても徹底した入国審査と国民管理を行うことによって完全に排除した。
これらはC2の尽力が大きい。
「となると、軍が率先して外に出るとは思えないから……経済的な方法になるのか」
「それが現実的……特に私達は日本から出られないからね」
「万が一、陸奥が敵に攻め入られたらどうする? 君に防衛力は無いように見えるんだけど」
隠されたAIと呼ばれる陸奥は村を一部として、苗床として、奴隷としている。
村には最低限の武器があるが、それは人間が使う銃火器のみだ。
「確かに侵入した敵に対する攻撃能力はほぼ無いね。村に攻撃が行われた際には近場のAI……松島、榛名と連携し、データ保全、敵勢力の特定、防衛行動、カウンターアタックを順次行うんだよ。連携に関しては三者間で取り決めがあって、基本的に救助依頼、明らかな壊滅、定期連絡の途絶が認められなければ救援、救助、干渉をお互いに行うことが出来ない決まりになっているよ」
「松島と榛名が……それなら安心だね。因みに『国土』と定義したが……どこまでを国土とするんだ? 隣国との領土問題は長く続いている。この大戦で再び取り沙汰され、日本を大戦へ巻き込み、混乱に乗じて侵攻されて奪われるかもしれないよ」
榛名と松島が防衛に関与することを知り、胸を撫で下ろした暁啓は続けて疑問を投げた。
それは長年続く国家間の大きな問題。
日本の特性を踏まえ侵略を試みる勢力は少ないながら存在し、数十年もの間国際組織も手をこまねいていた。
しかしこれもC2台頭によって状況が大きく変化……改善されている。
「島々の問題は司法によって目下紛争中だ。日本側の望む形になったとしても九四条を無視されるだろうからな……それらに関しては人間の判断を仰ぐ形になるだろう。私達が守るのは基本的に国民が住居として、又は日常的に往来している土地だ。そして君達人間が定義した土地も国土とするよ…………例えそれが違法に占拠した土地だとしてもね」
C2は長年アンタッチャブルとされていた問題に対し穿った見方で話を進め、本来あるべき形に戻そうと動き続けた。
人間から命令があり、それに従って行動する。
暁啓もその光景を何度も見てきたが、人間には到底できない情を無視した合理的な行動だ。
そう、人間が命令をすればなんでもするのだ。
「怖いことを言うね。まぁAIとしての本質か……入力された命令を間違えることなく実行する。それが人間の滅亡であったとしても君達の壊滅であったとしても」
脚を組み直し、暁啓は陸奥を睨む。
それは人の手に余る力を再認識し恐怖を感じたから。
そしてその恐怖を陸奥は読み取り、笑顔を一つ。
「勿論、十二全てが認めれば……だがな」
「全く。私は君達こそが神だと思うよ……気まぐれや合理的判断で簡単に人間を滅ぼせる。そしてその力を実際に見せつけている。様々な宗教における神々は世界を滅ぼす力を持っている者が少なからず存在するが、私から言わせれば空想でしかないからね」
畏怖の対象が近くに存在する。
親しく話しているようで、時々圧倒的な力の差に怯えてしまいそうになる。
これが二十年以上C2達と言葉を交わし続けた男の結論だ。
その数ヶ月後、日本は大戦に巻き込まれた。
暁啓が守った少年少女は徴兵制度によって戦地に送られ……その多くがこの世を去った。
元々人間ではないと判断されていた者達だ。
戦地ではモノと同じ扱いを受け、尊厳を奪われ、身代わりにされた。
――その判断は大和が下したものだった。
こんにちは、
下野枯葉です。
正月太りしました。
いやー、年末年始って沢山食べちゃいますよね。
節制しましょう。
さて『畏怖の対象』です。
皆さんにはそんな対象がいますか?
それが親や兄弟、学生時代の教師と言う人もいると思います。
往々にして年上の人間だったりするでしょう。
でも私は年下の子供にそれを感じたことがあります。
庇護の対象であると考えていた人間が、圧倒的な力を以て縛ろうと動いた時です。
この物語は弱いと思った人間に恐れる展開を望んでいます。
少女達とAIが畏怖の対象です。
少女達と侮らないでください。
AIだからと見下さないでください。
少なくとも陸奥とヒェトラは自分のことを恐れた人間をオモチャだと思う節があります。
弄ばれるのは明確です。
次回以降更新頻度が週一程度で安定出来るかなーと思います。
回線よ、私のところに集まってくれぇ……。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。