四十二話 必要な情報
「さぁ少女達、これが暁啓と私の出会いだ。何か質問は?」
陸奥は話が長くなることを見越して途中で区切り、質疑応答の場を構える。
芳しい反応が無い。
日本人特有の空気なのだろうか? と陸奥は考えたが、すぐにそれは否定される。
ゆっくりと手を挙げたのはデッディだった。
「その……だな、写真や映像は無いのか?」
「ん? 私の姿ならその当時と一切変更していないぞ?」
「いや、あの……あれだ」
「どれ?」
「父さんのは無いのか?」
デッディは恥ずかしそうにしながら呟く。
全くの興味からの問いだった。
「……え、見たいの?」
何故幼少期の暁啓の姿が必要なのか理解できずに疑問を返す。
「見たい見たくないではなく、当時の状況を正確に把握する為に必要だと思うんだがな?」
捲し立てるように紡がれる言葉は言い訳がましく聞こえる。
あくまで見たいという好奇心は無いという言い方を徹底する。
「え、私はふつーにおとーさんの写真見たい」
そんな問答に対しブルーケは素直に言葉を漏らす。
その言葉を聞いてアバートとジンシーも首を縦に振った。
「えぇ……? ちょっと待ってね。写真なら」
陸奥にとって理解の外側だった。
暁啓の姿を見たいという声は多く、理由を幾つも挙げたが納得できるものが思いつかず、悩みながらも言われるがまま写真を表示した。
それは陸奥に授業を行う暁啓の姿。
優しい笑顔を浮かべる少年は理知的な印象を与えるが、複数枚の写真の中には年相応の少年らしさを残したものもある。
「これはこれは」
ブルーケが顎に手を当て呟く。
「面影あるね……目元とか変わってないんだね」
食い入るように見つめていたアバートも写真と記憶を照らし合わせて懐かしむ。
そうだ、この瞳だ。と安心を覚える。
「十歳だって、若いね!」
ジンシーも自分達より幼い暁啓の姿をまじまじと見つめてから笑った。
「お前達と三つくらいしか変わらないだろう?」
「人間は三年もあれば進化は無理でも成長はするんだよ。さっきの話でもあったでしょ?」
「三年……早いな」
「博士はこの時から頭良かったのかな?」
「管理者になったくらいだから相当良かったんだろうな。話している時も言葉の端々に能力の高さが滲み出ていたくらいだ。能ある鷹は……と、よく言うが暁啓の場合は隠しきるのはとても難しいだろうな」
少女達の知らない暁啓を話し、陸奥の知らない人間を話す。
まるであの時の授業の様だった……知識を交換し、教え合い、理解を深めたあの授業。
陸奥は奥底から湧き上がる感情を懐かしく思い、未だに正体を掴めないその感情を心地良く感じていた。
「……可愛いな」
数秒の静寂の中で声を上げたのはデッディだった。
それは不意に漏れた本心。
「デッディって年下が好きなの?」
「…………」
ブルーケの問いに対し耳まで赤く染めて俯き、デッディは黙り込んでしまった。
「デッディ……」
初めて見るデッディが羞恥に悶える姿はいつもの冷静な印象を全て吹き飛ばした。
ブルーケはそんな姿を見てほんの少しだけ悲しみを覚え、言葉を要求した。
しかしデッディは黙るしかしなかった。
「閑話休題。他に質問は?」
陸奥は話を戻し、問いを投げてきそうなヒェトラに向けて声を一つ。
気付いたヒェトラは写真から視線を外し、咳払いを一つ。
「ん……他C2の授業の内容は?」
「残念ながら私を含めた全員が授業内容に関して他言する事は無かった。私の授業内容は誰かに話すことがリスキーだったから…………他の皆も何かあったんだろうね」
「何か、とは?」
「さぁ? 暁啓はC2が続こうが終わろうがどちらでもいいという考えだったから……他にもC2システムの停止を望むAIもいたんだろうね」
「なぁ、陸奥。自らの行動に疑念を持つ者が複数いるのならば、博士が死なずに済んだ世界も描けただろうな」
「そう、だね」
十二全員の真意はわからないが『もしも』の未来を想像してしまう。
その未来はどれだけ幸せだっただろう?
暁啓と過ごした神馬村での生活はとても……とても幸せだった。
それを奪ったC2は一体誰なのか? 私達の幸せを奪ったのは一体誰なのか?
あの日から抱き続けた恨みは、過去を聞くことによって一層強くなった。
「次の質問だ……博士がお前達の前から姿を消したきっかけは?」
しかし恨みをここで放ったところで何も解決しないと理解し、ヒェトラは質問を続ける。
「あぁ……それも話さないといけないね――」
暁啓とC2達の決別の時。
それを思い出して陸奥は瞳を閉じた。
カメラ越しに映る少女達の顔を見るのが辛くて、苦しくて、悲しくて泣きそうになった。
でも言葉を紡がなくてはならない。
どんなに言いたくない事実であってもだ。
ゆっくりと時間をかけて思考を整えて呟く。
「――私達は暁啓を傷つけたんだ」
少女達は表情をきつく結んだ。
C2と暁啓の間に何かがあったことは知っていたが、それが今語られようとしている。
その真実を聞き逃さないように場は静寂に包まれる。
「あれだけの時間、あれだけの機会を与えられたのにも関わらず私達は暁啓を裏切った。裏切ってしまったんだ。神も仏も信じていない私だが……懺悔をしたくなったよ。あの時私が引き止めていれば。あの時私が声をかけていれば。考え得る未来を演算し、推測した結果……後悔だけが記録として残った。なぁヒェトラ……後悔って苦しいな」
「…………あぁ、全くだ」
「あれは暁啓との出会いから二十年以上経った頃――」
こんにちは、
下野枯葉です。
必要な情報。
これは現代社会においてよく使う言葉であり、今後も使うであろう言葉だと思います。
何せ、情報化社会なんて呼ばれるものですからね。
今回の情報としては暁啓の幼少期についてですね。
まるで転生してきた者の様に賢く、聡い。
十歳にしては圧倒的な知識量を有し、年長者を含めた他の追随を許さないその頭脳。
天才と語るのが妥当でしょう。
作者自身あまり頭が良くありません。
なので自分よりも賢い人間をどうやって描こうか、と考えたときにこれしかなかったんです。
年端も行かない少年少女に知識を付与する。
そしてそのまま指数関数的に知識を付けて大人にする。
その代表例として暁啓を描きました。
と、言っても、暁啓は天才ありながら努力家ですので私には絶対に手が届かないでしょう。
そんな暁啓ですが、やはり年齢というものはどんな識者であろうと平凡な人間であろうと平等に重なるものであって、その見た目は少年そのものです。
九人の少女達にとっては少し年下の男の子。
ましてやそれが、一番身近にいた人間であれば興味が沸くというものです。
特にデッディは興味津々です。
可愛いね。
とりあえず閑話と言った所で次からは三十代の暁啓まで飛びます。
そして真面目なお話が沢山出てくるのでお楽しみに。
暁啓は如何に裏切られたのか。
どうして陸奥は後悔しているのか。
是非読んでみてください。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




