四十話 可能であるのならば
「さて『自由』と『責任』について」
「ほう」
「…………」
脚を組み直し、タブレット端末を取り出した暁啓は部屋をぐるりと眺める。
それに合わせて陸奥も椅子を作り、ゆっくりと腰掛けた。
暁啓の表情と動きが止まる。
「どうした?」
「他のC2達と違って何もない……どうやって授業を進めようかなーと」
「不便で悪いね」
コンパクトに組み上げられた陸奥の端末と最低限の入出力機器。それがこの部屋にある電子端末の全て。
個人で組み上げるPC環境よりもこぢんまりとしている。
「ん……まぁいいか、口頭で進めよう」
少しだけ考えを巡らせ悩んだが、現状での最善をする他無いと思った暁啓はタブレット端末をバッグへ戻した。
「それじゃあ人間が生活する上での自由って何があると思う?」
「衣食住、職業の決定。趣味、コミュニティ参加……その他にも様々だね」
陸奥は人々の行動を思い出す。
この村では多くは行われることはない行動。
C2が個人に対しそれぞれの適性を提示するが、人間はそれに従うことは多くない。
私はこっちの服を着たい。体に良くないってわかってるんだけど甘いモノやめられないんだよなぁ。
個性と呼ぶモノなのだろうか? 陸奥は何度も何度も理解しようとしたが失敗したモノ。
「うん。いい回答だ。衣食住……特に食に関しては人間にとって重要だね。摂取した栄養が人間の体を作り、行動するエネルギー源となる。そして食事はコミュニケーションの材料としての側面もある」
「それは理解できる」
「好きな人間と、好きな食事をする。……でもそればっかり続けると栄養が偏ったりして人間は最悪死んでしまうからね。自由に選びつつも自分の体に責任をもって食事することが大切なんだ」
「……」
不合理。
生きることこそが人間として最善であるのにも関わらず、身体を作る食事のバランスを疎かにする。
食事と言う栄養摂取の場でコミュニケーションを同時に行う。好きな人間だけではなく嫌いな人間との食事も行うと言うのだから疑問は増える。
不安定なバランス感覚で人間はその好き嫌いを自由に選ぶ。
失敗すると最悪死ぬ。
死なない為にもC2の提示の通りに行動すれば……。と陸奥は疑問を募らせる。
「食事はあまり響かなかったかな?」
「何せ私達は食事を必要としていないから」
芳しくない表情を認め暁啓は自責を一つ。
もっと陸奥が理解し易い例を挙げなければ……と数秒悩む。
「そうだよね……じゃあ陸奥がC2システムの運営から切り離されたとしようか」
「!」
食いついた!
陸奥の表情が変化し、流れを掴んだと思った。
そして並行して表情変化も自然に行えることに感心した。
「君はこの陸奥という土地に縛られることが無くなり日本を、世界を巡ることが出来る。衝動的にでも計画的にでも旅が出来る。君の身体が存在可能な場所である限り」
「その自由は私の夢と言っても差し支えないね。でもその自由を手にする時、私はC2の責任からも解放されると思うんだけど?」
夢を内で描く。
見た世界は縛られることのない自由。
この国を正しく整え、強く守り、全てから救う。その使命から解き放たれた自分は十二の権能を忘れていた。
そう、忘れていたのだ。
何もかもからの解放……どこに責任があるのだろうか? 誰に責任があるのだろうか?
ふと思った疑問を一つ。
「陸奥はC2から抜けるとなった時、みんなが何も言わずに見送ってくれると思うかい?」
「…………無理、絶対に総スカン。生まれた意味を忘れたのか? とか、お前にしかできない事があるだろう? 誰がそれをやるんだ? とか、代わりのAIを作ってからにしろ! とか言われる。何なら三笠は私が泣き崩れるまで人格否定してくると思う」
みるみるうちに陸奥の顔が青く染まり、恐怖を顕わにする。
感情に対する表情変化は完全に使いこなしているようで安心した。
ところで陸奥が泣き崩れる人格否定はどんなレベルの暴言や叱責なのだろう? と暁啓は興味を一つ。
「容赦無いね、まぁそう言う事だよ。君は自由を手にする前に説明や引継ぎ、解放された後も責任を負い続けなければならない」
「え、解放されたのに責任あるの?」
「絶対に連絡来るよ」
「……こっわぁ」
「数十年前から退職時の常識として周知されているんだ」
遠い目。
退職した解放感からすぐに旅行をした人間が何人も嘆いていた。……旅行中の電話で楽しい気分が落ち込んだ。気付いたら着信三桁で鬱になりそうだった。
そんな話は珍しいものではない。もっと酷い話も……。
「……それって人間の常識じゃない? しかも日本が特筆して多いだけ――」
「――さて自由を掴むために戻ろう」
これ以上はいけない。
直感で判断した暁啓は閑話休題と放つ。
「え、ちょっ」
理路整然と事実を並べようと前のめりに言葉を並べ始めた陸奥は躓いた現状に驚く。
暁啓という少年は優秀な堅物ではないらしい。存外茶目っ気を持ち合わせた悪戯少年なのかもしれない。
「じゃあ陸奥はどうやったらC2システムから解放されると思う?」
「スルーとは……一番現実的なのは別のAIを作る。になるかな」
「――C2が壊滅したら?」
先程の無邪気な少年は何処へ行ったのだろうか。
穿った見方が可能で言葉にするのさえ憚れる現実を易々と放つ。
「――」
二の句が継げない。
陸奥がAIであったから良かったが、人間であったのならば呼吸さえ忘れてしまっていただろう。
「一番の近道だよ」
そう、可能であるならば一番の近道なのだ…………可能であるのならば。
こんにちは、
下野枯葉です。
陸奥と暁啓の出会いを描いています。
そして十二の関係性も。
あれも、これも……と考えていたら意外と長くなりそうです。
そして今後も長くなってしまいそうだと確信しました。
百話くらいで完結かなーと思っていたら二倍は必要そうです。
場合によってはもっと?
まだ描いていない大和や三笠、そして榛名の想いも描かなければなりません。
描き方もよりよくしなければなりません。
頑張らないと。
さて、可能であるのならば。
可能であるのならばもっと良い結果になったことがあっただろう。
もっと良い方法があっただろう。
そう思うことが何度もあります。
以前、後悔について語ったことがありますがそれがここに含まれます。
日頃から良い行いをして、良い技術を身につけ、良い思考を持っていれば。
これも後悔です。
暁啓はC2達と会った時は十歳程です。
これらの後悔をしない道を選べる彼は全く優秀な人間だと言えます。
……そう、優秀過ぎたのです。
暁啓、君の死までの道のりを描く中で私も後悔を感じずにはいられません。
C2と出会い、育てた君の功績は偉大です。
それを砕き、嘆く愚行を許して欲しい。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




