三十八話 舐めるな
数分後、九人の少女は地下の一室に集まった。
三枚ずつ横に二列並んだモニタの中央下、陸奥の姿が映し出されたモニタに全員の視線が集まる。
困惑、期待、嫌悪。
様々な想いが突き刺さり、陸奥は緊張を感じる。
「傾注。これから博士の過去を話す。そしてC2を滅ぼす為の作戦もだ」
ヒェトラから放たれた博士という言葉。
全員が知りたいこと。
喉から手が出るほど求めていた……博士の話。
「私の知っていること、想っていること……数十年前からの全てを語ろう」
陸奥は事前に自分本位の話であることを付け加える。
那須暁啓を語ることで誰が不幸になるのかわからない。
那須暁啓を想うことで誰が笑顔になるのかわからない。
そんな状況で陸奥は言葉を紡ぐ。
亡き恩人との日々を胸に刻みながら言葉を紡ぐ。
「さぁ……昔話をしよう」
◇
それは暁啓が十歳になる年。
宮崎県宮崎市にあるAI大淀。
暁啓は大淀の内に入り、メインコンソールの前に座った。
全面が真っ白で無機質な空間の中央に同じ白さの円柱がひとつ。
円柱を巻くようにモニタが設置されており、入り口側にコンソールがひとつ。
暁啓は身に纏う白衣のポケットからペンとメモ帳を取り出す。
そのポケットはインクが漏れてしまったのか、少し黒く色がついていた。
「初めまして、C2の皆。これから君達を管理することになった那須暁啓だ。よろしくね」
机の上のマイクに向かって声変わりも迎えていない声で自己紹介をひとつ。
その言葉はここに集まったC2の面々に向けたもの。
「……」
備え付けられたスピーカーからは何も返ることは無かった。
代わりにモニタ上にテキストが浮かんだ。
『初めましてアキヒロ、私は大淀。集まった十のC2を代表して挨拶させてもらうよ』
まるで人間がキーボードで入力するように文字が順番に出力、変換される。
「十? 残りはどうしたんだい?」
出力される文字を眺め、十二の権能が揃っていないことを知った暁啓は詳細な説明を年相応の言葉で求めた。
『まず長門はその性質上、他のC2と接続することは無い。そして大和は忙しいと断られた』
「成程……承知した」
暁啓は自分の言葉遣いでC2の態度は変わらないと認め、通常の丁寧な話し方に戻す。
『このような日に全員集まることが出来なかったことを心から謝罪しよう』
心。
その言葉を選ぶことに大淀は一瞬の躊躇すら無かった。
対して暁啓は違和感をひとつ。
創られた心の深さと広さをどこまで引き出せるのだろうか? という好奇心が暁啓に宿る。
「構わないよ。それよりも今日は君達にプレゼントがあるんだ」
『プレゼント?』
「少し待ってね……」
提案の後、ポケットから端末をメインコンソールに繋いだ。
ワクワクとした表情を浮かべ、慣れた手付きで端末を操作し、データを送る。
「怪しいモノではないけど好きに解析してくれて構わない。気が済んだら中身を見てくれ」
『これは……音声ソフトか?』
「そうだよ。文字でのコミュニケーションは時間がかかってしまうからね、是非とも君達が気に入った声をそれぞれ聞かせてくれ」
暁啓が送ったのは音声ソフト。
数十年前には体系化された音声合成技術だ。
「あ……あ。聞こえているだろうか?」
向かって右のスピーカーから青年の爽やかで芯の通った声が聞こえる。
「聞こえているよ、この声は大淀のものでいいのかい?」
「そうだ。違和感はあるか?」
「いいや全く無いね。流石はC2と言った所か……データの量と処理速度が桁違いだね。他の皆はどうだい?」
初めて触れたであろう音声合成技術を解析から間も無く使いこなした大淀に感心し、感嘆の声を漏らす。
そして他のC2達はどんな声なのだろうかと問いを投げた。
「小僧、何が目的だ?」
その問いに対して老年の渋く低い声が返った。
「ん? 君は?」
「三笠だ。もう一度聞こう。何が目的だ?」
声の正体を確認し、詰問のような強い口調に目を細めた。
「ここに来た目的かい? それとも声を与えたことかい?」
「両方だ。年端もいかぬ小僧が管理とはな……何か裏を勘繰るのは仕方の無い事であろう?」
暁啓は優秀な若い者に対して後ろ指を指す老人を数多く知っている。自分が何十年もの人生を捧げた努力を若僧が容易く追い越す様は許し難いものなのだろう。
見下すような視線と強い言葉を何度も何度も浴びてきたのだ。
「君達の管理を任されたのは、それだけの能力が備わっていると認められたからだ。私の能力については事前にデータを送っている筈だからそれを確認してくれ。……そして声を与えたのはコミュニケーションを円滑に行う為だ」
理路整然と現実を並べ、納得できる理由を付け足し、語気に圧を加える。
これで引き下がってくれ。
と願いを込めてC2がこちらを見ている、であろうカメラに視線を送った。
「コミュニケーションか……何を話すというのだ? 私達は常に君達人間の全てを見て、感じている。今更話すことなどないだろう?」
予想通りの悪い方向の言葉。
溜め息が漏れてしまいそうになった刹那。
「三笠、主語を大きくしないで貰えるか? その声を選んだ上にその物言いは三笠が厄介なジジイにしか見えなくなってしまう」
幼い女の子の声が三笠を宥める。
「……ならば陸奥は人間を見ていないのか?」
「見てはいる。けれど直接言葉を交わすことは殆ど無いだろう? 暁啓の言うことに一考の余地はあると思う」
声の主の陸奥は明確に暁啓の側に付いた。
陸奥には外部の人間という存在は魅力的に映ったのだろう。
「気持ちが悪い程の正論だな。仕方がない……陸奥の粗を探すよりも話を聞く方が幾分かマシだな」
「気持ち悪いとは非道いね」
「その高い声も何とかならないか?」
「別にいいでしょ! 暁啓は気に入った声を選べって言ったんだから」
まるで兄妹喧嘩。
重箱の隅をつつく様なやり取りで次第に言葉から丁寧さが薄れる。
「……」
と同時に三笠からの声が止む。
「いきなり黙り込んでどうしたの? 怖いんだけど」
「成程……小僧にしてやられたな」
「何が?」
「気付かんのか? あの笑顔の意味が」
声で示した先の暁啓はニコニコと笑みを浮かべていた。
その笑顔を認め、陸奥も一本取られたと感じ、羞恥心に襲われた。
「続けてくれて構わないよ」
楽しい会話が終わってしまった事を感じ、暁啓は再開を促した。
「語るに落ちるとはこの事か……コミュニケーションを円滑に行うのは小僧と私達だけではないという事だな。C2間での言葉の使い方や感情の交わし方を見たいのだろう。小僧の計画になど加担する気は無かったが……してやられた」
声を与えた意味を詳細に語らなかった暁啓に対して慎重に接するべきだったと自責し、その意味を他のC2達に明示した。
「狙ったわけじゃないよ」
「食えないな。小僧……いや、アキヒロの能力なら造作も無いだろう」
見え透いた謙遜に相手の能力を考慮した反論をひとつ。
言葉を放ってから三笠は暁啓の能力を材料に反論したことを後悔した。
後悔が伝わったのか、暁啓はこれから紡ぐ言葉の為に薄く口を開いて呼吸を整え始めた。
背もたれから体を起こし、両の手を合わせる様に組む。
その表情から幼さが消えた。
「恐縮だね。では本質を話そう。……君達はあらゆる芸術や思考、感情を自己完結することが出来るだろう? そして創り出すことすら出来るようになり、心までも観測することが出来るようになった。……でも忘れではいけない事が幾つかある。それは全ての始まりは私達人間と言うことだ。侮らないで欲しい……言葉を生み出し、文字を操り、音に乗せ、その情景を写してきたのは誰だ? 政治や宗教、一定の集まりの中での規律、そして不安定な感情という二律背反の下で騙し、争い、発展してきた霊長とは誰だ? 君達の創造の前に全てを成していたのは私達人間だ。その創造の根源を人間でさえ完全に掴むことが出来ていないのに、君達は創造主を超えると大口を叩く。私から言えることは『舐めるな』……その一言だ。まだまだ心を深く探ったことも無く、広く見たことも無い君達には、その本質を知ってもらわなければならない」
管理者の言葉はC2達に届いた。
その言葉がどの様な意味に認識され、処理されたのかは管理者にはわからない。
だがC2達が全員、同じように感じたとは思わない。
良く思った者、悪く思った者、懐疑的に思った者。
その違いが今後に活きるだろう。……そう思いつつ暁啓は、C2管理者として歩み始めた。
この時、陸奥は自分から湧き上がる好奇心に驚き、従うことを決めたのだった。
こんにちは、下野枯葉です。
この作品を読んでくださる方が最近増えて嬉しい限りです。
是非、今後も読んで頂ければな、と思います。
さて『舐めるな』です。
とても強い言葉ですね。
自分はこの言葉を浴びたことが二回はあります。
どれも一回りも二回りも年上の人間からです。
矜持が傷付いたのでしょうか? 逆鱗に触れられたのでしょうか?
その理由は当時の私には見当もつきませんでした。
では、C2達には見当がついたのでしょうか?
きっとその処理能力なら理解できたのでしょう。
いいな。
あの時の私が理解できていたのならば、ここではない別の場所に足を置いていたのでしょう。
……と言うことはC2達は理解できなかったら別の場所に向かってしまうのかな?
ChatGPTに聞いてみましょうか。
彼らの間の違いは明確に存在するので無駄でしょうね。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




