三十三話 死のその先は
窓際にある机でジンシーは日記を書いていた。
ヒェトラとアバートと寝ている部屋。
今、ベッドにはヒェトラだけが横になり、夢の中にいる。
アバートは……シーナのところだろう。
「……ん」
老父との一件。
嵌められた指輪を見ながら記憶を遡る。
頽れる父。
微かに浮かぶ母の涙。
縊った――祖父。
頭痛がじんわりと不快感を与え始める。
それでもペンを動かし続ける。
陸奥の願いと協力の条件。
ヒェトラは何を考えているのだろう?
「――ジンシー」
噂をすれば影。
音も無く起き上がっていたヒェトラは、優しく声を出した。
「あ、ヒェトラ……おはよー」
振り返り、ヒェトラを眺める。
背後からの声に驚き、僅かに恐怖を認めた。
目を覚ました『それ』は虚ろに、朧気に瞳を合わせる。
「夢を見たよ……一度死んだ夢」
くっついた唇を剥がすように開いて声が漏れる。
静かな部屋に溶け込んで染み込むような、高く小さな声。
力強さは全く孕んでいないのに、威圧感を放つ声。
「それって、ここに来る前?」
美しい声に聞き惚れる前にジンシーは疑問を一つ返す。
夢の内容に覚えがあり、気になった。
神馬村に来る前の話。
九人がそれぞれ持つ過去の話。
「そうだ。小さな身体と心に無理矢理押し付けられた。全ての災厄を一つにして消し去る、最悪の儀式」
「……」
想像するのは容易い。
そして想像して言葉を失い、目を伏せる。
ジンシーも経験したその行いはそれぞれによって度合いが異なる。
私は、まだマシだったのだろう。
そう言い聞かせて、瞼を開いた。
「人柱とか生贄とか、そんな言葉が似合う人間だったんだ……ジンシーは?」
暗い過去の話をしているのにも関わらず、ヒェトラは笑みを浮かべる。
自嘲。
そう見えてしまう笑顔の真意は彼女自身しかわからない。
座り方を直し、衣擦れの音がした。
「私は…………私は、家族だけは守ってくれていたよ、きっと。だからヒェトラの苦しみを理解するのは難しいなぁ」
悲劇を笑って語ったのに対して哀愁を含んで語る。
どちらが常人と言えるのだろうか?
いや、私達に普通という言葉は似合わない。
そう思い、潤んだ瞳を隠す。
「別に理解してもらおうとは思わないさ……ただ、全員が苦しまないで欲しいと、そう思うんだ」
「それは博士の遺志?」
「勿論だ。博士が思い描いた世界を創る為なら私はこの苦痛も耐えられる」
「――その先で死んだとしても?」
凍り付くような空気で部屋が満たされる。
大切な人間の為に死ぬ。
その言葉がジンシーから放たれたことにヒェトラは驚いた。
楽観的な性格と思っていたのに……こんなにも人を想うことができるのか。
この記憶は、当人の性格まで変えてしまうのか?
そんなことを考えてから、ヒェトラは死後のことを想像する。
「……博士に会えるのならそれも悪いことではないな」
微笑みを一つ。
――博士と過ごした日々がその先にあるのなら。
「ダメだよ、リーダーなんだから……最後までいてよ」
真っ直ぐな視線が刺さる。
ヒェトラがいないと嫌だ。
我儘のような言葉だが、全員の意見だと言わんばかりに睨み付ける。
「わかったよ……全員一緒だ」
「絶対だよ」
「……もちろんだ」
気圧され、諦めを含んだ笑みを一つ。
ベッドから足を降ろし、床の冷たさを確かめる。
この部屋が、この家が、この村が私のいる場所だ。
安心感を覚え仰向けに寝転んだ。
見慣れた天井はいつも通りだった。
こんにちは、
下野枯葉です。
投稿頻度がランダムになってしまうことに対して想いを馳せながら今日も投稿します。
命を削る感覚はまだ知りません。
嗚呼。
少女達の死んだ後に何が残り、先に何を知るんだろう?
そんなことを考えながら書きましょう。
書きましょう。
死のその先は
この題に対して的確に回答できる人間がどれだけいるでしょう?
万人の終着点である死。その先に何があるのでしょうか?
様々な作品で触れられている題ですが、
私はもう一度振り返る機会が与えられていると思っています。
……そうでないと私は先を見詰めることさえできなくなります。
自分の先も、少女達の先も。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




