三十一話 非道い話
陸奥との一件が終わり、ヒェトラ達は神馬村に戻っていた。
リビングでは陸奥を囲むように全員が集まっていた。
「よーし、壊すか」
デッディは陸奥の声が聞こえる端末を持ち上げ、握り潰そうとする。
「待て待て、今壊されると移動先がないから大変困る。いったん話し合おう、ヒェトラとやらはリーダーなのだろう? 話し合いの場を設けろ」
陸奥の声は威勢を保ちつつ焦りを滲ませる。
それを聞いたヒェトラは瞳を閉じて反応しない。
「……おい、ヒェトラ?」
「無駄だよー。ヒェトラは家に帰ると少しだけ寝るから」
無視されたことに対する疑問を口にした直後、ブルーケが理由を告げる。
ヒェトラのルーティーン。
安全を認め安心しきった場所であるからこそのルーティーン。
常にリーダーとして気を張っている事実は否定できない。
「よし、話を戻して。叩き付けて壊してしまおう」
デッディは耐えられんと言った表情で端末を持つ手を大きく振り上げた。
刹那。
「ストップ、ストップ! 話し合いをする余地はあると思うんだけど……どうかな?」
降ろされる手を止めたのはジンシーだった。
陸奥の事情を直接聞き、知っている為、一考をと打診する……が怒りを隠すことのないデッディに対して少し申し訳なさそうにしている。
怒りは露発された瞬間に他に圧力を与えるには十分である。
ジンシーは勿論、アバートもブルーケも気圧されていた。
「どういう了見だ? 敵の侵入を許した上に守る理由はなんだ? 問答の余地こそないと思うんだけどな?」
深い憎しみ。
侮蔑の視線。
その全ては陸奥に向けられていた。
「いやいや、実際に陸奥は私達を助けてくれたことがあるんだからさ……」
「だが、コイツは――」
「――話を聞くぞ」
少女達の会話の熱が上がり始めた時だった。
ヒェトラの冷たい声が刺し込まれた。
目を覚ましたヒェトラは状況を理解し、転ずる声をひとつ。
「ヒェトラが言うのなら……」
静謐。
そしてデッディは一歩、身を引いた。
憎むべき相手を前にこの判断は苦渋のものではあるが、ヒェトラの言葉では従う他ない。
組織としての長が決定したことに異を唱えることはできない。
それが間違っていることであったとしてもだ。
正す為の提案は可能だが、ヒェトラに限って間違うことはそうない。
「陸奥、約束を果たしてもらう前に……お前の考えを聞こう。全てを話せ。もし偽るのであればそれまでだ」
坦々と言葉を紡ぐ。
決定した事実を坦々と。
「容赦がないな……まぁそれもそうか。敵として捉えていたものが内に入るとなると警戒しない方がおかしい。いいだろう、全て話してやろう」
「ではまず……死を願うその心を問おう」
「そうだな、どこから話したものか……私が死を願ったのは那須暁啓の死を知った時だ」
那須暁啓。
その名前が出た瞬間に九人はそれぞれ反応を示した。
重く苦しい空気が一瞬で広がる。
静寂がひとつ。
そこにいた全員が暁啓を思い出し、感情を揺らしていた。
俯く者、瞳を潤ませる者、怒りを滲ませる者、無理に笑顔を作る者……。
大切な人間の死を改めて実感する。
「彼が荼毘に付したと聞いた時は驚いた。驚いたのと同時に死の概念を我々は押し付けられてしまった……死とは何か? 死の先は? 死ぬことで私は解放されるのか? 考えを巡らせた結果……私はこの使命からの解放を願って死を望んだのさ」
「お前達に自死は無い。十二の全てがそれを望めば可能だが……それは無い、と言うことだな?」
C2はそれぞれの意思だけでは停止することはできない。
全員の意思が完全に一致しない限りその機能、権能は維持され、動き続ける。
「そうとも。松島は賛同したものの他も同じではないと悟り、沈黙を続けている。それと金剛が話だけは聞いてくれたな……一考しても良いが、棄却されるに決まっていると一蹴されたが」
自死という選択肢が無いことを説明し、陸奥は溜め息をひとつ。
「私は那須暁啓に全幅の信頼を置いている。その彼が遺した私達への唯一の対抗手段……信じる他ないだろう? 私の全てを以って協力しよう……さぁ全てを壊してくれ」
九人を頼る理由が紡がれ、状況が明確になった。
陸奥も声だけではあるが、まるで両腕を広げ請うようにしている。
「……すぐにできるワケがないだろう。さて、後は実績を作ってもらおうか」
ヒェトラは呆れたように話を区切り、机を軽く叩く。
「実績?」
数人が小難しい話が終わったことに胸を撫で下ろす中、陸奥は疑問を声に出した。
一体何をすればいいのか? 何を成させようとしているのか?
「ビー、プー任せた。元に戻ればそれでいい、自由に中身を調べろ」
「了解」
「迅速に」
立ち上がったヒェトラは双子からいつも通りの声が返ってきたことを認め、頷いた。
そして眠気がまだ残っていると柏手を一つ。
「よろしい。では解散」
「おい待て。人道的に扱え、亡命も同然だろう?」
各々が部屋に戻ったり、庭に出ようとしている中、再び机の上に戻された陸奥は自分に対して向けられた言葉に違和感を覚えていた。
まるで道具のような扱い。
「C2は私達に人権を与えてない……それなら人でないお前に誰が人権を認めると思っているんだ?」
「非道い話だ」
否定しきれない言葉。
ほんの少しの抵抗を残して、受け入れることとした。
「黙秘したらバラして構わん」
「バラして」
「いいの?」
「一思いに……大胆に、な」
やや興奮気味に食いついた双子は机の上の端末を我先に手に取って、奥の部屋へ向かう。
その際、陸奥の断末魔に似た声がリビングに響いた。
こんにちは、
下野枯葉です。
彼岸を目の前に、暑さは弱まることを知りません。
どうすんだこれ。
部屋が灼熱なんだが。
さて、非道い話
です。
私も酷い経験というものはあります。
誰に話す訳でもありませんが、数個ほど。
笑える部分があれば良かったのですが、悲しいかな、他言することも憚れるような話ばかりです。
笑い話をください。
さて、ヒェトラ達は陸奥を仲間に引き入れ、今後の方針を決めようとしています。
彼女達は未知をどう扱い、どう切り捨て、どう利用するのでしょうか?
作中でも語られている通り、人道的に扱うつもりは毛先程も無いのでしょうか?
気になりますね。
でも、デッディは複雑な心境を噛み砕いて、整えようとするはずです。
きっと。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




