二十八話 縊る
静謐の中に落ちた部屋にジンシーは入った。
満面の笑みを浮かべながら成すことを成した少女の顔を認め、既に戻っていたヒェトラとプーはふたりを残して退室した。
薄い呼吸音が老父から小刻みに漏れる。
最早、刈り取ることも無く事切れるだろう。
「おじさん、ただいま」
「あぁ……おかえり」
ジンシーはベッドの近くに椅子を寄せ、腰掛ける。
みるみる衰弱する老父の手に触れて、脈を確認する。
あぁ、もうこの人は終わるんだ。
左手の薬指に嵌められた指輪がキラリと輝き、家族の存在を明確にさせる。
独りで暮らし続けていた人間に愛した家族がいた証拠。
それでも……その命が尽きるのに立ち会うのは私で、刈り取るのも私で。
哀れと、悲しいと、虚しいと……私だけが叫ぶことを許されたんだ。
「孫がいてね……」
瞳を閉じたままの老父は呟き始める。
「産まれて暫くして娘と共に亡くなってしまったと聞いてね。ここから出ることを許されなかった私の唯一の心残りさ……」
遠い過去を思い出す。
もう十年以上も前の話さ。と続け、悲しく笑みを溢した。
「弔うこともできなかった後悔は……縊られるよりも苦しかったよ」
薄く開かれ、乾いた口から紡がれる言葉は明確に命を削る。
「遺してくれたものはこれだけだ」
ゆっくりと左腕を持ち上げて首元のネックレスを示す。
鎖には大人には小さすぎるリングがひとつあった。
「もし生きていたら君くらいだったかな……名前を聞いてもいいかな?」
最期に問いを投げる。
執行者の幼い顔を眺めて、瞳を合わせて。
「……暁」
ジンシーは暁啓に貰ったものではなく、記憶の奥底に残ったものを呟く。
守る為にと付けられた名ではなく…………本来呼ばれ続けられるはずだった名を答えた。
「あかつき?」
耳鳴りのように届いた名前を短く繰り返す。
「そう、那須暁」
老父の手を強く握り、その眩しさを伝える。
「暁……いい名前だね。…………さぁ、頼むよ」
ジンシーはゆっくりと手を伸ばし、ネックレスを掴む。
時は満ち、集落に夜明けが訪れる。
屍の多くは既に虫が集り、血の黒さを引き立てる。
老父とジンシーの部屋には陽の光が差し込み、空気が熱を帯び始める。
右腕からの出血は少しずつ増え、心拍数は減る。
嗚呼。
私が縊る他無い。
「さようなら」
ジンシーはチョーカーを起動することなく、ネックレスで首を絞める。
引きちぎれそうな薄い首の皮とハッキリと飛び出た喉仏は震え、強張る。
「――――」
静謐。
老父の家が、陸奥の集落が……静謐に包まれた。
ジンシーは縊ったネックレスからリングを取り、指に嵌めて部屋を出る。
鼻腔を擽る朝の匂いが時の流れを感じさせた。
台所で待つヒェトラ達と視線を合わせて、小さく俯いた。
「終わったよ」
「そうか…………撤収」
状況報告を聞いて、ヒェトラは目を伏せてから命令を一つ。
プーは迎えの手配を始め、ジンシーは装備を纏める。
四月二十二日未明、AI陸奥……陥落。
数日後、日本全土にそのニュースが駆け巡った。
あわせて、残りのAIで現状を維持することが可能であるとの報道もされた。
国民は疑問を持つことも無く、変わらぬ生活を続ける。
陸奥の集落にいた人間の家族の存在が全て消えた今も……変わらぬ生活を続ける。
こんにちは、
下野枯葉です。
どうしてこんなにも時間が空いてしまったのだろうか?
書けない時間が苦痛で仕方が無くて、発狂しかけましたが生きられました。
全て片付きました。
さぁ、続きを書こう。
もっと書きたいと、そう思います。
下野枯葉……今後も書き続けます。
もし読んでいてくれている方がいるのであれば、是非、今後も読んでいただければ。
さて『縊る』です。
こうも容易く成せるとジンシーも驚いてしまうかもしれません。
ですが状況的には葛藤の中であったのでしょう。
年端もいかない女の子に、私はなんて非道いことを……。
そういえば、あの指輪はどうして子供用だったのでしょうか?
不思議ですね。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。