二十五話 救えていないのなら
「あはははは! 大したこたぁねぇなぁ?!」
ジンシーは屍に笑い声を投げ飛ばした。
まるで縁石を踏んでから飛び越えるように、屍を踏んだ。
「ジンシー……」
脅威が去っているにも関わらず、張り詰めた空気がヒェトラとピーの体を強張らせる。
「……」
一瞥。
家族も同然のヒェトラとプーの無事を確認し安堵。
チョーカーの機能が待機状態に移行する。
そして視線が老父へ。
「おじさん……大丈夫?」
右腕を撃たれた老父は冷や汗をかきながら強く傷口を押さえている。
「あぁ……とても痛いけれどね。まぁどうせ死を願った身だ」
強がる。
無理矢理な笑顔。
「救急箱はどこ?」
弾丸が貫通している事を確認し、ジンシーは応急処置を始める。
「テレビ台の下の棚にあるはずだ」
プーはその言葉を聞いて救急箱を取り出し、ジンシーに渡す。
老父の服の袖を切り、肘を縛って止血を開始する。
「ねぇ、陸奥はいる?」
ジンシーが声を漏らした。
「いるとも」
プーの端末から陸奥が声を返す。
「こいつらの仲間はまだいるの?」
「私が裏切ったことを知って撤退の準備を進めている。もたもたしていると逃げられるぞ」
「陸奥、ヒェトラ、プー……おねがい」
応急処置を行いながら、ジンシーは三人に笑顔でそう言った。
言葉は一つも返ることは無かったが、ヒェトラはプーから全ての武器、弾薬を預かり外へ飛び出し、プーは陸奥のいる部屋へ向かった。
警護大隊の兵士達は撤退行動の最中、銃声を聞き振り返った。
ゴーグルを通して見る景色に変化はない。
陸奥とプーによる視覚の偽装は既に開始されていた。
警戒をゆっくり、ゆっくりと解き、一歩……また一歩と後退する。
刹那、一人の兵士が倒れた。
続けてもう一人。
もう一人。
もう一人。
もう一人。
もう一人。
もう一人。
……もう一人。
「聞こえているか。人間を守らない者達……そして亡霊。もし聞こえているのならば教えてやろう」
ヒェトラは蹂躙を終え、兵士の無線機を手に取り、呟く。
「お前達が守っていた者はお前達を殺したぞ……お前達がそうしたように」
『幼き亡霊か……俺も、お前達に教えてやろう』
無線機が一瞬のノイズを吐いた後、声を届ける。
『那須暁啓を殺したのは俺だ』
ファントムは挑発にも似た言葉を返す。
「そうか……」
心底詰まらないと言った顔でヒェトラは無線機を投げ捨て、逃げられた装甲車の灯りを呆然と眺めた。
老父の家
「お嬢ちゃんはどうして私を助けるんだい?」
応急処置を終え、老父とジンシーは血まみれの台所から寝室へ移動していた。
「……」
激痛に耐え、ふらつきながら老父は歩く。
支えるジンシーは答えを返さない。
「私は死にたいんだ。助けることが救うことになるとは限らないんだよ?」
「嘘だよ」
「……」
「本当に死にたいなら撃たれた腕をあんなに必死に止血しようなんて思わない」
「……そう、だね」
発言と行動の矛盾を指摘され、ぐうの音も出なくなってしまった。
老父はこんなにも幼い子にそんな言葉を投げられるとは思っておらず、苦笑を浮かべる。
寝室に辿り着き、ベッドに腰掛ける。
「ゆっくり横になって」
出血箇所を気遣いながら老父は楽な姿勢を保つ。
呼吸を整え、安定し始めた。
その様子を眺めるジンシーのチョーカーに陸奥が指示を送る。
目を伏せ、下唇を噛む。
「それじゃあ私も行くから」
ジンシーは踵を返し、外へ走り出そうとする。
「待ってくれ」
「……」
呼び止められ、強く拳を握る。
爪が掌に刺さる程に強く。
「陸奥から話は聞いたんだろう? 約束を守ってもらうよ」
「…………」
聞きたくない。
それ以上言葉を繋げないで。
そう願い、涙を堪える。
「皆……君達に救って欲しいと願っている」
「………………」
老父達が、陸奥が願ったこと。
約束したこと。
救いの内容。
……聞かなかったことにして逃げようとしたがそれは叶わなかった。
躊躇うことなく老父はそれを紡ぐ。
「全員殺すんだ」
こんにちは、
下野枯葉です。
窮地に立たされた時に、救いを求めたことはありますか?
面倒なことをやらなければならない時に、救いを求めたことはありますか?
それに応えてもらった時に「助かった」と口にしたことがあります。
あの時は救われなかった。
虚無感に襲われました。
苦痛が確かにありました。
十七歳の時の思い出です。
さぁ、少女達はそれを理解できるのでしょうか?
私はその時から数年経った今でも、明確にはなっていません。
誰か救ってください。
さて、ジンシーのチョーカーについて少し触れようと思います。
どんなにつらい状況でも笑顔をみせる道化と言えば簡単です。
幼い時に見るピエロ。
興味と恐怖の狭間の感情に乗せて、心の奥底を仕舞って滑稽に演じてください。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。