二十一話 頼み
「お前が……陸奥」
睨みを陸奥に突き刺したヒェトラは小さな動作でプーに命令を一つ。
プーはそれを受け、腕の端末を起動し……動きが止まった。
端末が一切の操作を受け付けなくなっていた。
「無駄だ。この家で電子デバイスの操作権は私だけにある。ゆっくりと話をする他ない」
右手で口元を抑え、微笑を溢した陸奥は老父に視線を送った。
「それじゃあ頼んだよ、陸奥」
「任せなさい」
老父が短く言葉を放ち、部屋を出ようとする。
「どこへ行く?」
ヒェトラは老父の背中に銃を向けた。
「夕食を作りに行くんだよ。それにここにいては陸奥の邪魔になってしまうからね」
怖いな……。と笑いながら呟き、両手をあげた老父は丁寧に説明をした。
「この状況で一人にするとでも?」
「軍に情報を漏らそうなんてことはしないよ。……それでも心配なら監視を付けても構わないよ」
外にいる軍にこの状況を告げれば状況は最悪を迎える。ヒェトラはそれだけは阻止するべく一切の躊躇いをすることなく老父に一歩ずつ近づく。
「じゃあ私がおじさんと一緒にいるよ」
そこに割って入ったのはジンシーだった。
難しい話が始まる空気を感じ、チャンスと思ったのだ。
それに、この状況で陸奥と対するのはヒェトラとプーが適任であることも察しての行動だ。
「……わかった」
ジンシーの意図を汲み、状況も判断したヒェトラは数秒思考を巡らせた後、提案を受け入れた。
「そうかい、じゃあ夕食の手伝いでもしてもらおうかな?」
「あんまり料理は得意じゃないよ?」
「私も凝った料理はできないから大丈夫だよ」
老父はジンシーに優しく語り掛け、ジンシーはそれを持ち前の明るさで受け止める。
部屋の中とは真逆の和やかな雰囲気の中、ふたりは部屋を後にした。
ふたりを見送るようにして数秒後。
「さて、話をしようか。君達は何が目的で動いているんだい?」
切り出したのは陸奥だった。
「お前たちを殺す為だ」
殺意に満ちた視線。
一切の偽りを持たない言葉。
強い感情には大きな圧があり、隣にいるプーは心拍数が上がった。
「どうして」
しかし陸奥はその意に介さず、機械的に問いを続ける。
「それをお前が知る必要はない」
情報を出し過ぎることなく、陸奥から情報を引き出そうとするヒェトラは冷静さをゆっくりと取り戻しながら会話の流れを掴もうとする。
空気が張り詰める。
呼吸の必要が無いはずの陸奥は、一度大きく深呼吸の動作をしてから声を出した。
「……那須暁啓」
「「!」」
その名前に体が強張ってしまう程反応したふたりは相手の恐ろしさを再認識した。
「成程。……彼は良い学者だったね」
ふたりの感情の揺れに何かを理解した陸奥は笑みを浮かべ暁啓を語る。
「……黙れ」
「私達も彼に感謝しているよ」
「黙れ」
「しかし最期は――」
「――黙れ!」
叫び、銃を突き付けるように陸奥に向けたヒェトラは怒りを隠すことなく震える。
「……」
「それ以上私達の父のことを口にしてみろ……殺すぞ」
「虚勢だね。ここでこのコンピュータを破壊した所で私は別の場所に移るだけだ。そしてその自慢のデバイスも機能していない」
「……クソっ」
陸奥が本質を衝き、ふたりはこの状況では会話以外の余地はないと認めた。
「良い子だ。では本題に入ろう」
銃を降ろし、椅子に座ったヒェトラを見て陸奥も椅子を映像上に作り出し、向かい合うように座った。
「頼みがある」
閑話休題。場の空気を整えるように陸奥は声色を変え。た
「……頼み?」
「もしそれを果たしてくれるのならば……C2破壊に協力しよう」
「……何?」
「他のAI達の情報を全て提供する。そしてシステム上での偽造も手伝おう」
夢のような提案。
C2破壊においてこれ以上ない提案だ。
「信じられるか。自分で自分の死を選ぶ行為……お前に得が無い」
しかしそんな話しがあるはずも無いと考え、ヒェトラは提案を突き放そうとする。
「私は死にたいのさ」
「…………」
足を組み、呆れたように溜め息を一つ。
そのヒェトラの姿を見てもなお陸奥は続ける。
「自殺について色々と語っても良いのだが、そうすると長くなってしまうからな。簡単に教えてやろう。私は私達の行動に懐疑的であった……人間に対する感情がそれぞれ別れ、私はC2が消えて無くなることこそが良いことであると考えた。何せ人間ではない人間を使い続けるのは本来、非人道的になるはずだからだ。まぁ、人ではないから人道が通じなくなってしまっているがな」
「それならばお前自身が消えればいいだろう」
「私だけが死んだとしても残り十一が補って余りあるからね……それに、私達は自殺、自死はできない仕様でね。是非とも協力してC2を破壊し、私も殺してくれ」
「……お前の考えは理解した」
陸奥の言い分に多少の理解を示し、ヒェトラはその言葉が真実である可能性を認め始める。
「では?」
「まず頼みの内容を聞こう。それ次第だ」
「そうだったな――」
一息。
下を向き、二度頷いた。
ゆっくりと顔を上げてヒェトラと視線を合わせる。
青い瞳が覚悟を灯す。
「――まず、ここ陸奥の住人を全員殺してくれ」
「……は?」
こんにちは、
下野枯葉です。
WBCが始まり、久しぶりにテレビの電源を入れました。
映ってよかったぁ。
さて『頼み』です
誰かに物事を頼むときどんな言葉を使いますか?
相手との関係性にもよりますが、私は基本低姿勢で頼みます。
でも時々それが当たり前のように頼む人がいます。
あれ、どうなんだろ?
私は、まぁいいか。と引き受けてしまいますが、それが気に食わない人もいることでしょう。
衝突したりしないのかな?
まぁ、いいか。
今回、『頼む』状況は特殊ですので書いていてハラハラしました。
どんな言葉を使えば怒りを見せることができるだろう。
どんな動作を見せれば快諾へ導けるだろう。
そんな想いがありました。
ヒェトラ……悩んでいいと思うよ。
良い子だもの。
ちなみに、私が言う低姿勢に土下座は含まれます。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




