十二話 覚えていない
「雪……か」
ヒェトラは寝間着姿のまま書斎の椅子に座り、窓から外を眺めていた。
白の景色は晩のうちの吹雪き具合を語っていた。
「シーナも取り戻しつつある……」
嘆息。
今朝ビーとプーに叩き起こされ更新の詳細を聞いた時は驚いたが、あのふたりが間違えるはずもなく、ありのままを受け止めた。
机の上に広がる更新詳細。
シーナのチョーカーが八日に更新を開始し、日の出と共に更新完了。
内容はチョーカーに付属されたデータと、使用者の記憶が夢の中の短い時間で再生され、結果として同調率が大きく上方修正されたというものだった。
ヒェトラはこの更新に心当たりがあった。
自身も経験した記憶が蘇る感覚。
死んだはずの自分が生きた理由と、死ぬはずだった理由。
その二つを思い出した時、耐えがたい吐き気と憎しみが浮かんだこと。
シーナの二つの理由がどんなものかは想像ができず、耐えきれるかどうかの不安。
作戦開始は明朝。
支障をきたす場合も大いにあると考え、作戦延期も視野にシーナを呼び出した。
ペタペタと裸足で書斎に入ったシーナは、久しぶりだなーこの部屋。などと考えながらグルグルと内装を見る。
「おはよう、シーナ」
リクライニング機能の付いた革製のチェアに深く腰掛け、ヒェトラは口の端を僅かに上げながら視線を投げる。
「ん。おはよ。どうしたの?」
突然の呼び出しに対し、首を傾げ疑問を示す。
表情はあまり揺れず、いつも通りの印象を覚える。
「そうだな……悪い夢を見なかったか?」
「悪い……夢? 見てないよ。心地の良い夢なら」
チョーカーへの更新を知らないのだろうか?
シーナは思い当たる節が無いといった様子で、顎に手を添え考える。
夢を思い出す。
「どんな夢だ?」
「んー。寒くて暖かい夢」
「なんだそれは」
「よくわかんない。でも凄く心地良かった」
シーナの性格も汲み取り、遠回しな質問では聞きたいことを知ることができないと判断。
大きく深呼吸をしてからヒェトラはシーナの瞳に視線を合わせる。
「んん……単刀直入に言おう。今朝、シーナのチョーカーに更新があった。これは博士が遺したものだ」
「お父さんが?」
「記憶の再生を行い、チョーカーのデータと組み合わせることで同調率を大きく上げるというものだ」
「やった。明日の作戦もうまく行くね」
「しかし問題がある」
同調率の上昇に伴い、身体能力、記憶の読み込み精度の向上が期待できる。
それによりシーナはより良いスナイパーとして働けるだろう。
作戦成功へより一層近付くことをシーナは喜び、他の皆への負担軽減になることを素直に喜ぶ。
間髪入れずにヒェトラが指摘を一つ。
「ん?」
「記憶が蘇ることは死ぬはずだったことも思い出すということだ。……私はシーナの過去を知らないからな…………辛くないか?」
ヒェトラは己の過去を思い出し、グッと眉間に皺を寄せる。
嗚呼……と心の中で嘆き、苦しさを噛み締める。
呼吸をうまく行えず、瞼が重くなる。
……嗚呼。
嗚呼!
「んー? 全然」
苦悶に満ちた表情のヒェトラとは対するようにシーナは小さな笑顔をみせた。
慣れない笑顔。
「……それならばいいのだが」
「ヒェトラは?」
「私?!」
突然の言葉に戸惑い、声量が一段階上がる。
「夢、見た?」
「…………さぁな。覚えていないよ」
疑問を投げるシーナは真っ直ぐで、純粋な視線をひとつ。
見たはずの夢を忘れたことにしてヒェトラは瞳を閉じる。
忘れたい記憶と決別を。
多くを導き多くを壊した記憶。
根源を消し去ったあの日の記憶。
それは『覚えていない』ことにした。
ヒェトラの表情に気付いたシーナは話を断ち切って振り返った。
「そっか。……それじゃ、朝ごはん行こ。デッディが作戦前だからって気合入れてたよ」
「あぁ、それは楽しみだ。早速行こうか」
裸足に伝わる冷たい床から逃げるようにシーナはリビングへ。
追いかけるヒェトラはその背中を憂いの孕んだ視線で突き刺した。
こんにちは、
下野枯葉です。
正月休みも終わり、通常の生活に戻りました。
今月はずっと正月休みにしてくれぇ。
さて。
覚えていない
です。
覚えていないなーとか、忘れたよーとか……言ったことありますよね。
本当にそうである場合と嘘であった場合。
どちらであっても言葉にするとき、視線がそれるものです。
真っ直ぐ見詰めることができる場合は……その言葉が違う言葉なのかもしれませんね。
それってどういう意味なのかと言えば…………覚えていないですね。
では、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。