8 それはやりすぎでしょ⁉
その後、ボクたちは国王一家と食卓を囲んだ。
「あら、まあ! 日本の庶民の家庭料理って、こんなにもおいしかったのね! もっと質素でゲロまずい料理を想像していたわ!」
「うむ、美味じゃ。王室の専属料理人としてスカウトしたいぐらいじゃ」
天然毒舌家のクチサケ王妃がお母さんの手料理をほめると、ウシミツドキ国王も顔をほころばせた。なんにでもケチをつけたがるタタリ王子も、夢中になって肉じゃがを食べている。
おいしいのは当たり前だ。お母さんの料理は世界一なんだから。アイドル時代も、かわいいエプロンを着てお料理番組によく出演していたらしい。
ちなみに、お母さんの教育を受けたお姉ちゃんやボクもけっこうな料理の腕前だ。まだ小学生の葉月も、同年代の子供たちにくらべたら料理ができるほうである。
「喜んでいただけて、うれしいですわぁ~」
お母さんは、国王夫妻に対しても、のほほんとした態度でしゃべっている。マイペースな性格もここまで極めると、たいしたものだ。さすがは元トップアイドル。
「でも、そろそろお屋敷にお帰りにならないと、家来のみなさまが心配なさるのではありませんか?」
そして、のほほーんとした口調を崩さないまま、遠回しに「あなたたち、そろそろ帰ってください」と訴えている。この肝っ玉の太さも、わが母ながらすごい。たくさんの観客の前で歌うアイドルをやっていたから、肝がすわっているのだろうか。
「おお、そうだな。あまり長居するのも失礼じゃ。クチサケ、タタリ。屋敷に帰ろう」
ウシミツドキ国王は、お母さんの態度に怒ることもなく、素直にイスから立ち上がった。王子と王妃は変な人だけど、王様は二人にくらべたらちょっとは常識人なのかも知れない。
なんて、思っていたんだけど……。
「ああ、ひとつ言い忘れておったわい。あなたがたの家の周囲にわが国の特殊警備部隊を配置しておいたぞ。ざっと、二百人ほど」
「え⁉ 特殊警備部隊⁉ に、二百人⁉ なんでそんなものを‼」
ボクはおどろき、声を裏返してさけんでいた。
「当然のことじゃ。ノゾミちゃんは、わが息子の大事な大事な妃候補なのだからな。日本でも近ごろは物騒な事件が多いと聞くし、万が一、泥棒や変質者に美女ぞろいのノゾミちゃん一家がおそわれたら一大事じゃ。だから、わが国の総力をあげて、不法侵入者からあなたたちのことを守るぞ。大船に乗ったつもりで安心しておくれ」
ふ、不法なことをしまくっているのは、あなたたちなんですが……。
王様はまともな人なのかもと思いかけていたが、どうやらその考えは甘かったみたいだ。ウラメシヤ王国の王様なんだから、まともなわけがなかったよ……。
「ノゾミ。明日はいっしょに登校しよう。また車で送ってやるからな」
ボクがウシミツドキ国王の爆弾発言を聞いてぼうぜんとしていると、いつの間にかボクに近づいていたタタリ王子がほっぺたにキスをした。
「ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーっ‼」
ボクは、またもや失神してしまったのであった……。
「う、う~ん……」
「あっ、ようやく起きた。だいじょうぶ、ノゾム?」
ボクはリビングのソファーに寝かされていたらしい。目を覚ますと、お姉ちゃんが心配そうな顔でボクを見下ろしていた。ボクが起きるまでの間、ずっとそばにいてくれたのだろう。お姉ちゃんはイタズラ好きな困った人だけど、人一倍家族思いなのだ。
「だいじょうぶ……。タタリ王子は?」
「国王夫妻が帰った後もしばらくここにいて、気絶したあんたのことを心配していたよ。強引だけど、いちおう優しいところはあるみたいね。『二度目だからもう慣れたと思ったのに、また気絶したのか。あいさつのキスぐらいでビックリして気絶するなんて、うぶでかわいいやつだ。フフフ……』とかなんとか言って、ますます気に入られちゃったみたいだけど」
「慣れるわけないよぉ~。お姉ちゃん、助けてよぉ~。ふえぇぇぇん」
これから毎日キスされるのかと思うと、泣きたくなってくる。ボクはお姉ちゃんにすがりつき、弱音を吐いた。
「う~ん……。女装をしたノゾミちゃんにファッションショーをやってもらうのは本人もノリノリだから楽しいけど、ノゾムのプライバシーがウラメシヤ王国の人たちにめちゃくちゃにされそうなのはなんとかしてあげたいなぁ……」
お姉ちゃんがボクの頭をなでながら、窓のほうをチラリと見る。
ボクが「外にだれかいるの?」と言うと、葉月が「黒っぽい服を着た人たちが、たくさんいるぅ~!」と答えた。
「も、もしかして……」
ボクはおそるおそる窓に近づき、外の様子をうかがった。外はすっかり真っ暗だけど、門灯の明かりがあるから、ぜんぜん見えないわけではない。
家の門の前には、黒のサングラスをつけて黒いスーツを着た大男たち(みんな、身長が二メートル近い)が、五人ほど立っていた。
彼らはキョロキョロと周囲を見回し、不審者がいないか警戒しているようだ。塀の周辺も七、八人がグルグルと歩き回って警戒にあたっているようで、大男たちの金髪の頭が見える。
ここから視認できるのは十二、三人だけだ。でも、他にもたくさんいるのだろう。二百人の警備体制で宮妻家を守るって言っていたから……。
「二百人が朝・昼・夜の三交代制で二十四時間監視するって、タタリ王子が言っていたわよ」
「あんな屈強そうな男たちに家を見張られていたら、逆に恐いよ……」
ボクが半泣きになりながらそうつぶやくと、お姉ちゃんも「ていうか、あの人たちが一番の不審者だよねぇ~」と苦笑する。
「さすがに、ここまでされると、とーっても迷惑ねぇ~」
お母さんもやって来て、外にいる警備員たちを見つめた。いつも笑顔を絶やさないお母さんは今もニコリとほほ笑んでいる。でも、目は笑っていなかった。
あっ……。めずらしく、お母さんが本気で怒っている。
「近所の土地を買収しようが、わが家の近くに豪邸を建てようが、それはその人たちの自由なのよ。……でもね、うちのかわいい子供たちをおびえさせるようなマネは、ちょーーーっと許せないかも」
「お……お母さん……?」
「こうなったら、使うしかないようね。あたしの人脈を」
お母さんは、ニコニコ笑顔(ただし目はつりあがっている)のままスマホをピコピコといじり、どこかに電話をした。
「もしもし? あっ、周作くん? 至急みんなに伝えてほしいの。全員集合って」
全員集合? お母さんは、いったいどんな人たちを呼ぶつもりなんだ……?




