5 ランチタイム三角関係
タタリ王子は、校舎のそばの木の枝に引っかかって、奇跡的に無事だった。
「な、なんて暴力女だ! おまえがオレの妃候補の友達ではなかったら、外交問題にするところだったぞ!」
「ご……ごめんなさい……」
姫路さんは、すっかりいつものおとなしい女の子にもどって、タタリ王子にあやまった。
「タタリ王子、許してあげてよ。姫路さんは、ぼ……わたしを守ろうとしてくれたんだ」
「守るだと? オレにキスされるのが、そんなに嫌なのか?」
「嫌です(キッパリ)」
「ぐっ……うう……」
あまりにもハッキリとボクに拒絶されて、さすがのタタリ王子もショックだったらしい。だまりこんでしまい、それ以上は姫路さんを責めてはこなかった。
わざわざボクのために日本の学校に転校までしてくれて悪いんだけど、ここは徹底的に冷たくあしらわないと。下手に優しくして希望を持たせちゃったら、タタリ王子のためにもならないしね。
でも、タタリ王子は、冷たくされたぐらいではあきらめない、かなり執念深い性格だったんだ。そして、女装して学校生活を送るのは、予想以上に大変で……。
「ノゾミ。いっしょに昼ご飯を食べよう」
昼休みになると、授業をずっとつまらなさそうに聞いていたタタリ王子が、ボクの席にやって来てそう誘った。
「いっしょに食べようって言っても……お弁当はどうしたの?」
タタリ王子が手になにも持っていないのを見て、ボクは首をかしげた。
タタリ王子は「アハハハ」と高笑いし、こう言った。
「弁当だって? オレが庶民と同じように小さな箱に入った粗末な料理を食べるとでも思ったのか? そんなこと、するわけがないだろ」
パチン、とタタリ王子は指を鳴らした。すると、
シュバババババババ‼
黒のスーツを着た執事っぽい人たち五人が教室にいきなり入って来たかと思うと、彼らは大きなテーブルをボクの目の前に置き、三十近いメニューの豪勢な料理をあっという間にならべていった。
「ご苦労だった、カナ・シバリ」
タタリ王子が執事のリーダー格らしい美少年にそう声をかけると、カナ・シバリと呼ばれた美少年執事は「ははっ」とうやうやしく頭を下げた。
カナ・シバリ……金縛り……。こりゃまた不吉そうな名前だよ……。
「ウラメシヤ王国の牧場で育てたウラメシヤ牛のビーフステーキ、ウラメシヤ海でとれたウラメシヤ海老のムニエル、ウラメシヤ料理でもっともポピュラーなウラメシヤ鳥のから揚げ……。他にもたくさんあるぞ。好きなものを食え」
「君の国の人間や動物って、なんでそんなにこわい名前ばかりなの⁉」
ウラメシヤ牛、ウラメシヤ海老、ウラメシヤ鳥……。なんか食べたら呪われそうなんですけど。あと、牛や海老の見た目は日本にいるのとあまり変わらないのだろうけど、ウラメシヤ鳥ってどんな見た目の鳥なのさ。不気味な見た目の怪鳥なんじゃないの……?
「ウラメシヤという言葉はおまえの国では他人を呪う意味があるらしいが、わが国では『人類はみんな友達』という意味なんだ。別に、こわい名前ではない」
「じ……じゃあ、君の『タタリ』という名前にはどんな意味があるの?」
「『タタリ』は、『情熱に燃える男』という意味だ。あと、オレの父上の名前『ウシミツドキ』は、『王者の威厳』。母上の名前『クチサケ』は『母なる大地』という意味がある」
クチサケ・ウラメシヤ王妃……く、口裂け⁉ どんな顔をしているんだろう……。
「あの……ちなみに、そちらのカナ・シバリさんは……?」
「ボクのファミリーネーム『シバリ』は、『影に生きる者』という意味があります。先祖代々、ウラメシヤ王家に隠密として仕えてきましたので」
「じゃあ、ファーストネームの『カナ』は?」
「『愛のために生きる』、です」
「へ~。ロマンチックな名前なんですね」
ボクがそう言うと、カナ・シバリさんはちょっと頬を赤らめた。恥ずかしがっているのかな? よく見るとこの子、男だけどかわいらしい顔をしている。ボクみたいに女装をしたらとびきりの美少女になるかも。
「おい、ノゾミ。オレには冷たいのに、オレの世話係の男と親しく会話をするな」
タタリ王子は、ムッとした表情でボクをにらんだ。
いや、男にそんなふうに嫉妬されても困るんですが……。
「もうしわけありません、王子……。ボクたちはこれで失礼いたします」
空気を読んだカナ・シバリさんたち執事は、一礼すると、また、シュバババババと風のような速さで教室から消え去った。
カナ・シバリさん、去り際にちょっとさびしそうな顔をしていたような気がしたけど、どうしたんだろう? 気のせいかな?
「さあ、好きなだけ食べろ」
「ええと……。ぼく……わ、わたしは、お母さんが作ってくれた弁当があるから、タタリ王子がみんな食べなよ」
「庶民が王族の料理を食べられる機会などめったにないのだから、遠慮をせずに食え」
「遠慮をしているわけじゃなくて、お母さんの弁当を食べたらいつもお腹いっぱいになるし……」
「なるほど、おまえは小食なのか。そういうところも女の子らしくてかわいいな。だったら、オレがおまえの弁当を食ってやろう。だから、おまえはウラメシヤ王国の料理を食べろ」
「ついさっき、庶民の粗末な料理は食べないって言ってたじゃん! なんで、そこまでしてわたしにウラメシヤ王国の料理を食べさせたいの⁉」
「おまえはオレと結婚して、ウラメシヤ王国の人間になるんだ。ウラメシヤ王国の料理が口に合わなかったら苦労するから、いまのうちにわが国の料理に慣れさせてやろうとしているんだよ。そんなオレの優しい気づかいぐらい、わかれ!」
「そんな気づかい、余計なお世話! 無理やり食べさせようとして、どこが優しいのさ!」
「わからず屋め……。こうなったら、口につっこんで食べさせてやる!」
タタリ王子はそう言うと、ウラメシヤ鳥のから揚げを指でつまみ、ボクの口に強引に入れようとしてきた。
「きゃー! きゃー! やめてよーーーっ!」
見た目はふつうのニワトリのから揚げっぽいけど、ウラメシヤ鳥という正体不明の生き物のから揚げなんて食べたくない。ボクは全力で拒否しようとした。でも、女子よりも非力なボクでは、かなり体格差があるタタリ王子にかなうはずがない。抵抗むなしく、ボクはから揚げをくちびるに押しつけられそうになった。
「おい。ノゾミが嫌がっているのに、無理に食わせようとするな」
ピンチのボクを助けてくれたのは、俊介だった。
俊介のうしろには、姫路さんもいる。フー、フー、フー……とケモノのようにうなり、タタリ王子にいまにも飛びかかりそうな剣幕である。たぶん、さっきタタリ王子を三階から突き落としてしまったから、われを忘れて攻撃してしまわないようにがまんしているのだろう。
……姫路さんって、見た目はお姫様みたいだけど、かなり武闘派だったんだね。とってもかわいいからなんでも許せちゃうけど。
「……なんだ、おまえ。オレの未来の嫁とはどういう関係だ」
タタリ王子が、俊介をギロリとにらむ。俊介もにらみ返し、二人の間でバチバチと火花が散るのが見えたような気がした。
「こいつは……オレにとって一番大事な存在だ」
「な、なんだと……?」
お、おいおい、俊介! こんな非常時にややこしい言い方しないでよ! そりゃあ、ボクと俊介は無二の親友だし、友達として「一番大事な存在」だけどさ……。でも、ボクのことを女の子だと思っているタタリ王子が聞いたら、あらぬ誤解をしちゃうじゃん!
「貴様も……ノゾミのことが好きなのか」
ほらぁーーーっ‼ どうすんのさ、もーう‼
タタリ王子の顔は、見る見るうちに不愉快そうな表情になっていく。
「おもしろい。オレとおまえのどちらがノゾミにふさわしいか、勝負だ!」
そう怒鳴り、制服の袖をまくるタタリ王子。
俊介も「いいだろう」と言いながら拳をベキボキ鳴らす。姫路さんは、俊介のうしろで「やれ、柊くん! 色ボケ王子なんてぶちのめしちまえ!」と血走った目でさけんでいた。
な、なぜこんなことに……!
「あ、あわわ! 二人ともケンカはしちゃダメだよ! い……いくら王子様でも、クラス委員長のわたしが許しませーん!」
クラス委員長の水野さんが、テンパった時のいつもの癖で両腕をブンブンと前にふり、あわてて止めに入った。こういう時、常識人の水野さんがいてくれると助かるよ……。
「男と男の決闘に口を出すな、庶民の女。あと、さっきからお前の手がオレの顔にペチペチ当たっているから、腕をブンブンふるのやめろ」
「わ、わ、わ。ごめんなさい。……でも、乱暴な男の子は、女の子に嫌われるよ⁉ ノゾミちゃんだって、ケンカなんかしたら王子様のこと嫌いになっちゃうよ⁉」
「む……。そ、そうなのか……?」
水野さんに諭されたタタリ王子は、ボクの顔をチラリと見て、おとなしくなった。俊介も「ノゾミに嫌われるのは、オレも不本意だ」と言う。
「仕方ない。おい、庶民。ここはノゾミに免じて、見逃してやる。だが、ノゾミはオレの妃候補だということを忘れるな」
「フン……。無理やり自分のモノにしようとしても、女をほれさせることはできないぜ」
タタリ王子と俊介がにらみあいながらそう言い合っていると、教室の女子たちが「きゃー! ノゾミちゃんをめぐる三角関係ができちゃったわ! 少女マンガみたーい!」などと黄色い声でさわぎはじめた。
……あの、みなさん。ボクを女の子だと誤解しているタタリ王子は別として、ボクが男だということを忘れていません? さっきから、女の子であることを前提に話が進んでいるような……。
制服とかメイド服とかかわいい服を着るのはまんざらじゃないけど、男であるという事実を忘れられるのはちょっと……。ま、まあ、ボクをめぐってタタリ王子と俊介が乱闘を始めなくてよかったけどさ……。