4 転校生は王子様!
ボクは、朝のホームルームが始まるぎりぎりに教室に戻った。言うまでもなく、わが校指定の女子の制服を着て……。
うちの学校の女子の制服は、紺色のベストとチェック柄のスカートで、とてもかわいい。白状してしまうと、かわいいものが大好きなボクは、ロングヘアー(またウィッグをつけた)の女子生徒になった自分を鏡で見て、「ボクって、やっぱりすごくかわいい!」とひそかに喜んでしまった。
……でも、クラスのみんなはどう思うだろう?
いくら「かわいさ千里を走る」という格言があっても、文化祭みたいな特別な日以外に女装をしてしまったボクのことをクラスの仲間として受け入れてくれるか心配だ。い、イジメられたらどうしよう……。
「あっ、宮妻く……こほん、宮妻さんがもどって来たわ」
ボクが教室に入ると、ミイちゃん先生がそう言い、「……だいじょうぶだった?」と心配そうにボクにたずねた。もう、教室ではボクは女子あつかいなのね。
「かわいくなれるのは好き……げふん、げふん、外交問題を起こさないためだから仕方ないです。でも、クラスのみんなは……」
ボクは不安な気持ちをいっぱいにして、教室を見まわした。
みんな、女装しているボクを笑ったり、馬鹿にしたりするのかな。ボクがドキドキしながらみんなの反応を待っていると……。
ガタン! と、一人の少女が席から立ち上がった。姫路さんだった。
「と……とってもかわいいと思います! これ、アリです! 宮妻ノゾミちゃん、ぜんぜんアリです! むしろ、こんなにもかわいい顔をしているのに、女装しないのはもったいないぐらいです! 『かわいい子には女装させよ』ということわざもあるじゃないですか! ていうか、文句があるヤツはわたしが許さねぇ! ぶっ飛ばしてやる!」
いつもおとなしくてひかえめな姫路さんが、鼻息も荒く、興奮しながらそう怒鳴った。そして、「ぶっ飛ばしてやる!」と言った直後、隣の席の男子を本当にパンチでぶっ飛ばした。すごいパンチ力だ、三メートルぐらい飛んだぞ。
「『かわいい子には女装させよ』……。そんなことわざがあったなんて、知らなかったよ。姫路さん、教えてくれてありがとう!」
「いや、そんなことわざはないからな」
俊介が冷静なツッコミを入れたけど、姫路さんが味方してくれたことに感激しているボクは、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「……でも、姫路の言う通りだ。男のかっこうをしていようが、女のかっこうをしていようが関係ない。おまえはおまえじゃないか。見た目が女になっても、オレはおまえの親友だから安心しろ」
「ありがとう、俊介……」
親友の心強い言葉に、ボクは涙が出そうになった。
ボクをはげましてくれたのは、姫路さんと俊介だけじゃない。織目さんと水野さんもだ。
「まあ、元はと言えば、わたしがノゾムく……じゃなかった、ノゾミちゃんにメイドのかっこうをさせたのがすべての元凶だからね。責任取って、王子様にバレないように協力するよ」
「わ、わたしもクラス委員長としてノゾミちゃんを助けたいと思うから、困ったことがあったらなんでも言ってね!」
「二人とも、ありがとう!」
意外なことに、他のみんなも好意的にボクをむかえてくれた。
クラスメイトたちの美しい友情を目の当たりにして、ミイちゃん先生は「う、う、う……。わたしの教え子たちはみんないい子だよぉ~……」と言いながら鼻水をたらして泣いている。
「教室に美少女が一人増えるんだから、なにも文句なんてないよな!」
「ああ! ノゾミちゃんと姫路さんがツートップとして、水野委員長と織目さんもかわいいし、一年C組は美少女ぞろいだぜ!」
「美少女にかこまれて、オレたちは勝ち組だな。この際、性別とか関係ないな!」
……男子の中には、おかしな方向でノゾミちゃんを歓迎しているヤツらがいるみたいだけど……。
ま、まあ、イジメられたりするよりはマシか。逆に、男のかっこうにもどった時にすごくガッカリされそうだけど、その時はその時だ。
ノゾミちゃん再降臨で盛り上がっていた教室が一瞬でパニックになったのは、こんなやりとりをしていた直後のことだった。
教室の戸がガラガラ! と乱暴に開いたかと思うと――。
パンパカパーン、パンパカパーン、パンパカパッパ パンパカパーン~♪
ズダダダダダダダダダダダダダダ!
ジャーーーン! ジャーーーン! ジャーーーン!
トランペットやドラム、シンバルのけたたましい音が鳴りひびき、ボクたちは「ぎゃぁぁぁ‼ う、うるさーーーい‼」と悲鳴をあげながら両耳をふさいだ。
騒音がやむと、二人のスーツ姿の執事っぽい男があらわれた。
二人は、ボクたちがぼうぜんと見守る中、赤いじゅうたんを廊下から教室の中へとくるくると敷いていく。
そして、その赤いじゅうたんの上を悠然と歩きながら教室に入って来たのは――。
「うげげぇー! で、出た、わがまま王子ぃー‼」
「タタリ王子様! わたしが呼びに行くまで職員室で待っていてくださいと言ったじゃありませんか! あと、ものすごくうるさいから、そのド派手な登場の仕方はやめてくだい!」
ミイちゃん先生があわてた声でそう言う。
そうだ! そうだ! いくら王子様でも、学校でのマナーは守らなきゃダメなんだぞ!
「フン。なぜ、王子であるオレが庶民の言うことを聞かなければいけないのだ」
タタリ王子は、キラキラと黄金に輝く前髪をかきわけながら、背の小さいミイちゃん先生を見下して言った。う、うわぁ~、相変わらず傲慢!
ミイちゃん先生! 大人として、もとしっかり叱ってやってよ! 学校は集団行動を学ぶ場所なんだから、いくら王子でも、みんなに迷惑をかけるわがままは許されないんだぞ!
「むぅー! むぅー! わたしはこの教室の担任なんですぅ~! あなたが王子様でもぉ~、ここではわたしがボスなんですぅ~! だから、わたしの言うことを聞かないとダメなのぉ~!」
ミイちゃん先生は、ほっぺたを風船みたいにふくらませながら(怒った時のミイちゃん先生の癖)、涙目でそう言った。子供かよ!
「ダメだよ、先生を泣かせたら!」
見ていられなくなったボクが抗議すると(先生は目をこすりながら「な、泣いてなんかないもん!」と言っていたけど)、タタリ王子はボクを見つめてニヤリと笑った。
「宮妻ノゾミ――オレの未来の妃。会いたかったぞ」
「ぼ……わ、わたしは会いたくなかったんですけど」
や、やばい、またキスされた時のことを思い出して鳥肌がたってきた……。
悪いけど、ボクはかわいいものが大好きなんだ! いくら美形でも、かわいくないタタリ王子はボクの恋愛対象にはならないんだよ!
「相変わらず、反抗的な態度を取る女だな。フフフ、面白い。いつか必ず、ほれさせてやる」
タタリ王子はそうささやきながら、ボクのあごを指でクイッと持ち上げ……。
あっ、まずい! これは前と同じパターンだ!
「い……嫌! やめて!」
ボクは体をくねらせ、本当の女の子みたいなかよわい声を出してそうさけんだ。
その直後――。
「させるかぁぁぁぁぁぁーーー‼」
姫路さんが光の速さで走って来て、タタリ王子を両手で突き飛ばした。
「う、うわぁぁぁーーー⁉」
タタリ王子は悲鳴を上げながら、暴風で吹き飛ばされたかのようにはるか後方――教室の外まで吹っ飛び、開け放たれていた廊下の窓から転落してしまった……!
「ぎゃぁぁぁ! が、外国の王子がぁぁぁ!」
ミイちゃん先生が顔を真っ青にして、絶叫する。
「ここ……三階だったよね……?」
水野さんがポツリと言った。
……総理大臣さん、ごめん。早くも外交問題になりそうです。




