3 ボクの女装のせいで日本が危ない
文化祭から三日後。
学校に登校したボクは、教室の自分の席に座ると、「はぁ~……」と盛大にため息をついた。
「いきなりキスされるなんて……。しかも、男に……。はぁぁぁ~……」
「かなり重症みたいだな。まだ立ち直れていないのか」
俊介に話しかけられて、ボクは「当たり前じゃん」とぼやく。
「あの王子、なんで男のボクにキスなんかしたんだよ……」
「そりゃ、おまえが美少女に変装していたからだろ。口にキスされなかっただけラッキーと思うしかないな」
「ぜんぜんラッキーじゃないよぉー! アンラッキーだよぉー!」
ボクは、半泣きになってそうさけんだ。すると、うしろから「ごめんね、宮妻くん……」というか細い声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはもうしわけなさそうにボクを見つめる姫路さんがいた。
「わたしをかばおうとしたせいで、あんなことになって……。本当にごめんなさい!」
「ひ……姫路さんはなにも悪くないよ! 悪いのはあのわがままな王子なんだから、気にしないで!」
ボクは、落ちこんでいたことも忘れて、姫路さんを必死にはげます。
文化祭の日から、姫路さんはたまにボクに話しかけてくれるようになった。
てっきり男嫌いだと思っていたのに、どういう心境の変化なのだろうか。他の男子とはしゃべっているところを見たことがないけど……。ボクだけはオーケーなのかな? なんでだろう?
まあ、気になっている女の子とお話ができるようになったのは正直うれしいから、なんでもいいか。
「宮妻くん。ちょっといいですか?」
ボクと姫路さんが話していると、ミイちゃん先生が教室に入って来て、なんだか深刻そうな顔でボクに声をかけてきた。
朝のホームルームまでまだ時間があるのに、どうしたんだろう?
「ミイちゃん先生、どうしたの?」
ボクがそうたずねると、ミイちゃん先生は、
「ミイちゃん先生じゃなくて高坂先生と呼びなさい!」
威厳ゼロのアニメ声で怒り、ぷくぅ~とほっぺたをふくらませた。
うん、今日もうちの担任教師はかわいい。
すぐにわれに返ったミイちゃん先生は、コホンとせきばらいをした。
「え、ええと……。校長先生がお呼びなので、校長室に行ってください。先生はみんなに連絡しなければいけないことがあるので、悪いけれど一人で行ってね」
「……は、はぁ」
校長室に呼び出しって……。ボク、なにかしたかな? ぜんぜん身におぼえがないんだけど。
「……ごめんね、宮妻くん」
ボクは言われるがまま教室を後にした。ミイちゃん先生とすれちがった時に、そんな言葉を先生がポツリとつぶやいたような気がした。
ごめんって……なんのことだろう?
「校長先生、失礼しまーす」
ボクがあいさつをして校長室に入ると、校長先生は「そこに座りなさい」と言って来客用のソファーを指差した。
校長先生の顔が心なしか青いような気がする。体調でも悪いのかな?
「あの……校長先生。ボク、なにか怒られるようなことをしてしまいましたか?」
ボクがおそるおそるたずねると、校長先生はなにも答えず、ボクに電話の子機を手渡した。
「君に電話だ。内閣総理大臣から」
「は? 内閣……?」
「いいから、早く出なさい」
わけがわからないまま、ボクは「もしもし……」と電話に出た。すると、受話器の向こうから、ちょっとくたびれた感じのおじさんの声が聞こえてきた。
「君が宮妻望くんかね。わたしは内閣総理大臣・綿堂伊矢蔵だ」
マジかよ。本物じゃないか。この声、テレビで何度も聞いたことがあるから、まちがえようがない。正真正銘の内閣総理大臣だ。
「そ……総理大臣が、平凡な中学生のボクになにかご用でしょうか? うちの家、ちゃんと税金はらってますよ?」
ボクは緊張しながら、そう聞いた。
文化祭に外国の王子がやって来てボクにキスしたり、総理大臣がボクに電話をしてきたり、近ごろは信じられないことが起きてばかりだ。本当にもう、ワケワカメだよ!
「宮妻くん。落ち着いて話を聞いてくれたまえ」
落ち着けるわけがないじゃん! 無茶言うなって!
「ウラメシヤ王国のウシミツドキ・ウラメシヤ国王からわたしに直接の申し入れがあった。日本のある少女を自分たちの国に連れて帰りたい、という話だ」
う……ウシミツドキ・ウラメシヤ……丑三つどきにうらめしや⁉
な、なんておそろしい名前……! その王様に嫌われたら呪われそう!
ボクは国王の名前におどろいたけれど、内閣総理大臣の話の続きを聞いて、さらにビックリすることになった。
「国王の長男のタタリ・ウラメシヤ王子が、その少女にほれて、自分の妃にしたいと言い出したらしい。その少女というのが……君なんだよ」
……………………は?
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉
ボクが、王子の妃ぃぃぃぃぃぃ⁉
「ぼ、ボク、男なんですけどぉ⁉」
「それは、ついさっき君の担任の先生から話を聞いて知っている。文化祭でメイドさんのかっこうをしていて、タタリ王子に女の子だと誤解されてしまったのだろう?」
どうやら、総理大臣はそんな女の子が実際にいるのか確認するために、うちの学校に電話で問い合わせしたらしい。それで、ミイちゃん先生からノゾミちゃんの正体を聞いたんだ。
「……だがな、向こうは君のことを女の子だと思っている。世界で一、二を争うかわいさの美少女だとね」
「え? 世界一かわいい? えへへ、ボクの女装、そんなにかわいく見えていたんだ」
「照れとる場合じゃないぞ」
はっ! そうだった! つい、「かわいい」と言われて喜んでしまった!
「タタリ王子は大の女嫌いで、世界中のいろんな美女とお見合いをさせても、どんな女性にも興味を持とうとしない。だから、ウシミツドキ国王は未来の妃選びに頭を悩ましていたそうだ。将来、国王となるタタリ王子が結婚をしなかったらあとつぎが生まれず、困ったことになるからな。
そもそも、ウラメシヤ王家の今回の日本訪問も、表向きは日本との親善を深めるためだが、本当はタタリ王子の妃候補を探すためだったのだ。
女嫌いのタタリ王子はお見合いをさせられるのが嫌でこっそりと逃げ出して、たまたま君たちの学校の文化祭にもぐりこんだらしい。そして、そこでタタリ王子は君にぐうぜん出会って恋をした」
「こ……恋……」
ボクは、あのわがまま王子にキスされた時のことを思い出して、ゾクゾクっと身ぶるいした。
「ウシミツドキ国王は、『この際、異国の少女でもいいから王子の妃になってもらいたい』とかなり切実な顔で言っていた。わたしは、『さすがに、わが国の未成年の少女を強引に連れ帰ってもらったら困ります』と言ったのだが……」
総理大臣はそこまで言うと、深々とため息をついた。
な、なんなのさ、その意味深なため息は。早く続きを言ってよ。
「……『だったら、王子を少女がいる学校に転校させよう。そして、結婚できる年齢になるまで交際すればいい』と国王が言いだしてな。しかも、タタリ王子も日本の学校に転校することに乗り気で、今日から君たちの学校に通うことになってしまった」
「え……ええええ⁉ で、でも、王子が転校してきても、ボクは男だし……」
「ああ。君が男だったと知ったら、プライドが高いタタリ王子は激怒するだろうな。もちろん、ウシミツドキ国王もだ。君の女装が原因で、外交問題に発展しかねない」
「が……外交問題……」
「ウラメシヤ王国は、国土はそんなに大きくないが、資源が豊富なお金持ちの国だ。日本もたくさんの資源を輸入して、ウラメシヤ王国にはお世話になっている。だから、ウラメシヤ王国とはケンカをしたくない。というか、わたしはそんな面倒ごとで頭を悩ませるのは嫌だ。なにせ、わたしの名前は『メンドウ・イヤゾウ』だからな!」
そんなことを堂々と宣言しないでくださいよ、内閣総理大臣!
「というわけで、ウラメシヤ王国とは友好関係を保っていたいので、君には女の子のふりをして王子としばらくお付き合いしてほしい。そして、最終的には、『ごめんなさい。あなたのことは友達としては大好きだけど、恋人にはなれないわ』とかなんとか、適当な理由をつけて振ってくれ。それなら王子のプライドに傷がつくのも最小限におさえられるし、一番丸くおさまるだろう」
「はぁ~⁉ そんな無茶ぶりをしないでくださいよ! 学校で、これからずっと女の子のふりをしろっていうんですか⁉ 絶対にバレますよ!」
「世界一かわいいのだろ? 君ならいけるいける。あとは君にまかせたから、日本とウラメシヤ王国の友好関係を君の女装で守ってくれ!」
「無理‼ 無理無理無理ぃー‼」
ボクはそうさけんだけれど、電話はガチャンと切れてしまった。
「では、宮妻ノゾムくん……いいや、宮妻ノゾミちゃん」
校長先生が静かにボクの肩に手を置く。ボクはビクッと体をふるわせた。
「……いまから、女子の制服を着ようか。クラスメイトたちには高坂先生がいまごろ事情をちゃーんと説明してくれているから、安心しなさい」
「なにも安心できませんよ!」
ボクはそう抗議したけれど、校長室に女の先生たちがぞろぞろと入って来て、
「はい、保健室で着がえましょうね。あと、王子様にバレないように、ほんのりメイクしましょうか。本当は校則違反なんだけど、非常事態だから仕方ないわ」
と言いながらボクを引きずっていったのである。
「たーすーけーてぇーーーっ‼」