2 文化祭でガール(?)・ミーツ・ボーイ!
ボクたちの中学校の文化祭は、地元の人たちも見学することができる。だから、文化祭の当日は生徒だけでなく学校外の人たちで大にぎわいになると先輩たちから聞いていた。その話はどうやら本当だったみたいだ。
「うひゃぁ~! すごい大盛況だなぁ~!」
ボクは、お客さんが注文したジュースやお菓子を運ぶために、スカートをひらひらとはためかせながら、教室の中をぐるぐると走り回っていた。ボクと同じようにメイド服で接客をしている水野さんや織目さんもすごくいそがしそうだ。
姫路さんは、宣伝用の看板を持って、メイド喫茶の宣伝のために校内を歩き回っている。
せっかくかわいいメイド姿なのに、お客さんの接客をしないなんてもったいないなぁ~……。
「すごい人だねぇ、俊介」
ボクは、ジュース準備係の俊介からオレンジジュースを受け取りながら、そう言った。
「一年C組にものすごい美少女がいるっていうウワサが流れているらしいからな……」
俊介はボクをじっと見つめて、そう言った。
「え?」
ボクは振り向き、テーブルに座っているお客さんたちを見た。
男の人たちは、ボクのほうを見てニヤニヤしている。女の人たちも、うっとりとした表情でボクを見ていた。
「も……もしかして、みんな、ボクが目当て?」
「どう考えても、そうだろう」
「……男だということがばれたら、みんながっかりするだろうなぁ……」
「がっかりするどころか、リンチにあう危険があるから気をつけろ」
こ、こわいことを言わないでよ、俊介……。
でも、みんなの夢をこわすのも悪いし、気をつけよう。
というわけで、もっと女の子らしく振る舞わなきゃ。
「お待たせしましたぁ~! オレンジジュースでぇ~す!」
ボクは、とびきりの笑顔で、高校生ぐらいの男の人が座っている席にジュースを持って行く。その高校生は、顔を真っ赤にしながら「ど、どうも……」とジュースを受け取った。
「ノゾミちゃーん! お、オレもオレンジジュースひとつ~!」
近くのテーブルのお客さんに声をかけられ、ボクはニコリと笑いながら「はーい♪」と返事をする。その笑顔が男たちの心にグッとくるものがあったのか、ボクを見ていた男性客のほとんどがデレデレと鼻の下をのばした。
「くっくっくっ。ノゾミちゃん効果、ばつぐんね!」
織目さんがすれちがいざまにボクにそう耳打ちする。まんざらではないボクは、軽くウィンクする。
最初は女装なんて恥ずかしいから嫌だと思っていたけれど、こんなにもみんなに「かわいい、かわいい」と言われるのは、悪い気がしない。かわいいものが大好きなボクが、「かわいい存在」そのものになれているんだから、恥ずかしさよりも幸福感のほうがまさっていた。
「み、みんな! 大変、大変! 一大事だよ~!」
お昼の時間帯になってお客がさらに増え、いよいよ大いそがしになったころ、姫路さんが教室にもどってきた。なんだかとってもあわてている様子だけど、なにかあったのかな?
「落ち着きなよ、ヒメヒメ。看板を振りまわしたら危ないって。興奮しすぎだってば」
「これが落ち着いていられるかってんだぁ~! …………こ、こほん」
え? いま、姫路さんがものすごく乱暴なしゃべりかたをしたような……。
というか、あんなでかい看板をブンブン振りまわして重たくないの? 姫路さんって、かわいい顔に似合わず力持ち?
「お、落ち着いてなんかいられないよ、糸子ちゃん! ものすごく美形な外国人の男の子がうちの学校の文化祭を見物に来ているらしいのよ!」
「へぇ~、それはすごいね。でも、イケメンの外国人が文化祭に来たからって、なにか困ることある?」
「その子、すっごくわがままで、クレープ屋をやっている一年A組のクレープを『ブタのエサよりもまずい!』ってさんざんにこきおろしたり、二年B組の焼きそばを『なんだ、このゴムみたいな食感の麺は。まずくて吐きそうだ!』って嫌味を言ったり、めちゃくちゃ言いたいほうだいなんだって! その子にけなされた生徒たちはすっかり自信喪失しちゃって、お葬式の会場みたいに暗くなっているの……」
「あ、あばばばば……。そんな迷惑なクレーマーがうちのクラスにも来たら、どうしよう……」
水野さんが顔を真っ青にして、そうつぶやいた。
ケチをつけられるのも嫌だけど、その外国人の男の子のせいでボクたちのメイド喫茶の評判がガタ落ちになったら困っちゃうよね……。
「おい、そこの女。入口の前で突っ立っているな。邪魔だ、どけ」
ウワサをすれば影。
ボクたちが姫路さんの話を聞いていると、背が高い金髪の美少年が教室前に急にあらわれ、姫路さんにそう声をかけた。
「わ、わ、すみません……」
姫路さんはあたふたと道をあける。金髪のイケメンはフンと鼻を鳴らして姫路さんをいちべつすると、教室に入って来た。
「おい、そこのメガネ。ここはどういう店だ」
「メイド喫茶ですけど……」
織目さんが、やたらと態度がでかい金髪イケメンに、ムッとしながら答える。
「メイド喫茶だと? ハン、低俗だな」
金髪のイケメンはそんな悪態をつきながら、テーブルに座った。
うっわー、感じわるぅ~い!
「この店で一番豪華なデザートを持って来い。あと、飲み物はリンゴジュース」
金髪のイケメンは、乱暴な命令口調で姫路さんにそう言った。
こいつ……。姫路さんによくもそんな態度を……。
「おい。あいつ……もしかして姫路がさっき言っていたクレーマーじゃないのか?」
俊介がボクに小声で言った。
「もしかしなくても、そうだろうね。早く帰ってくれないかなぁ……」
だいたい、中学校の文化祭でやっている喫茶店で豪華なデザートとかあるわけがない。せいぜい、アイスクリームにイチゴとクッキーを適当につっこんだ、なんちゃってパフェぐらいだ。「なんだ、このボリューム不足のパフェは。こんなものを客に出して、恥ずかしくないのか」なんて、文句を言われるに決まっている。
「姫路さん。ボクが持って行くよ」
姫路さんがクレーマーにグチグチと嫌味を言われるのは嫌だと思ったボクは、パフェとリンゴジュースをのせたお盆を金髪イケメンのところへ持って行こうとしている姫路さんにそう声をかけた。
「だ、だだだだいじょうぶ……。わたし、ちゃんと運べるから。い、いくら家事がぜんぜんできない女子力ゼロのわたしでも、パフェを運ぶくらいは……」
「あ、あの、姫路さん……?」
「チッ……。瓦をたたき割るのは簡単なのに、どうしてこういうことになると体が自由に動かないのよ……」
「え? いま、舌打ちした? も、もしもーし? お盆を持っている手がプルプルふるえているけれど、どこか具合が悪いの?」
「し……集中しているから、話しかけ……」
そこまで言いかけた時、姫路さんは唐突に転んだ。なにかにつまずいたのではなく、自分の右足を左足でふんでしまい(なぜ⁉)、前のめりにたおれてしまったのである。
「ど、どわぁぁぁーーー‼ やっちまったぁぁぁーーー‼」
姫路さんは、パフェとジュースがのったお盆を宙へとほうり投げ……。
べしゃ‼
パフェのアイスは金髪イケメンの顔面に命中。イチゴは鼻の両穴につっこみ、クッキーはふさふさの金髪につきささった。そして、リンゴジュースはイケメンの胸元をびしょびしょにぬらした。
びしょびしょの美少年。なんちって。
いや、そんなダジャレを言っている場合じゃない。大変だ。姫路さんがあんなにも不器用だったということもおどろきだけど、よりにもよってクレーマーの外国人美少年にとんでもないことをしてしまった。
「な、なにをする! 庶民ふぜいが、ウラメシヤ王国の王子であるオレをはずかしめる気か!」
案の定、金髪イケメンは激怒して立ち上がり、姫路さんを大声で怒鳴った。
姫路さんはペコペコと頭を下げながら「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさーい!」と必死にあやまっているけれど、金髪イケメンの怒りはおさまりそうにない。
「ウラメシヤ王国の王子? たしか、そういう名前の国の王様とその家族が、日本との親善を深めるために、いま日本に遊びに来ているって朝のニュースで言っていたような気が……」
織目さんがブツブツとひとりごとを言っているのが聞こえた。
王子ぃ~? あの性格の悪そうなのが、本当に王子様なのか?
たとえ本当の王子だったとしても、なんでこんなどこにでもあるような中学校の文化祭の見物に来ているんだ?
それに、「ウラメシヤ王国」ってなんだか不吉な名前だなぁ……。
「ふざけたメイドだ。そこに土下座してあやまれ!」
「う、ううう……」
姫路さんは、王子(?)に怒鳴られて、右手をプルプルふるわせながらうつむいた。ふるえる右手を左手でギュッとおさえている。まるで、なぐりたいのを必死にがまんしているように見える仕草だけれど、きっとおびえているのにちがいない。
姫路さんはちゃんとあやまったのに、あそこまで言うことはないじゃないか! 土下座なんてさせないぞ!
ボクは女装していることも忘れて、ズカズカと大股で歩いて姫路さんと王子の間に割って入り、王子に「そこまでにしときなよ!」と怒鳴った。
「なんだ、おまえは。オレはこいつを叱っているんだ。邪魔するな」
王子はそう言いながら、ボクの顔を見る。すると、王子はおどろいたような表情で固まった。
え? なに? ボクの顔になにかついているの? 姫路さんならうれしいけれど、男にじろじろ見つめられても、ぜんぜんうれしくないよ。
「な、なんだよ、急にだまっちゃって。王子だかなんだか知らないけど、女の子に怒鳴るなんて、男として最低だぞ!」
女装しているボクが言うのもなんだけどさ。でも、やっぱり、女の子がいじめられているのを見過ごすわけにはいかないよ。
「…………」
イケメン王子はだまりこんだまま、一歩、二歩とボクに歩み寄って来た。
な、なんだよ? やる気か⁉
いいよ。受けて立ってやるよ。二歳年上の姉に腕相撲で負けちゃうボクだけど、女の子をいじめるヤツなんかにビビってたまるか!
ほ、本当に、これっぽっちも、び……ビビってなんかないぞ!
ボクはスカートのすそをギュッとつかみ、ちょっと瞳をうるませながら、上目づかいでイケメン王子をにらんだ。
クラスの男子の中で一番身長が低いボクに対して、王子は高校生ぐらいの身長だから、圧倒的な体格差だ。……なぐられたら、吹っ飛んじゃうかも。
「……おい。オレの親友に手を出すな」
俊介が拳をボキボキ鳴らしてこっちに近づいて来る。
「外国の王子をなぐったら、まずいって!」
まわりのみんながあわてて俊介を止めた。そうこうしている間に、王子はボクのあごを指でクイッと持ち上げ、ニヤリと笑った。
な、なんだ、なんだ? なにをする気だ⁉
「……気に入ったぞ、おまえ」
王子はボクの耳元にそうささやいた直後――ボクのほっぺたにキスしたのだった。
「の……のえええぇぇぇぇぇ⁉」
衝撃のあまり、ボクは気絶してしまった……。