15 秘めた恋心
ボクがどこかの屋敷の一室に監禁されてから三時間ぐらいがたった。
晩ご飯はちゃんと食べさせてもらった。晩ご飯のメニューはウラメシヤ牛の肉を使ったハンバーグ。本当はそんな縁起でもない名前の牛肉なんて食べたくなかったけど、お腹が空いていたので仕方なく食べた。本当にもう、仕方なく……。
え? 味はどうだったかって? 考えていたよりもずっとおいしかったけれど、ハンバーグにかかっていたウラメシヤ名物イキチ・ドクドク・ソースというのが、どくどくと流れる生き血みたいに真っ赤で不気味だったんだよねぇ……。
食べてみたら、ふつうのデミグラスソースとあんまり味は変わらなかったけど。
……それにしても、タタリ王子のヤツ。ボクをこんなところに監禁しておいて、一度もこの部屋に顔を出さない。いったいどういうつもりなんだろう。
「あの……カナ・シバリさん。タタリ王子はここにはいないんですか?」
監視するように命じられているのかずっとボクのそばにいるカナ・シバリさんにそうたずねると、彼は「王子様と会えなくてさびしいのですか? ご安心ください。ちゃんといらっしゃいますよ」と答えた。
「ぜんぜんさしびくなんかないから……」
「ふふふ。そういうツンデレなところも、ノゾミ様はかわいいですね。今、王子様は戦いの準備をしていておいそがしいのですよ」
「戦いの準備? だれと戦うんですか?」
「もちろん、ノゾミ様のご友人たちです。変人ぞろいの彼らのことですから、ウラメシヤ王家の威信に恐れをなすこともなく、ノゾミ様を助けに来るかも知れませんので」
変人ぞろいって……。あなたたちにだけは言われたくないよ……。
でも、姫乃ちゃんや俊介たちクラスメイト、お母さんとななみん親衛隊がこのままだまっているとは思えないのは事実だ。なんらかの手段を使ってボクの居場所を探し出し、ボクを救出に来るだろう。
……助けに来てくれるのはうれしいけど、また昨日の夜みたいな大事になりそうでこわい。ボクが誘拐されちゃった時点ですでに大事だろうけど。外交問題とかだいじょうぶかなぁ~……。
ボクがそんなことを考えていると、ドアをコンコンとノックする音がして、クチサケ王妃が部屋に入って来た。王妃もこの屋敷に来ていたんだ。ということは、ウシミツドキ国王もここにいるのかな?
「ノゾミちゃん。ごめんなさいねぇ、うちのわがまま鬼畜王子が迷惑をかけて。わたしはなんとかしてあなたをお家に帰してあげたいのだけど……。息子に甘くて三段腹の国王がタタリ王子の味方をしちゃっているから、わたしではどうしようもないのよぉ~」
クチサケ王妃はもうしわけなさそうにボクにあやまってくれた。
王族の人間が庶民に頭を下げるなんて、ふつうなら絶対にありえないことだ。王妃のその誠意はうれしい。ただ、相変わらずの天然の毒舌だったので、ボクは苦笑してしまった。
王妃様、夫のウシミツドキ国王のことを「三段腹」とか悪口を言っちゃってだいじょうぶなんですか?
でも、あやまってくれるということは、こっちの要求も少しは聞いてくれるかも知れない。そう思ったボクは、ついうかつなことを言ってしまった。
「あの……。せめてお風呂には入らせてください。汗をかいちゃって気持ち悪いんです」
「あらあら。気がつかなくてごめんなさい。女の子だから体をキレイにしたいわよね。わかったわ。三段腹国王の命令でこの部屋からは出せないけれど、カナ・シバリにノゾミちゃんの体を洗わせましょう」
「え? か、カナ・シバリさんがわたしの体を……?」
「カナ。ノゾミちゃんの体をぬれタオルでキレイにふいてあげなさい」
「はい。かしこまりました」
ち、ちょっと待ったーーーっ!
カナ・シバリさんって、ものすごく美形だけど男なんでしょ⁉ 王子の妃候補であるボクを裸にして体を洗ってもいいの? ふつう、妃候補の少女の裸を男の家来の目にさらさせようとはしないでしょーが!
いや、本当はボク、男なんだけどさ! 男同士だから本当は問題ないんだけど! でも、裸を見られて男だとばれたら別の意味で絶対にヤバイ! ボクをお嫁さんにするためにここまでしたのに、「実は男でした! てへっ☆」てなったらタタリ王子に殺される……!
「では、ノゾミちゃんのことをたのみましたよ」
そう言い残し、クチサケ王妃は部屋を出て行った。ボクとカナ・シバリさんは再び二人っきりになる。
「ノゾミ様。では、さっそく制服をぬいでください。体を洗った後はパジャマをお持ちしますので」
「ま、待って? ちょっと待って? カナ・シバリさんがわたしの裸を見たらマズイでしょ?」
ボクがじりじりとあとずさりながらそう言っても、カナ・シバリさんはケロリとした顔で「いえ、何もまずくはないと思いますが」と答えた。
「なんでやねーん! なんでやねーん! ……あっ、あっ、やだやだ! 服をぬがさないでぇ~!」
ボクはカナ・シバリさんに服をぬがされそうになり、何とか抵抗しようとした。
でも、部屋の中を逃げまわっても足がおそいのですぐにつかまってしまい、女子よりも非力なボクが暴れてもたいした抵抗にはならず……。
あれよあれよと言う間に制服をぬがされ、下着までぬがされてしまった……!
「おや? ノゾミ様はかわいらしい見た目に反して男物っぽい下着なのですね。…………うん? んんん⁉ こ、これは……!」
ガッデム! 一番見られたらマズイものを見られた!
「き……きゃぁぁぁぁーーー‼」
部屋中に金切り声がひびきわたる。ボクの悲鳴ではない。カナ・シバリさんの声だった。
「やだ、やだ、お、男⁉ 王子様の妃候補が……お、お、おおおおお‼」
「お、落ち着いてください!」
あまりさわがれて人がやって来たら大変なので、ボクはカナ・シバリさんの口をふさいだ。
「む、むぐぐぅ~!」
「ええ、そうですよ! ボクは男です! 王子に女の子だとまちがわれて、こんなとんでもない目にあっているんです! ……だけど、男のあなたがなんでそんなにも顔を真っ赤にして恥ずかしがっているんですか? まるで、女の子みたいな……」
ボクがそこまで言いかけると、カナ・シバリさんはボクの手を払いのけ、全裸のボクから顔をそらしながら衝撃的な発言をするのだった。
「…………実は、わたしは女なんです」
「え……? ええええぇぇぇーーーっ⁉」
今度は、ボクがさけぶ番だった……。
「なるほど……。文化祭でメイドさんのかっこうをしていたら、タタリ王子に女性だとまちがえられてしまったのですか。ノゾミ様……いえ、ノゾム様は女性よりも女らしいですからね」
ぬがされた服を着なおしたボクが今まで女装していた事情を説明すると、カナ・シバリさんは納得してくれた。カナ・シバリさんはさっきまで顔を真っ赤にして興奮していたけど、ようやく落ち着いたようだ。
「カナ・シバリさんはどうして男装しているの? 女の子が男装しているのってかっこよくていいとボクは思うけど」
「前にもお話しましたが、わがシバリ家はウラメシヤ王家に代々お仕えしてきた一族です。だから、わたしも幼いころからタタリ王子にお仕えしていました。
でも、王子は昔から大の女嫌いで、そばには男のボディーガードしか置きたがらなくて……。だから、わたしは親の命令で男のふりをして王子のおそばにいることになったのです。このことを知っているのは、家族以外では王妃様だけです」
「本人の意思じゃなくて親に命令されたの? それはひどい!」
と言いつつ、そういえばボクも自分の意思とは関係なく女装させられていることを思い出した。女装した自分があまりにもかわいいので「別にこのかっこうのままでもいいかな」となかば納得しちゃっているけど。
「……でも、それでよかったんです。だって、男のふりをしているおかげで、あこがれの王子様のおそばにいられたのですから」
カナ・シバリさんはちょっと切なそうな表情をして、ボクにそう言った。タタリ王子への想いを語るカナ・シバリさんの横顔はとても美しくて、やっぱり彼女は女の子なんだなとボクは実感するのだった。
「カナ・シバリさん、もしかしてタタリ王子のことが……」
「…………」
カナ・シバリさんはポッと頬を染めてうつむいた。恥じらっている仕草がとってもかわいい。
「ねえ、カナ・シバリさん。あなたは男としてタタリ王子のそばにいられたら満足なのかな? それとも、女の子として愛されたい?」
「そ……それは……。本音を言ったら、女の子として王子のおそばにいたいです。でも、タタリ王子は大の女嫌いだから……」
「けれど、女装したボクのことは好きになったよ? つまり、女は絶対に恋愛対象にはならない、というわけではないっていうことだよ」
「あっ……。そ、そういえば、そうですよね……!」
カナ・シバリさんはキラキラと目を輝かせ、ボクを見つめた。
「タタリ王子はどういう女の子なら好きになれるのか研究して、じっくり対策をねってからなら女の子としてアタックしてもいいんじゃない?」
「なるほど! とてもいいことを教えてくださり、ありがとうございます! タタリ王子の妃候補のあなたにこんな素晴らしいことを教えていただくなんて、何だかもうしわけないです。わたし……全力でがんばってノゾム様からタタリ王子を取っちゃってもいいんでしょうか?」
「当たり前だよ。ていうか、ボクにはちゃんと好きな子がいるし、タタリ王子の妃になんかなりたくないもん。男だとばれたら殺されそうだし。タタリ王子がカナ・シバリさんのことを好きになってくれたらボクもあのわがまま王子から解放されるんだから、どんどんがんばっちゃってよ!」
「ああ……ノゾム様はなんていい人なのでしょう。まるで天使のようです。ご自分と王子の将来を犠牲にしてまでわたしの恋を応援してくださるなんて……。くすん、くすん」
カナ・シバリさんは感極まった表情でそう言い、ぽろぽろと涙を流した。
あ、あの……。「ご自分と王子の将来を犠牲に」って、まるでボクがタタリ王子に恋しているように聞こえるんですが……。ウラメシヤ王国の人たちって、あんまり人の話を聞かないよね……。
「ま、まあ、なにはともあれ、タタリ王子がボクのどんなところが良くてほれちゃったのかボクも考えてみるよ。もしわかったら、カナ・シバリさんに教えてあげるね」
「なにもかもありがとうございます、ノゾム様。あなたはわたしの恩人です。どうか、他人行儀にフルネームで呼ばず、『カナ』とお呼びください」
あっ、そうか。「金縛り」を連想しちゃって、つい「カナ・シバリさん」って呼んでいたけれど、これは彼女のフルネームだった。ふつう、友達の名前をフルネームでは呼ばないもんね。
「うん、わかった。これからよろしくね、カナちゃん」
ボクはニコッとほほ笑んだ。すると、カナちゃんは「か、かわいい……。女のわたしよりもかわいい」とつぶやく。
「……こんなにもかわいかったら、男だとわかっていても、男の人たちはノゾム様にほれてしまうかも知れませんね」
ふ……不吉なことを言わないでよ。
カナちゃんの言葉にボクがアハハ……と苦笑いしていると、屋敷の外が急にさわがしくなってきた。
なんだか、「わー! わー! わー!」とたくさんの人間がわめいているような声がする。
「なんのさわぎだろう?」
ボクとカナちゃんが窓辺に立って外をのぞくと、暗闇に満ちた庭をおおぜいの武装した男たちが走りまわっていた。
「敵襲だーっ! 総員、武器を持って迎撃せよ!」
「予想していたよりも人数が多い! しかも、屋敷を包囲されているみたいだ!」
「ど、どういうことだ? 敵は、ノゾミ様の学友数名とななみん親衛隊のおっさん四人ではなかったのか⁉」
「わからん! とにかく、だれか国王様と王子様に報告してこい! あと、庭中をライトで照らして明るくしろ! 暗かったら敵の数がはっきりわからないからな!」
どうやら、みんなが助けに来てくれたらしい。
……でも、屋敷を包囲? いったいなにが起こっているんです?




