1 スーパー美少女、爆誕!
中学生になって初めての文化祭がおこなわれたその日、ボク――宮妻望はかつてない「不幸」に遭遇してしまった。そして、それは、ボクやボクの好きな女の子、学校のみんな、ボクの家族までも巻きこむ大きなトラブルの始まりだったわけだけれど……。
「ねえねえ、宮妻くん。ちょっとこっちに来てくれるかなぁ~?」
クラスメイトの女の子たちに笑顔で手招きをされた時点で、なんだか嫌な予感はしていたんだ。あのにやにや~とした笑いかたは、絶対になにかたくらんでいる。直感でそうわかった。
でも、お父さんが仕事でいそがしくてほとんど家にいないため、母・姉・妹という女性中心の家庭で育ったボクは、基本的に女の子の言うことに逆らうことができない。だから、
「え? なに?」
小首をかしげながら女の子たちの集団のところへのこのこと歩いて行った。それが、運の尽きだった。
ボクは、五分後、ひらひらのリボンがついたメイド服を着させられていた。しかも、頭にはロングヘアーのウィッグが……!
「な、なんで、ボク、女装させられているの⁉」
「メイド喫茶で、たくさんのお客さんに来てもらうためだよぉ~。宮妻くん、女子のわたしたちが見てもため息が出ちゃうぐらい顔がかわいいから、女装したら絶対に美少女に化けると思っていたんだよねぇ~。わたしの目に狂いはなかった! わたしたちクラスメイトのために、客寄せパンダになってくれるよね?」
織目糸子さんが、メガネをキラーン☆と輝かせながら、そんな無茶なことを言ってくる。クラスメイトのことをはっきりと「客寄せパンダ」って言いましたよ、この人。
ボクたち一年C組は、文化祭でメイド喫茶をやることになった。最初はふつうの喫茶店をやる予定だったのだけれど、織目さんが、
「せっかくの文化祭なんだし、かわいい衣装を作って、それを着て接客しましょうよ。わたし、お裁縫得意だから衣装づくりはまかせて!」
なんて言いだしたため、メイド喫茶になってしまったんだ。うちのクラス、ノリノリな子が多いからなぁ……。
「ぼ……ボクが女装なんかしなくても、うちのクラスにはかわいい子がいっぱいいると思いますけれど」
ボクはそう言い、ボクの女装姿をじーっと見つめているかわいらしい少女をチラリと見た。
姫路姫乃さん。名前にふたつも「姫」という字がつく、本当にお姫様みたいにかわいい女の子。入学式で出会って以来、ずっと気になっている子だ。
ボクの家族は全員かわいいものが大大大好きだ。家中にはぬいぐるみやファンシーな家具など、かわいいものであふれている。そういう家庭環境で育ったものだから、ボクもけっこうかわいいものに目がない。だから、おとぎ話の国からやって来たお姫様みたいにかわいい姫路さんにひとめぼれしてしまったのだろう。
姫路さんはクラスの男子たちとあまり話さない。もしかしたら男嫌いなのかもと思い、ボクは彼女に積極的に話しかけることができなかった。
でも、そんな姫路さんがさっきからボクをまじまじと見ている。女装したボクがめずらしいのかも。姫路さんに見つめられるのは悪い気はしないけれど、女の子のかっこうをしている時に注目されるのはやっぱり恥ずかしいなぁ……。
「たしかにうちのクラスにはヒメヒメという美少女がいるわ。でもねぇ~、ヒメヒメは接客向きじゃないから……」
ボクが姫路さんをチラ見していたことに気づいたのか、織目さんがもにょもにょとそう言った。「ヒメヒメ」というのは、姫路さんのあだ名だ。
姫路さんが接客向きじゃない? こんなにかわいいのに、なんでだろう?
「織目さん。宮妻くんが嫌がっているのなら、やめたほうがいいんじゃない?」
そう言ってボクに助け舟を出してくれたのは、クラス委員長の水野真奈美さん。とても真面目で融通がきかないところがあるけれど、クラスメイト思いの優しい子だ。
「でもさ、真奈美ちゃん。こーんなにも絶世の美少女に仕上がったのに、宮妻くんが接客をしないなんて、もったいないとは思わないの?」
「そ、そんなこと……」
水野さんはそこまで言いかけて、ボクをチラッと見た。
「……もったいないとは思うけれど…………」
えーーーっ⁉ ち、ちょっとぉ~!
「で、でも、無理強いするのはやっぱりかわいそうだよ」
なんとか持ち直してボクをかばってくれる水野さん。さすがはクラス委員長だ。
「じゃあ、無理強いじゃなかったらいいのね?」
「え?」
水野さんがきょとんとした顔をする。織目さんはニヤニヤ~と笑ってボクを見つめると、ボクに手鏡を手渡した。
な、なんだ? どんな手を使ってくるのか知らないけれど、ボクはこう見えて意志が固い男なんだ。ほいほいと女装姿で接客なんかしないぞ!
「宮妻くん。鏡に映っている自分を見てみて?」
「ほえ?」
言われるがまま、ボクは鏡を見る。鏡の中には、ぽかんとした表情のかわいらしいメイドさんが映っていた。
「え? え? この子、だれ⁉」
恋する乙女のようにうるんだ瞳。
よく整っていてかわいいお鼻。
つやつやですべすべのほっぺた。
ぷにぷにしていてやわらかそうな唇。
そして、なによりも、そのお人形さんのようなあどけない顔……。
「どこからどう見てもかわいい。まごうことなき美少女だ」
ボクは、鏡に映ったメイド美少女をためつすがめつ見つめる。横で水野さんが「自分で言っちゃったよ、この男子……」と若干ひいていたけれど、興奮しているボクはそれどころではない。
「ボク、女装したらこんなにもかわいい女の子になっちゃうんだ! 知らなかったよ!」
「フッフッフッ……。宮妻くんがかわいいもの好きだということは、調査済みなのよ。かわいいもの好きの宮妻くんが、自分のかわいくなった姿を見て大喜びするのは当たり前!」
「そんなバナナ……」
真面目な水野さんにはついていけない様子。でも、織目さんの言っていることは当たっていた。
「ねえ、宮妻くん。宮妻くんがどうしても女装が嫌だというのなら、今すぐにそのかわいらしいメイドさんのかっこうから元の男の姿にもどしてあげるけれど、どうしたい? メイドさんの服なんて文化祭みたいな特別な日にしか着られないと思うんだけれどぉ~……」
「今日一日、このままでいいです!」
「くっくっくっ。計画通り……」
織目さんは邪悪な笑みを浮かべ、水野さんはハァ~とため息をついた。遠巻きからボクを見つめている姫路さんは、なぜかキラキラと目を輝かせている。
こうして、策士・織目さんの策略によって、メイドさんの宮妻ノゾム……ううん、宮妻ノゾミちゃんが爆誕してしまったのである。
「お……おい、ノゾム。そのかっこうはどうしたんだ?」
織目さんからようやく解放されたボクが、ジュースを準備する係の柊俊介のところに行くと、俊介は困惑げにボクにそう聞いてきた。
俊介は幼稚園のころからの付き合いで、無二の親友。無口で強面なせいでこわい人だと誤解されやすいけれど、とてもいいヤツである。
「俊介。今日だけはノゾミちゃんと呼んでくれ」
自分が「かわいい存在」になっているという幸福感のせいでハイテンション状態のボクは、フッと笑いながらそんなことを言った。
「……よくわからんが、わかった。嫌々そんなかっこうをさせられているわけではないんだな?」
「うん。……どうだ? 似合うか?」
ニコニコ笑顔のボクは、すそのながいスカートをつまみ、くるりと一回転してみせた。すると、男子たちが「おおっ……! ノゾミちゃんだ! 美少女ノゾミちゃんが爆誕したぞ!」とはしゃぎはじめた。
ノリノリな生徒が多い一年C組。ご多分に漏れず、ボクも十分ノリノリになりやすいたちだった。調子に乗りやすい、とも言うけどね。
「……おまえの性別を危うく忘れそうになるていどには、似合っている。でも、いいのか? 姫路さんにもそのかっこうを見られるんだぞ?」
ボクが姫路さんにほれていることを知っている俊介が、小声でそう言った。俊介は、幼なじみの恋路の心配をしてくれる、本当にいいヤツだ。
「だいじょうぶ。姫路さんも、目をキラキラさせてボクを見ていたから。たぶん、かわいいと思ってくれているんだよ」
「好きな女子にかわいいと思われるのは、男としてどうなんだよ」
「なに言っているのさ。『かわいさ千里を走る』ということわざがあるぐらい、かわいいことは素晴らしいことじゃないか。かわいいものを見ているだけで、人間は心が癒されるんだよ?」
「そんなことわざ、ねーよ……」
冷静な性格の俊介は、ちょっとあきれたようにため息をつき、ボクにツッコミを入れた。
「みなさーん。そろそろ学校外のお客さんたちがやって来る時間だから、喫茶店の準備を急いでくださいね~」
一年C組の教室に入って来た高坂美衣子先生が、小さな体には似合わない大きな声でそう言った。
ボクたちのクラスの担任の先生である高坂先生は、今年大学を卒業したばかりの新人教師だけれど、女子生徒たちとほとんど身長が変わらない小柄な人で、クラスのみんなからは「ミイちゃん先生」と呼び親しまれている。かわいいものに目がないボクも、もちろんミイちゃん先生のことが好きだ。
「あ、あわわ! 早くしないと開店準備が間に合わないかも! みんな、急ぎましょ!」
クラス委員長の水野さんが、両腕をブンブンと前にふりながら(テンパった時の水野さんの癖)、ボクたちにそう呼びかけた。
「よぉ~し、楽しい文化祭の始まりだ! がんばるぞ! おーーーっ‼」
まだハイテンション状態が続いていたボクは、バンザイしながら軽くジャンプして、気合いを入れた。
「ノゾミちゃん! スカートで飛びはねちゃダメ! 短パンが見えるよ⁉」
織目さんに注意されて、ボクはあわててスカートのすそを両手でおさえるのだった。




