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第51話 呪いの解除

「おい、鏡! いったい何を言っている!?」


 魔王の息子グレイフィールは思わず怒号を発していた。

 魔法の鏡の精が、あまりにも耳を疑うようなことを言ったからだ。グレイフィールは鏡越しにヴァイオレットを叱りつけた。


「それがどういうことかわかっているのか!? 勝手に自分の命を犠牲にしようなど、私は許さんぞ!」


 一方のボルケーノは、目の前の鏡から急に別の男の声がしてきたのでびっくりしている。


「ど、どちら様ですか? ヴァイオレットさんのお知合い、ですか?」

「あー……。あれ、アタシの制作者よ。さっき話した王子様。魔王の息子、グレイフィール・アンダー様っていうの。もう、そんなに怒んなくてもいいじゃなーい!」

「ま、魔王の息子!?」


 ヴァイオレットはボルケーノにその姿を見せてやることにしたのか、鏡面にグレイフィールの姿を映し出した。


「あ、あなたが……」


 ボルケーノは初めて見る相手に目を見張った。

 歴史をひもとけば、「魔王の息子」が産まれたのは停戦中の、おそらく自分やヴァイオレットが産まれた頃と同時期ぐらいだろう。

 しかし、その姿は青年のように若々しかった。


 ボルケーノは「フォックス」の社長ダイナーを思い出した。

 彼も魔族と人間のクォーターだった。あれもだいぶ若かったが、魔王の息子はさらに若い。


 黒い二本の角がある以外は、ただの青年だった。だが、グレイフィールにはダイナーにはない強力な魔力が周囲に渦巻いている。

 なまじ自分が魔術師だから、わかるのだ。グレイフィールは魔王に匹敵するほどの恐ろしい力の持ち主だった。


「さきほどは商談中のところを失礼したな。少し偵察をさせてもらっていたのだ。ミッドセント王国の宮廷魔術師・ボルケーノ、お前は……うちの鏡が人間だった頃に暗殺をしにきたそうだな?」

「……!」


 自分が、ヴァイオレットを暗殺したと知っている……!?

 ボルケーノは驚きのあまり声を失った。


 ヴァイオレットが自分でそのことを話したとしか思えないが……しかし、ヴァイオレットはボルケーノに危害を加える意図はないと言っていた。この魔王の息子は……どうなのだろうか。代わりに罰を与えにきたのか。


「ふん。別に私も、お前に興味はない。鏡自身も恨んではいないと言っていたしな」

「で、ではなぜ……」

「そやつが、決戦前にお前とどうしても話をしたいと言うので望み通りにしてやったのだ。しかし……まさか父上の呪いを解くために、自分の命を犠牲にしようとするとは。それは黙って見逃せぬ。私の夢、魔界と人間界の和睦のために……協力者が一人でも欠けては困る」

「和睦……。本当、だったのですね」


 今は鏡面に映っていないヴァイオレットに向け、ボルケーノはつぶやく。


 魔王はさておき、その息子グレイフィールは本当に両種族の和睦を願っていた。

 本人から直接それを聞いた今、ボルケーノはようやくその話を信じてみようという気になった。


「で? どうだ、鏡からも聞いていたとは思うが、私に協力してみる気はないか?」

「……。あなたもですか。僕の呪いを本当にどうにかすることができたなら……考えてみます」

「ほう? 言ったな?」


 グレイフィールはニヤリと笑みを浮かべる。

 そして、おもむろに鏡に向かって言った。


「よし、では鏡。お前がさっきやろうとしてたことをさっそく実行してみろ」

「はあっ? 止めに来たんじゃなかったの?」


 さっきと百八十度違うことを言い放った主に、ヴァイオレットは噛みつく。


「いいからやれ。お前がやろうとしたことの仕組みは理解してるつもりだ。私がそばについているんだ、大船に乗ったつもりでいろ」


 その言い方に、ヴァイオレットはぴんとくる。

 グレイフィールには何か考えがあるようだ。


「あーもう! アタシ以上に頭が切れる王子様に、そんなこと言われちゃったらやらざるを得ないじゃない! はあ……。じゃあ、失敗したときのために先に言っておくわ。今までありがと。じゃあね」

「ふざけるな。失敗はしない」

「あー、あーもう!!!!」


 ヴァイオレットはちっと舌打ちをしてから、魔力を解放した。

 途端に鏡がみるみる地面に降下する。

 鏡面には何も映っておらず、ボルケーノは思わずそれを覗き込んだ。


 するとぐるんと視界が反転する。

 気づけばボルケーノは、さっきまでグレイフィールが映っていた鏡の中に移動していた。

 目の前には巨大な寝台に倒れている自分の姿が映っている。


「こ、これは……!」


 ヴァイオレットの宣言したとおり、ボルケーノの魂とヴァイオレットの魂が入れ替わったようだった。

 ということは目の前に倒れている自分は……。


「ぐっ……かはっ……。久しぶりの……肉体は……さ、最悪の気分だわ……」


 肩で息をしているそれは、ヴァイオレットの口調でしゃべっている。

 どうやら「入れ替わり」が成功したらしい。


「ヴァイオレットさん!」

「ふふ……うふふ……へえ? こういうつなげ方をしたの……。なるほどね……。魔王様の魔力を封じたわけじゃなくて、自分と魔王様の魔素の流れを同一化させた……でも、どうやって?」


 寝台の上でむくりと起き上がると、ヴァイオレットの魂が入ったボルケーノはじっと己の両手を見つめた。


「こんなの、アタシみたいな空間魔法が使えなきゃできないはず。火炎の魔術師ってこういうのもできるの?」

「ああ、そういうことですか」


 鏡の中のボルケーノは不思議そうにしているヴァイオレットに説明してやる。


「あなたをその……暗殺したときに、呪具のお世話になったんですよ」

「呪具?」

「はい。あの貴族たちに渡されたんですが……それを持ったまま対象となる魔術師を殺すと、その能力の一部を自分のものにできるとか。あの人たちは一応あなたの能力が失われるのを惜しいと思っていたみたいですね」

「ほんっと……ムカつくムカつくムカつくッ! あいつらいつかまとめて地獄にたたき落としてやるわ」


 ヴァイオレットは拳を何度も手元の寝具の上にたたきつける。

 しかし、それもすぐに収まった。


「ハッ、こんなことしてる場合じゃないわ。つまりアナタは……アタシの空間魔法の一部を使って、自分と魔王様の魔力回路の同一化をはかったのね? そしてそれは、アナタが死なない限り切れない。なぜならこの力は本当のアナタの力じゃないから……。そういうことかしら」

「はい。その通りです」

「やっぱり、アタシならそれができるのね。まあ? たとえどんな理由があったとしても……アタシだったらこの呪いを解除できる自信があったからこういう行動に出たわけなんだけれど。その話を聞いてますます自信がついたわ」

「そうですか……」

「ただし、アタシだけが死ぬリスクがあるのは変わらないわ。だって、アナタの肉体はもう……限界なんだもの」


 そう言って、ヴァイオレットは残念そうに自らの、ボルケーノの体を見下ろす。


「この呪いを実行したせいね。無理がたたったんだわ。これはどんな回復魔法をかけても、回復薬を用いても、根源的なところが変わっていないから……。でももうそれもお終いにしましょう。いい?」

「はい、それが僕の贖罪になるなら……。しかし……」

「ああ、村のやつらか。貴族からの報復が怖いか?」


 ボルケーノは背後からグレイフィールに声をかけられて、振り返った。

 後ろにはもう一つの鏡がある。

 その向こうにはグレイフィールの姿があった。


「安心しろ。お前の肉体が死を迎えたら、そっとまた元の部屋に戻せばいい。そうすれば、しばらく死の真相はわからないままだ。魔王が同時に死んだかなど確認しようもないからな。はっきりするとすれば、大戦争が開幕した時だ。私は父上のかわりに魔族を率いることになった。そこで停戦と和睦を持ち掛ける。お前には……できたらその際の一助となってもらいたい」

「僕に、何ができるでしょうか」

「それはお前次第だ。話を聞く限り、空間魔法を一部使えているということだから、このまま魔法の鏡の精としても十分役に立つだろう。だが、このまま天に召されたいといっても、私は手を貸す」

「……」


 ボルケーノはもう一度前を向いた。

 そこにはとうに覚悟を決めているヴァイオレットがいた。


「ヴァイオレットさん……」

「なに?」

「わかりました……では、終わりにしてください。お願いします」

「わかったわ」


 ヴァイオレットはふたたび魔力を解放する。

 すると、ボルケーノの体はぐらりと寝具に沈み、そのまま寝台とともに森から姿を消した。


「ヴァイオレットさん!?」

「落ち着け。おそらく最後の力を振り絞って、ミッドセントの王城に転移したのだ。やつは……やはり、死んだか」


 背後には、そう言って目を伏せているグレイフィールがいる。

 ボルケーノはいたたまれなくなって思わず叫んだ。


「ああ、ああ! なんてことだ。僕の代わりに、死んでしまった……。呪いは、呪いは解けたのでしょうか……?」

「それは、後で確認する。それよりもあいつを救う方が先だ」

「え? 救う……?」


 見ていると、グレイフィールは虚空に向かって右手を伸ばし、魔力を解放しはじめた。

 そして、目をカッと見開くと、なにかをその手につかむ。


「ふむ。やはり一度捕まえたものは獲りやすくなるな」


 そう言いながら、空いている左手に魔力で小さな手鏡を作成する。

 そして右手につかんでいるであろう「見えない何か」を手鏡の方へと押し付けた。


 すると――、


「え? アタシ……。あれっ?」

「ひとまずお前はこの手鏡の中にいろ」

「えっ、えっ……? まさか、アタシ……」

「言っただろう、大船に乗った気でいろと。ヴァイオレット、まだまだあの世へは行かせんぞ」


 グレイフィールの持つ手鏡の中には、いつのまにかヴァイオレットの姿があった。

 死したヴァイオレットの魂を、また探し出して鏡に封じ込めたらしい。


「あ……そういうこと。また、助かっちゃったみたいね! 二度目の死もかなりキツかったけどぉ、また王子様のおかげで転生できたわ~! ありがと、冷血王子様! 愛してるぅ~~~!」

「やめろ気色悪い。この手鏡、割るぞ」

「もう!? や、やめてえええ!!」


 ボルケーノは苦笑すると、森側の接続を切った。

 そして、グレイフィールたちのいる、なんだかわちゃわちゃした天幕の方だけに意識を向けたのだった。

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