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第50話 過去との対面

「それじゃあ、行きましょうかね~」


 ミッドセントの王城前に転移していた鏡の精ヴァイオレットは、そう言ってまた宮廷魔術師ボルケーノの居室を目指した。

 午前中に一回侵入騒ぎを起こしていたので、城壁の魔術結界は見直されているかと思っていたのだが……なんの変化もない。


「は? え、嘘でしょ? もしかして……なんの対策も無し? なんでっ、みんな戦場にだけ集中してて、城内はおろそかってこと? アタシもさっき極力、魔力の痕跡を消しながら帰ったけど……それにしたって! 意味不明よおおお!」


 魔族側の手の者が奇襲にやってきた。

 そんな重大事件が起きていたというのに、これはおかしい。


 王城には、ボルケーノ以外にも王族たちなど重要人物が多数住んでいる。

 あんな騒ぎが起きれば、なんらかの警備体制が敷かれてしかるべきなのだが……。


「おかしすぎるわ。これじゃあまるで、最初から騒ぎなんてなかったみたい……」


 ヴァイオレットは困惑したが、そのままボルケーノのもとへと急いだ。

 ボルケーノの居室に入ると、例の魔術師は大きな寝台で眠っている。


「良かった。好都合だわ。またお邪魔虫が来ちゃうかもしれないし、ちょっとだけ別の場所に付き合ってもらいましょ」


 ヴァイオレットは空間魔法を使って、ボルケーノを寝台ごと別の場所に転移させた。

 移動した先は、二人の因縁の土地――ヴァイオレットがボルケーノに暗殺された、国外の森の中。ここなら変に邪魔されることもない。


「ここは、アナタとアタシにうってつけの場所ね。さあ、そろそろ起きて頂戴?」


 陽が傾きかけた森の中は、影の部分がずいぶん濃くなりつつあった。

 足元にはかつてヴァイオレットが家づくりに使った石材が散らばっており、永い時の経過を示すように緑の苔に覆われている。


 ヴァイオレットが回復魔法を少しばかり老魔術師にかけると、ボルケーノはうっすらと目を開けた。


「む……? ここは……」

「ハアイ。さっきはすぐに帰っちゃってごめんなさ~い?」


 ボルケーノの視界に入るように、ヴァイオレットが彼の前に移動する。

 すると、ボルケーノはそのしわに覆われ垂れ下がってきた瞼を、大きくこじ開けた。


「な……っ! あ、あなたは……空間の魔術師、ヴァイオレット・メイザー!」

「うふふ。憶えててくれたのね。光栄だわ~」

「これは……夢? それとも今わの際の幻覚……?」

「そのどっちでもないわよ。これはまぎれもない現実。決戦前に、アナタと一度お話がしたくって」


 ボルケーノはぐぐ、とすぐに起き上がろうとする。

 しかし、ヴァイオレットはあわててそれを止めた。


「ちょ、ちょっと! 無理しないで頂戴。あなたに死なれたら困るわ。アタシも別に危害を加えようってんじゃないんだから、落ち着いて」

「これが、落ち着いていられますか……かつて自分が手にかけた人が、わざわざ僕に会いに来たんですよ? さっき、と言いましたが……。まさか、午前中に侵入してきた賊はあなただったんですか?」

「ええ、そうよ」


 はっきりそう告げると、ボルケーノはヴァイオレットを上から下までまじまじと眺めた。


「その姿……。人間ではありませんね。僕は確かにあなたを殺した。なのに、どうしてそんな姿に……」

「ふふっ。アタシはね、アナタに殺された後、魔界のとある王子様に魂を拾われて、魔法の鏡の精としてよみがえったのよ」

「魔界の王子……?」

「ええ。だから今のアタシは、魔族の一味ってわけ」

「なっ……! ならやはり、僕を殺しに来たんですね?」


 青ざめた顔でそう訊いてくるボルケーノに、ヴァイオレットは声を立てて笑う。


「あははッ! だから、話をしにきただけだって言ってるじゃない。そんな何十年も前に殺されたことなんて、もう恨んじゃいないわ。だから本当に安心して」

「……」


 ヴァイオレットの明るすぎる返答に、ボルケーノは毒気が抜かれたようになった。

 でも、いまいち意図が読めないのか不安そうな顔になる。


「その……。話、とは? 僕に用なんて……両種族の戦いにおいて僕がどういう存在であるかは、すでにご存じのはず、ですよね?」

「ええ」

「何を、頼みに来たんですか」

「ふっ。察しが良くて助かるわ。ずばり、魔王様の呪いを解いてほしいの」

「僕が、それを素直に聞くとお思いですか?」

「……いいえ。簡単には聞いてくれそうもないことくらい、わかってるわ。でも、それでも、それをお願いしにきたの」


 まっすぐ、ヴァオレットはボルケーノの瞳を見つめる。

 ボルケーノはふっと顔をほころばせると、あきらめたような口ぶりで語りだした。


「あなたのご用件はわかりました。でも……もう解くとか解かないとかいうレベルにはないのですよ。これは、一度発動してしまうとどちらかが死なない限り終わらない魔法なんです。だから……僕を殺すのが一番、手っ取り早いと思います」

「そんなこと、したくないのよ。だってあなたにも……理由があったんでしょう? アタシを殺した時と同じように」


 ヴァイオレットが暗殺された時も、ボルケーノはなにかしらの事情を抱えているようだった。

 本当はやりたくなかった汚れ仕事。

 なら、どうしてそれをやるはめになったのか。ヴァイオレットはそれをずっと訊きたかった。


「ねえ、火炎の魔術師さん? アタシね、今とっても幸せなの。人間でいたときよりも、ずっとずっとよ……。そりゃあ、この姿になってからも不便なことはいろいろあったわ。制作者の王子様の言うことには逆らえないし、機嫌を損ねたら永い間倉庫にしまわれちゃうし。でも……アナタはその間どうしていたんだろうって思ったのよ。アタシと同じくらい、幸せでいたのかしらって。そしてどうして、あの時あんな仕事を請け負っちゃったんだろうって」

「ヴァイオレットさん……」

「アタシを、魔法の鏡の精にしてくれた王子様はね、父親が魔王で、母親がなんとあの伝説の勇者パーティーにいた聖女だったの。つまり魔族と人間のハーフ。彼はそんな身の上だったからこそ、人間を滅ぼしたくないって、人間たちとどうにか仲良くやっていきたいって、そういう夢を持つようになったのよ。そして、今回の決戦も止めようともしてくれてる……」


 ボルケーノは、ヴァイオレットの話に信じられないというような表情をした。


「魔王の、息子が? たしかにずっと戦場には現れてはいませんが。でも、まさか……」

「どこまで信じるかはアナタの自由よ。でも、他ならぬ『魔族の長の息子』がそういう意志を持ってるの。ねえ、本当に無茶なことを言うようだけど……アナタにもそれを手助けしてもらえないかしら?」

「はっ? だから、呪いは解けないって言ってるじゃないですか。それに……僕はあなた方の敵なんですよ?」

「ええ、そうね。でもあの王子様に言わせれば、人間とは利害関係を結ぶことで和睦を実現できる、そうよ。魔族側は大昔、人間側に手ひどい扱いを受けたようだけれど、アタシ自身はその歴史をよく知らないの。でも王子様はそれを根に持っているだけじゃダメだって言うわ。アナタはどう? いったいなんのためにこのミッドセントにいるの?」

「……それは」


 ボルケーノは低くうなだれると、ひどく言いにくそうにつぶやいた。


「あなたには、ヴァイオレットさんには関係のないことです」

「そうね。そう言われちゃうと、それ以上何も言えないんだけれど……」

「でも……」

「ん?」

「僕は、もうすぐ死にます。それに、なんの恨みもないあなたを殺したという、負い目もあります。ですから、最後に少しお話ししておくのもいいかもしれません」


 そうして、ボルケーノはとつとつと自分の過去を語りはじめた。


「僕は、クラーべ峡谷沿いのとある小さな村で産まれました。産まれたのは、魔族と人間が停戦中だった頃……あなたも、その時代に産まれたはず、ですよね?」

「ええ。アナタよりはたぶん年上だけれど。それで?」

「あの頃は、とても平和な時代でした。でも……またいつ戦争が再開するかわからない、そんな緊張感もはらんでいました。ミッドセント王国はそんな中、魔界にほど近いクラ―ベ峡谷沿いの村々に、ある日お触れを出したんですよ。『ただちにその土地を離れよ』と」

「え……?」


 ヴァイオレットはミッドセント王がそのような政策をとっていたとは初耳だった。

 自分の知っている王なら、おそらくしない。

 きっとあの貴族たちが王をそそのかしたのだろう。


「そんな……普通なら守りを固くするために兵を置いたり、砦を作るってのが先でしょう。先祖代々の土地をそんなあっさり捨てさせるお触れなんて……ひどい」

「ええ。ですから、うちの村も農民が多かったのでみな強く反発しました。たとえ魔族による襲撃があろうとも、ここに残ると。そう抵抗すると、王国はみせしめとばかりに、村長を国家反逆罪で捕まえてしまったのです」

「えええええっ!?」


 ヴァイオレットは今度こそ驚いた。

 記憶の中の王は、たしかに人格者だったはずだ。いくら貴族にそそのかされていたとしても、そんな強硬な手段を自分のあずかりしらぬところで勝手にとられていたとは思えない。


 けれども、ボルケーノが嘘をついているとも思えなかった。

 ボルケーノは続ける。


「村長は自分のことは気にするなと、そう言い残して、王都に連行されていきました。しかし他の村の村長も捕まったらしいと新聞で知って……。村長は、僕の恋人の父親でした。どうにかして取り返したいと思い、村で話し合いもしたのですが……出た結論は、うちの一族から一番強い魔術師を王都に送り込むということでした」

「一族……?」

「ええ。僕の一族は……火炎を操ることのできる魔術師の家系なんですよ。田畑を焼いたり、害獣対策に火炎の魔法を使っているうちに、どんどん修練を積んでいって、僕の代になると強力な火炎魔法が使えるようになりました。しかも、魔界から時折やってくる魔物や、強い魔族を返り討ちにできるくらいに」

「なるほど。自分たちがいるから、土地を離れなくても安全だと説得に行ったのね」

「そうです」


 貴族たちが峡谷周辺の土地を放棄させることにしたのは、むざむざとそのあたりの国民を殺されないためだったのだろうが、しかし農民が減ればそれだけ食料の生産量も減る。

 彼らが素直に従っていれば、王都は混乱をきたしていたに違いない。


 また王都なり、他国なり、もともとの土地から離れた場所に大量の農民たちを移転させることは、国の財政的にも不可能だっただろう。

 彼らは国の意思にしたがっていれば、必然と難民になっていた。


「僕も、それで納得してもらえると思っていました。でも……国王様にお目通りする前に、あの貴族たちと会ってしまったんです」


 貴族。

 女のようなふりをする自分を良く思わず、排除しようとしていた人たち。

 ヴァイオレットは当時を思い出して下唇を強くかんだ。


「欲にまみれ、濁った眼をした醜悪な人たちでした。彼らは、僕の話を聞き届けると、村長を解放すると約束してくれました。でも……代わりに、クビにしたばかりの魔術師の暗殺をしてほしいと」

「なるほど、それでアタシを……。まったくあくどい人たちだわ」

「うんと言わなければ、村長の首をはねるぞとまで脅されて。僕はしかたなく……言うことを聞くはめになってしまいました。成功すれば、あなたの後釜に――宮廷魔術師にもしてやるぞとも言われて」

「……それで、今の地位にいるというわけね」

「はい。望んだことではありませんでしたが。彼らも僕を手元に置いて、監視したかったようです」

「なるほどねえ……」


 やはり、それなりの理由があったのだ。

 そう思うと、ヴァイオレットは心のどこかがすとんと軽くなった。


「以来、僕はずっと国のために、そして村の人たちのために、王国に仕えつづけてきました。でも、たとえどんな事情があったにせよ、あなたを……ヴァオイレットさんを殺したことはとても許されることではありません。ですから……もしあなたに殺されるのなら、本望なんです。それが、僕の贖罪にもなるでしょう」

「ちょっと待って。だーかーらー、恨みもないし、危害も加える気はないの! まあいいわ。それで? その村長さんは?」

「ああ、無事に村に返してもらえましたよ。でも、僕が裏切ればすぐになんらかの制裁が下るようになっているんです。ですから、僕はここで静かに死を迎えるしかない……」


 ヴァイオレットは深くため息をついた。


「あーーーーもう! そんなの、もっといろいろやってみてから諦めなさいよー! なにその自己犠牲! そんなことをして、アナタの……恋人も納得しなかったでしょうに。みんなで不幸になろうとしてんじゃないわよー!」

「そう言われても……僕にはこの生き方しか、選択できなかったんですよ」

「はあ。うちの王子様が聞いたら、なんて言うかしらね」


 うっすらと笑みを浮かべると、ボルケーノは不思議そうに口を開く。


「魔族の王子、ですか」

「ええ。彼ならたぶんこう言うわ。『お前たち、戦争のない、魔族も人間もともに仲良くできる世界で暮らしたいとは思わないか? そんな世界であれば、土地を引っ越す必要もないだろう』って」

「……そう、ですね。そうなったらたしかに何の心配もいらなかったでしょうね」

「でしょう? だから、アナタの村を守るためにも、手を貸してくれないかしら」

「でも……魔王と僕の呪いは、僕が死なないと……」

「ああ、それは大丈夫。たぶん、あなたの魂とアタシの魂を交換して、アタシがアナタの体の中で死んだことにすれば呪いが解けると思うから」

「は……!?」


 木立の向こうに、赤い夕陽が見えはじめた頃、ヴァイオレットのとんでもない提案が炸裂した。

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