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第44話 戦争に使われる魔道具

「どうもお久しぶりでございます。ボルケーノ様」


 火炎の魔術師ボルケーノを待ち受けていたのは、黒いスーツを着た男だった。

 魔術師は、男の顔を見てハッとなる。


「あなたは……『フォックス』の方、ですね」

「ふふ。憶えておいででしたか。それはそれは、嬉しい限り……」


 特徴的な狐顔(・・)の男は、魔道具量販店「フォックス」の社長、ダイナー・フォックスだった。

 ダイナーは細い目元をさらに細め、過去を懐かしむように話しはじめる。


「以前、お付き合いがあったのは――数十年前でしたか。魔族の大きな侵攻があったときですね。あの頃は、父がまだ社長を務めておりました」

「今はあなたが……継がれているのですか?」

「ええ、そうです」

「あなたはあの頃から、まったくお変わりないようですね」

「まあ、私は……忌々しい魔族と人間とのクォーターですから。ははは……」


 魔法の鏡越しに二人を見ていたグレイフィールは、ひそかに左目の片眼鏡に触れて<鑑定>を行った。

 ダイナーのステータスが表示される。


「なるほど。やつは狐の魔物のクォーター、か。どうりで人間にしては年齢と容姿が合ってなかったわけだ」

「『フォックス』? フォックスって……あっ! うちの街にもある、魔道具量販店のことっスかね。こいつが、その社長なんスか……」


 目をぱちぱちとさせながら、イエリーが興奮した様子で言う。


 そう、ハザマの街にも同じ名の魔道具量販店があった。そこで不正に作られた魔道具を修理したことは、グレイフィールの記憶に新しい。

 その店にいた女店長と、このダイナーという男の顔が良く似ているのは……たまたまだろうか。

 もしかしたら親族なのかもしれない。とグレイフィールは思った。


「それにしてもイエリー。お前といい、こいつといい、道具屋は半魔がやってることが多いのか?」

「んー。普通の道具屋は人間の方が圧倒的に多いっスよー。でも、魔道具も扱う道具屋ってなると……たしかに半魔が多いかもっスね。魔道具を作るにはどうしても『魔石』が必要になってくるんス。それをいつでも魔界から採ってこれる者、となると――」

「魔族か一部の鍛え上げた人間しかいない、か」

「そうなんス。だから、そうした者たちと一緒に商売をやる関係で、必然的に魔族とくっつく者も多いんスよ。うちの両親だってそうだったっス。父は狼の魔族で、母は人間の魔石専門の道具屋だったっス」

「ふむ……」


 魔族と人間とのささやかで友好的なかかわりは、市中にはあったようだ。

 その事実はグレイフィールにとって喜ばしいことだった。


「だが、あのフォックスの社長とやらは、自らに魔族の血が流れているのが気に食わんようだな……」

「みたいっスね。忌々しい、だなんて言っちゃってましたし……。でも自分の両親は、そりゃあ愛し合ってたっスよ~。二人の知人だったアリオリ店長がよく言ってたっス。自分ももしイブと一緒になれたら……ああっ、クォーターの子が産まれるんスかね? って、なに言わスんすかもうっ!」

「そうか……やはり利害関係が絡めば仲良くすることが可能……」

「って、ちょっとスルーっスか? グレイフィール様!」


 急にぶつぶつとつぶやきはじめたグレイフィールに、イエリーがつっこむ。

 その間、火炎の魔術師とフォックスの社長は応接室のソファに向かい合わせで座った。

 給仕係が二人にお茶を用意する。


「弟や妹たちも同様ですね。みな老いがゆっくりで、長命です。そのおかげでこうしてまた、ボルケーノ様とお会いできる機会をいただけました。長生きはするものですね」

「ええ。しかし、こちらは老いました。もう先もあまり長くはありません」


 魔術師の言葉に、狐顔の男は顔を曇らせる。


「そのお話は……当方の耳にも入ってきております。そのために大きな戦がまたはじまろうとしている。各方面もそれで切迫しているようですね」

「ええ」

「今日、私がここへ参った理由もそれです。先にお伝えしていた通り、ご覧に入れたい魔道具が――」

「で? それはどういったものですか」

「……はい? あ、ああ、少々お待ちください」


 食い気味に訊いてきた魔術師に、ダイナーは一瞬うろたえる。しかし、すぐに手元に置いていたトランクを開けた。

 中には緑の魔石がたくさんはめ込まれた、銀のサークレットがある。


「これは……」


 魔法の鏡を通して、グレイフィールたちもそれを見つめる。

 その意匠に、誰もが目を奪われていた。

 細いツルを絡ませたような装飾。しかしどこにも大きなでっぱりはなく、非常に装着しやすいものとなっている。そこに磨き上げた緑の魔石がきらきらと輝いていた。


「わー。すっごく綺麗ですね、グレイフィール様!」

「まるで王妃様の付けてたサークレットみたいだわ……。いったいいくつの魔石が使われてるのかしら」

「豪勢っスねえ。この魔石ひとつひとつに、きっといろんな魔法付与がされてるはずっスよ」

「こんなものを作れるとは……この男……」


 ダイナー自身は魔道具技師ではないが、アイディアだけは人一倍優れた男だった。

 新作の魔道具を作る際、ダイナーは総合監督を務める。

 まず企画のたたき台を作成し、それを自社の魔道具技師たちに設計させるのだ。そして資材部に材料を調達させ、魔道具技師たちや錬金術師たちに製作させる。そして最後に魔術師に魔法を付与させるのだ。


 それは親の世代から培ってきた広い人脈によって成し得ていることだった。


 今のグレイフィールはそれを全部、一人で賄っている。

 それはそれですごいことではあったが、「人脈の形成」という面では圧倒的に遅れを取っていた。

 それは長年ひきこもっていたため仕方ないといえば仕方ないことだったが、グレイフィールは何とも言えない敗北感を味わう。


 ダイナーは商品を取り出し、ボルケーノの前で説明をはじめた。


「このサークレットは魔界の『魔素』を吸収し、装着者の魔力へと変換させるものです。およそ百年前……伝説の勇者たちが使用していたといわれるものを復元・改良いたしました。これを使えば、魔族どもの領地に踏み入って戦うことができます」

「なんと! 伝説の勇者たちが使っていた装備品はもうほとんど現存していないと言われているのに。よくここまで復元を……」


 火炎の魔術師は、興奮気味にそう叫ぶ。

 ダイナーは満足げに微笑むと、話を続けた。


「文献や資料など、片っ端から集めて研究しました。どうやって作ったのか、当時の魔道具技師の子孫などに聞いたりもしました。それで、ようやく完成したのです。ちなみにこれは、あと百ほど持参しております。ご要望とあればさらに増産いたしますが……」

「いや――、それでは間に合いません。もうすぐ侵攻が始まります。とりあえずその数だけでも、買い取りましょう」

「これしかご用意できず、申し訳ありません」

「いえ。そちらから来ていただいただけでも、十分助かりました。もっと早く、このような手はずをとるべきでしたが……もうそうするほどの余力は僕には……」


 その時、急にサークレットの魔石たちが輝きだした。

 

「ん? これは……?」


 いぶかしむボルケーノに、ダイナーが鋭い目を向ける。


「近くに、強力な魔力が発生しているようです。見えない魔族がどこかにいるということですね」

「そのような機能が……!」

「ええ。姿を消す能力を持つ魔族もいますからね。これを装着すれば、それが見えます。今探してご覧にいれましょう」


 そうしてダイナーはサークレットを身に着けようとした。


「いけないわっ。あれで見つかったら大変。一旦撤退するわよ!」


 ヴァイオレットは魔力の放出をすぐに止めた。

 すると一瞬で大鏡には何も映らなくなった。真っ黒だった鏡面には徐々にヴァイオレットの姿が浮かび上がり、皆はホッと息をつく。


「ふむ。いろいろと分かったが……あの魔道具は厄介だな」

「あの社長さんに、バレちゃいましたかね?」

「どうかしら~~。もしバレたとしても一瞬だけこの鏡が見えただけだと思うけど~?」


 そんな感想を言い合っていると、深刻そうな顔をしたイエリーがおずおずと口をはさんできた。


「あの~。それより、大丈夫っスかね? これだけ大きな動きがでてきたとなると……魔界側も人間界側の異変に気付いちゃうんじゃないっスか?」

「ああ、そうだな。というか、もうとっくに知れているかもな」


 グレイフィールがそうつぶやくと、急に階下から大きな物音がしてきた。

 ジーンが小首をかしげながらつぶやく。


「あれは、戸を叩く……音?」

「グレイフィール様、グレイフィール様! 緊急事態です。至急魔王様の謁見室までお越しください!」


 衛兵らしき声がここまで届いてきた。

 グレイフィールは仕方なく足先から床に魔力を流し、塔の壁面に拡声器を生み出す。


『私はここから出ん。何があったかは知らんが、父上がいまだに人間界を滅ぼそうとしているのならそれに協力することはない、と伝えろ』

「本当に緊急事態なのです! 魔王様が……魔王様が倒れられました!」

『何?』


 嘘か真実か……。もしかしたら自分を戦に駆り立てるための陽動作戦かもしれない。

 迷っていると、衛兵はさらに付け加えた。


「本当です。謁見室には各将校がお集まりです! 来なければ、その中から当座の総大将を選ぶと!」


 なんてことだ。

 あまりにもありえない状況に、グレイフィールは黙り込む。

 そんなグレイフィールを見かねて、ジーンが声を上げた。


「グレイフィール様! どういうことなのか、一度わたしが見に行ってまいります。判断は、そのあとでもよろしいのではないでしょうか」

「……そうか? なら、頼んだぞ。ジーン」

「はいっ!」


 そうして、ジーンだけが謁見室へと向かったのだった。

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