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第43話 王国の宮廷魔術師

「なんスか、これ……」


 ワーウルフの商人・イエリーは、そう言ったきり言葉を失う。


 王都には、いたるところに鎧を着た兵士たちがいた。

 しかしそれはすぐに他国の兵士たちだとわかる。


「ざっと見ただけでも、五か国の兵がいるな……」


 グレイフィールは鎧につけられた布や盾の紋章などから、それぞれの国を推測した。

 ここに集結しているのは、おそらく「サテラ共和国」「ハジノ帝国」「魔術国家アルケイル」「武闘民国」あたりの国である。

 以前見た人間界の資料によると、それらはこの王都がある「ミッドセント王国」の周辺に点在している国々だった。

 

「ついに連合国として、魔族と戦うことにしたのか……」


 グレイフィールは冷静にそう言ったつもりだったが、内心ではかなり焦っていた。

 これは本気だ。本気でケリをつけにきている――。だが、どうしてここまで事が性急に進んでしまったのかわからない。

 やはり「聖女がいなくなった」こととは別の理由がありそうだ。


「ん……?」


 往来に目を向けると、兵士たちに交じって回復薬や武器を売る商人たちがいた。

 イエリーが言っていたのはこいつらのことだったようだ。

 彼らは、戦時特需の匂いをかぎつけてやって来たのだろう。


「あ~、自分もあそこで商売したかったっス~。絶対バカ売れじゃないっスか! でも……ワーウルフだってバレたらいろいろまずいっスよねぇ……」


 イエリーはそう言ってしゅんとなる。

 こんな状況でも商売っ気をまるで失わないイエリーに、グレイフィールは呆れながらも忠告した。


「そうだな。こんな時に半魔の者が王都にいたら、魔族側のスパイなのではと妙な疑いをかけられかねん」

「ああっ。やっぱしそうなるっスよねえ……。は~。でもなんでこんなに他国の兵が……」


 しぶしぶ諦めたイエリーだったが、彼もなぜこれだけ兵が集まってきてるのか、その根本的な理由はわからないようだった。


 そもそも魔族との戦いは、長年ミッドセントだけが対応している。

 それは魔界に一番近い国だからだが、その代わり周囲の国は後方支援をするだけで積極的には参加してこなかった。

 それが、ここへきて、ほとんど全軍といっていいほどの数の兵を寄越している……。


 なぜだ。

 なぜミッドセント以外の国も?

 やはり聖女が、行方不明になったからか……?


 そう考えを巡らせるグレイフィールに、ヴァイオレットが声をかけた。


「じゃあ、そろそろ違うところも見てみましょうか。冷血王子様?」

「ああ、頼む」

「お城の中……なんてどうかしら? 結界があるのが難だけど……。んー、なんとかいけそう、かな?」


 王城は強固な魔術結界で覆われている。

 端から見ても淡く光る透明な膜があり、これはさすがに突破困難と思われた。


 しかし、ヴァイオレットの魔力の方が上だったらしく、映像はくねくねと塀や掘の上を移動しながらうまく城の内部へと侵入していく。

 ジーンは目を見張った。


「わー。す、すごいです、ヴァイオレットさん! よく、あれを突破できましたね!」

「まあね~! 一応、アタシが昔いたところだから~。結界が弱い所とか、ほころびがあるところはだいたい憶えてんのよ~。つーか、まるっと昔のまんまじゃない! 警備がザル! アタシより有能な助言者はいなかったの? まったくもう!」


 そう言ってぷんすかと怒りをあらわにしている。

 そんなヴァイオレットを、グレイフィールは面白く眺めた。


(ふふ。元は人間だったとはいえ……今でもそう人間たちを案じているとはな。そういう者がこちら側にいるのはいいものだ。和睦を目指すうえで必要になってくる……)


 映像はさらに城の奥の方へと移動していく。

 そして、やがてとある塔の一室が映し出された。

 そこには全身真っ赤なローブを羽織った、白髭の老人がいる。


「あら? この人……?」

「なんだ鏡、見覚えがあるのか? この老人に」

「ええ。この人……。たぶんアタシを殺した人だわ」

「は!? 何っ?」

「「えええええええっ!?」」


 意外な事実に、みな驚く。


「それって……あの、ヴァイオレットさんを暗殺した人、ですか? この人が?」

「ええ。もう七十年以上も前のことだから、だいぶ年を取っちゃってるわねぇ。うん。たぶん、そうだわ」


 ヴァイオレットは、昔のことを思い出すかのように遠い目をしはじめた。

 物体を転移させる空間魔法が得意だったヴァイオレットは、国を追われ、逃亡先で火炎魔法が得意な『青年魔術師』に殺されてしまった。

 それが、この男だったようだ。あれからこの魔術師はいったいどうしていたのだろうか……。


「王妃様と同じで、この人のこともあえて自分からは探してはこなかったけど……この王城に今もいるということは、ずっと宮廷魔術師でいたようね。アタシの、次の代として……」


 そうでなければ、もうとっくに彼ではない人物がここにいただろう。

 でもこの魔術師はずっと現役でいた。頭髪や髭が真っ白になるこの歳まで。


「七十年以上前ってことは……今いったいいくつぐらいなんスかね?」

「そうねぇ。あの頃は、この男もまだ十代って感じだったわ。だからもう九十近くなるんじゃないかしら。このレベルの魔術師なら、魔力である程度の延命処置はしてるでしょうけど――」


 そう言っている間に、年老いた魔術師は大きくせき込む。

 口元を押さえた手のひらには鮮血が散っていた。


「……でも、どうやら寿命のようね」

「人間は魔族と違い、基本、生命維持のための魔素を体に取り込み続けられないからな。魔素を操る能力――たとえば回復などの魔法は使えても、それはあくまで一時的な処置でしかない……所詮は短命な生き物だ」


 どことなく残念そうにしているヴァイオレットに、グレイフィールは気休めではあるが慰めの言葉をかける。

 人間という種族の特性として、それは仕方がないことなのだ、と。


「ええ。それは、わかってるわ。でも……この人の死期が近いなら、この国は――」

「そうだな。それが『本当の原因』だったのかもしれん」


 人間界に大きな動きが生まれた本当の原因。だった

 それは、聖女の不在などではなく、この魔術師の体調変化だったようだ。


 この魔術師は、当時のヴァイオレットを上回る魔法の使い手だった。

 だとすると、かなり大きな戦力ということだ。

 もしその戦力を失ったら、また失ったことを魔界側にバレてしまったら。きっと一気にその穴を突かれてしまう。

 その前に、一斉攻撃の計画が持ち上がった――。


「なるほど……。しかし、こやつはどの程度戦線に参加しているんだ? 少なくとも今は現場にいないようだが……」

「それは冷血王子様もでしょ?」


 ヴァイオレットの指摘に、グレイフィールは眉をひそめる。

 たしかにグレイフィールは実際の戦場に行ったことも、見学したこともなかった。だいたいの情報は、城の中を行き来する兵士たちの会話を聞くことで把握していたが……。


「ボルケーノ様、ボルケーノ様!」


 そんなことを回想していると、兵士の一人が塔にやってきた。

 ボルケーノというのがこの老魔術師の名前らしい。

 ボルケーノは、戸を急ぎ開けた。


「どうしました。戦場は弟子に任せているはずですが?」

「はい、それは平気なのですが。それとは別に……戦で使う魔道具をぜひ卸したいという業者が来ていまして。ぜひボルケーノ様にお会いしたいと」

「はあ……わかりました。すぐに行きます」


 部屋の奥にある流しで手と口をすすぐと、火炎の魔術師は兵士に案内されて、業者の元へと向かった。

 グレイフィールはすぐさまヴァイオレットに命じる。


「鏡、早く追えっ! 人間の魔道具の業者がどんなものを持ってきたか、見てみたい」

「え、あ、はいっ。わかったわ」


 映像は火炎の魔術師ボルケーノを追って、塔の外へと移動していった。

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