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第40話 聖女の悩みを解決

「なるほど。私が母上の暴走した力を制御できる魔道具を、作ればいいということか」

「そーいうこと!」


 グレイフィールもヴァイオレット同様、魔素や他人の生命エネルギーを思った通りの状態に変化させられる能力がある。

 ただひとつだけ、グレイフィールにしかない能力は、その術を「物体」に固定できるというものだった。


 術を組み込んで作った「魔道具」は、いついかなる場所でも、どんな相手が使用しても、自動的に設定した効果が発揮される。

 しかもその際、グレイフィールの魔力は一切使用されない。

 それは高度な魔法を駆使した、高度な魔法工学だった。


 改造したこの塔しかり、変装の首輪しかり、ヴァイオレットの魔法の鏡しかり――。


「アタシっていう前例があるんだから、王妃様の力だってどーにかできるでしょ?」

「まあな……。わかった。では母上、しばらく私は下の階で作業してまいります。ここで少々待っていてください」

「グレイフィール……」


 セレーネはそう言って立ち上がったが、どこか迷っているようなそぶりを見せた。


「母上?」

「わたしは……あの街に戻れるでしょうか」

「え?」

「あなたが……わたしのためになんとかしようとしてくれているのは、とても嬉しいです。でも、もしわたしが元の状態に戻れたとして……ホーリーメイデンへ帰れるでしょうか? あれだけの被害を出しておきながら、おめおめと……もし原因がわたしだったと知れたら……」


 そう言ってうつむくセレーネに、横にいたメイドのジーンが笑顔を向ける。


「王妃様。じゃあ、この魔界に居つづけるというのはどうでしょう」

「えっ?」

「ジーン」

「メイドさん?」

「メイドちゃん……」


 セレーネを始め、他の者たちはみな、ジーンにいぶかしげな目を向けた。だが、ジーンはそれらにひるまず提案を続ける。


「魔王様は……王妃様が転生されたと知ったら、とても喜ばれると思いますよ。もう何十年も会っておられないのでしょう? でしたら、ここでまた暮らすのもよいのではないですか?」

「それは……」

「それに、王妃様がまた魔王様のそばで暮らすようになられたら、魔王様が人間界へ侵攻するのもまた中止されるかもしれませんし!」


 ジーンの言うことには一理あった。

 たしかにそうすれば、今までのようにグレイフィールが頻繁に人間界へ行かなくてもよくなるかもしれない。

 当面、人間界が滅ぼされることはなくなるからだ。

 だがそのまま、グレイフィールはなし崩し的に次期魔王の座に就かせられることもありうる。

 しかも、魔族と人間たちとのわだかまりは解消されないままだ。


 それが、両種族の未来にどう影響するのかがグレイフィールにはわからなかった。


 自分が魔王になったら、配下の魔族に「できるだけ人間たちと仲良くせよ」と指令を出すだけで良いのか。

 でもそれでは、強引すぎて誰もついてこなくなるかもしれない。


 やはり草の根で、まずは人間たちから魔族の悪いイメージをとりのぞく必要がある。それを受けて、魔族も人間たちを敵視しなくなるようにしなければならない。


「ジーン、悪いがそれは……」


 グレイフィールが言いかけると、その言葉を引き取るようにセレーネが言った。


「ジーンさん。申し訳ないですが……わたしはもう魔界で暮らすことはできません」

「え?」

「わたしはセレーネとして生まれ変わったのです。前世の記憶は思い出しましたが、人間に手ひどく裏切られたセレスは……前のわたしはもう死んだのです。つらくて悲しくて、あの時のわたしは逃げました。魔界に、あの人に逃げました。でも……生まれ変わったわたしは、まだそういう目には遭っていない。だから、人間の可能性をもう一度信じたいのです。もう逃げたくないのです。ですから、どんなに苦しくても……人間界で最後まで生きていこうと思っています」

「王妃様……」


 ジーンがしゅんとしているのを見て、セレーネは笑った。


「あの人に……挨拶に行くくらいは、してもいいかなとさっきまで思っていました。転生しましたって言えば、喜んでくれるでしょう。でも、また変に刺激したくないですからね……戦もやめてくれるかわかりませんし……やはり、今はやめておきます」

「ふふっ。はははっ、さすがは母上! やはりあなたはすごい人だ。あなたがいなくなって、父上が変わられてしまったのも今ならわかる……。ではさっそく、魔力を調整できる魔道具を作ってまいります!」


 そういって、グレイフィールは書斎を出ていった。


 グレイフィールはつくづく、母親の強さにはかなわないと思った。

 自分は父親からも、自分自身からもずっと逃げていた。そしてこの塔にひきこもりつづけていた。

 でも今は、いろんな者たちと出会って、行動して、良かったと思える。

 だってそうしなければ、転生した母親と会うことすらできなかったのだから。


 まわりの感情に流されず、本当にやりたいことだけに向かって突き進む。

 そんな母の姿を見て、グレイフィールもさらに前へと進むことができそうだった。



 ※ ※ ※ ※ ※



 わずか一刻ほどで、グレイフィールは『魔力制御のネックレス』をつくり上げて戻ってきた。

 それは紫色の魔石をペンダントヘッドに用い、細いながらも壊れにくい魔法を施したチェーンを金で製作したものだった。


 さっそく母親につけてもらうと、半魔のイエリーとグレイフィールは己の体に異変を覚えた。

 今までうっすらと眠気を感じていたようなのだが、まるで霧が晴れたように急に意識がすっきりとしていく。おそらく二人は半分人間の血が混じっていたため、少なからず自動ドレインの影響を受けていたらしい。


「母上、これでまた元のように暮らせます」

「ありがとう、グレイフィール。ですが……」


 とはいえ、聖女の街ホーリーメイデンへと帰ることはできない。

 他の街へ逃げたとしても、「女神教の本部から聖女がいなくなった」と騒ぎになるのは目に見えていた。指名手配も近いうちにされるだろう。見つかれば協会に連行され、なんらかの処罰も受けるかもしれない。


 そうした不安をセレーネが抱いているのは明白だった。

 聖女は主に白魔法だけしか使えない。

 白魔法は、自分や他人の体力を回復したり、状態異常を治したりする魔法だ。ネックレスを外せば「自動ドレイン」という周囲の人間の生命エネルギーを奪って眠らせる能力が発動するが、それ以外はなんの攻撃魔法も使えない。


 ゆえに、セレーネが単身で逃避行を続けるのは限度がありそうだった。

 だがそこへ商人のイエリーが声をかける。


「えっとー、住むところだったら店長にかけあって、うちの店の二階に住まわせてもらうってーのもありっちゃありっスよ?」

「何?」

「一部屋、従業員用の部屋が余ってた気がするんスよねー。そこに間借りさせてもらえたら一番じゃないっスか?」

「そうか……それはいいな。そうなれば店に迷惑がかからぬよう、変装の首輪を母上にも渡しておくか……」

「いいっスね!」


 勝手にイエリーとグレイフィールとの間で話がまとまっていく。

 それをおろおろと見守っていたセレーネだったが、イエリーが気付いてパッと微笑みを向けた。


「王妃様、そういうわけでどうか安心してくださいっス! あ、でもうちに来るんなら、従業員として働いてもらうかもしれないっスけど、それでもいいっスか?」

「ええ、十分です。むしろ申し訳ないくらい。本当にいいのですか?」

「たぶん……大丈夫っス! グレイフィール様の商材をたくさん入荷しはじめたので、最近人手が足りなくて困ってたんスよー。王妃様に働いてもらうっていうのは、恐れ多いことっスけど……」

「王妃様というのは、そちらでお世話になるのでしたらもうお止めくださいませんか。どうか今後は普通にセレーネと」

「うひゃあああっ!? そっ、そんな、名前でなんて! 恐れ多いっス~~~」


 両手で顔を覆って叫び声をあげるイエリーに、グレイフィールは思わず苦笑いを浮かべた。

 しかし、変装の首輪をつけてもらうにしても、名前を元の名前のまま使うというのは問題があるかもしれない。


「母上、セレーネという名もできたら変えた方がよいのではないですか?」

「ああ、そうですね。セレスという名も使いたくないですし……うーん……。では、ネスというのはどうでしょう。セレーネのネとセレスのスでネス」

「いいっスね。では……えっと……ネス、さん。これからよろしくお願いしますっス!」

「こちらこそお願いいたします」


 笑いあうネスとイエリーに、ジーンは残念なような、どこか嬉しいような、複雑な表情を浮かべていた。

 ヴァイオレットはそんなジーンの横に鏡ごと移動し、声をかける。


「吸血メイドちゃんにとっても、これはこれで良かったんじゃないの?」

「えっ?」

「あなたの目的は、冷血王子様にひきこもりをやめてもらって、次期魔王になってもらうことでしょ? ぜーんぶお膳立てされて魔王様になられるよりも、自分の力で地道に魔王様になってもらったほうがいいんじゃなーい?」

「それは、そうなんですけど……」


 ジーンは、塔の窓から見える魔王城を眺めた。

 中央の一番高い塔に魔王の謁見室がある。そこで魔王に会ったときのことを思い出した。


「一目でも、王妃様とお会いさせたかったなって」

「ああ……魔王様とね」

「はい。でもそれは、いずれグレイフィール様がきちんと魔族と人間とのわだかまりをなくして、和睦が実現したときでもいいかもしれません」

「ふっ、ずいぶん長い目で見てるじゃない? 魔族だからって忘れちゃってるかもしれないけど、王妃様は寿命の短い人間なのよ?」

「ええ。ですから別に長くかかるとは思っていません。王妃様が生きていらっしゃる間に、実現しちゃうかもしれないじゃないですか。だって、あのグレイフィール様ですよ!」

「ふふっ、そうね」



 ※ ※ ※ ※ ※



 その後、変装の首輪で容姿を変えたネスは、道具屋アリオリで住み込みできることとなった。

 魔道具技師グレイの知り合い、と話すとすんなり雇ってもらえた。


 ネスの新しい住居が決まると、グレイフィールたちはすぐに聖女の街ホーリーメイデンへと引き返した。

 そこでは続々と人々が「眠り病」から回復していた。

 町医者ダニーのいる医院を訪ねてみると、重病者だけが待合室にいるような状況である。


「あ、グレイ……さん、でしたか。急にみなさん意識を取り戻しはじめたんですが、あなたがたが何かなさったんですか?」

「ああ。原因を見つけて対処した。教会にいた聖女の力が暴走していたようだ。現在聖女はこの街から逃亡している。それで眠り病にかかっていた者たちも目覚めたのだろう」

「そうだったんですか……。って、え? 聖女様が原因!?」


 驚くダニーに、グレイフィールはトランクから乾燥した流星の花の包みを渡す。


「この薬草を煎じれば、どんな重病者もたちどころに治る。この量で足りなければ、こいつが勤めている道具屋アリオリという店で追加注文をするといい」

「連絡先はここっス。あ、ちなみにそれは初回注文ってことでお安くしとくっスよ!」

「信じられない……」


 イエリーから連絡先の書かれたメモを受け取ったダニーは、診察室の窓の外に、何人もの神官たちが駆けずり回っているのを見て、グレイフィールの話が本当だということを確信した。

 神官たちはいなくなった聖女を探しているのだろう。


「ありがとう……ございます。とりあえず、僕はこれで残った患者さんたちを救います。ケド……聖女様がいなくなってしまったなんて。これからこの街はどうなってしまうんだ」


 聖女の街と言われているホーリーメイデン。

 だがこれからは「聖女が不在の街」となる。

 それがどういった影響を及ぼすのか、この街の住人ダニーにも、また魔族であるグレイフィールにもわからなかった。なにせ、前任の聖女が死なない限りは次の聖女も誕生しないと言われていたから。


 診察室を出たグレイフィールたちは人目のない廊下に行くと、そのままヴァイオレットを呼び寄せて、人間界をあとにした。


 次の聖女は当分現れない。

 ネスが死なない限りは。


 しかし、魔族と人間が友好的に交流する未来が訪れるなら、魔族から人間を守る組織である「女神教」もその存在理由がなくなるのかもしれない。

 その未来のために、グレイフィールはさらに人助けをしようと決意した。

これにて聖女の街編は終わりです。

次回、閑話をはさんでから第三章を始めたいと思います。


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