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第37話 聖女の街へ行こう

ひさびさ投稿ですみません。スローな更新ですがゆるりとお付き合いください。

 聖女の生まれる街、ホーリーメイデン。そこは清浄な気に満ちた壮麗な都だった。

 街のあちこちに白く長い布が飾り付けられている。その布のある家は、『大地の女神』を信奉する教徒たちの家だ。

 豊かな自然に囲まれた、大陸の東の果ての街――。


「ふむ。ここが、母上の故郷か……」


 その外れに、三名の異端者たちが降り立った。

 人間の姿に変装した魔王の息子、グレイフィール。同じく変装したお付きの吸血メイド、ジーン。そしてワーウルフの商人、イエリーの三名だった。彼らは魔法の鏡を潜り抜け、魔界からはるばる転移してきたのだ。


「グレイフィール様! あの、さっそくなんですけど~、またわたしの鼻にあれ塗ってくださいませんか?」

「ん? ああ、あれか。わかった」


 グレイフィールは魔法のトランクから「嗅覚を麻痺させる軟膏」を取り出すと、それをジーンの鼻下にたっぷりと塗り付けた。


「これでいいか、ジーン」

「はいっ! これで人間に近づいても、吸血衝動を抑えられます! ありがとうございますっ、グレイフィール様!」


 ジーンはそう言って、嬉しそうにその場で一回転してみせた。彼女は「変装の首輪」で人間の成人女性へと変身し、赤色のワンピースを着用している。その愛くるしい姿は可憐そのものだった。


「メイド服もいいですけど~、人間界に来る時はこーんなおしゃれもできていいですね!」

「……おい、遊びにきたのではないぞ」

「わーかってますよう!」


 ぷうと頬を膨らませるジーンを見て、グレイフィールはなぜか胸の鼓動を速くした。

 いつもは幼い少女の姿であるが、こうして大人の姿になってみるとジーンの美しさはさらに磨きがかかったようになる。紅の瞳に、胸元まで伸びた白い長髪。吸血鬼の象徴である牙や爪はなくなっているが、それでも怪しいまでの色気は変わらぬままだった。


「この状態で襲われては、かなわんな……」

「何か言いました?」

「いや、なにも」


 ふと横を見るとニヤニヤ笑いをしているイエリーがいた。「何か言いたげだな?」とグレイフィールが水を向けると、すっとぼけてみせる。


「いーえー? べーつにー? じゃあ、さっそく行きましょうかね。自分もこの街のことは伝聞でしか把握してないんで、まずは現地の人たちから聞きこみしてくっスよ~」

「……フン」


 そうして、グレイフィールたちは「眠り病」について聞きまわりはじめた。

 住宅街からにぎわう商店街まで、くまなく当たる。一見すると街の人々は何の異常も無く平和に暮らしているようだったが、ひとたび「眠り病」のことを口にすると一様にして不安そうな顔をみせた。


「あ~、眠り病ね……。いったいなんであんな病気が流行っちまったんだか。町医者のダニーによると『ただ眠ってるだけ』だそうだけど。一度かかっちまうと二度と起きないなんて。ああ恐ろしい! ……はい、これリンゴ二つね。毎度あり!」

「ありがとうございますっ!」


 そう言って、ジーンは野菜売りの女性から真っ赤なリンゴを二つ受けとる。その口からはだらだらとよだれが垂れ流されており、店員からはよっぽどお腹が空いているんだと思われたに違いなかった。しかし、ジーンはそれにかぶりつくことなく、すぐに隣にいたグレイフィールとイエリーへ渡す。

 生き物の血液しか口にできないジーンにとって、固形物は元からいらないものなのだ。


「はい。グレイフィール様。イエリーさん」

「私もいらぬと言っているのに……。まったく、仕方のないやつだな」

「あ、自分は遠慮なくいただくっスよ! ありがとうっス、メイドさん!」


 そうして三人はゆるゆると歩き出す。

 リンゴが一口かじられると、爽やかな甘い香りがあたりに広がった。グレイフィールにとって、リンゴは初めて食べる人間界産の果実であった。咀嚼しながらグレイフィールは亡き母を思う。


「母上も……人間界に居た頃はこういうものをよく食べていたのだろうな」

「グレイフィール様?」

「これは魔界にはない食べ物だ。似た物はあるが、同じ味ではない。母上に人間界への未練があったとすれば、おそらくこういった『食』の類だろうな」


 遠い昔を思い出すような話しぶりに、ジーンは大きくうなづいた。


「たしかに、そうかもしれませんね。魔界と人間界ってずっと交易がなかったですし……。だとしたら王妃様、かなり難儀されていたでしょうね……」


 自身に置き換えてみたジーンは、それは想像以上に辛そうだ……と思わず顔をしかめた。もし、いつも飲んでる血液が突然摂取できなくなったとしたら、とてもじゃないがやっていけない。

 王妃は人間界を裏切った立場なので、そうやすやすと帰郷することもできなかったはずだ。ましてや人間を憎んでいる魔王の前では――「人間界の食べ物をまた口にしたい」とも言い出しにくかったはずである。


「王妃様、きっとすごく我慢してらしたでしょうね……。ああ、おいたわしや……」


 涙ながらにそうつぶやくジーンを、グレイフィールは冷めた目で見ていた。しかし、首を振ると、食べ終えたリンゴの芯を掌の上で蒸発させる。


「もういい……そろそろ行こう」

「え? 行くって、どこへっスか?」

「当然、その町医者というやつのところへだ」


 イエリーに地図で確認させると、すぐにその居場所が判った。ホーリーメイデンには、医院が一カ所しかない。街の中心部にある、白くて四角い建物。その前にはたくさんの人が列を成していた。


「あれが例の町医者の医院か。ずいぶん患者が待っているな……」

「ええ。どうやらあれ全部、『眠り病』の人たちみたいっスよ?」


 よく見ると、患者は付添いの者に支えられたり、負ぶわれている。そしてその大半が眠っているのか意識を失っていた。


「よし、ではさっそく行こう」

「えっ?」

「私は回りくどいやり方は嫌いだ」


 グレイフィールはそう言うなり、ずんずんと医院に向かって歩いていく。並んでいた患者たちがそれを見つけ、ブーブーと文句を言ってきた。


「おい、順番を守れ! 俺たちは朝から並んでるんだぞ!」

「そうよ。うちの子の方が先なんだから!」

「番号札を持って後ろに並べ!」


 しかし、グレイフィールはそれらの声をいっさい無視し、診察室の戸を勢いよく開ける。


「おい、失礼するぞ」

「ちょっ、なに勝手に入って来てるんですか!」


 中には診察台に寝かされた少女と、その両親と思われる男女、そして白衣を着た赤毛の男性がいた。この赤毛の男性こそがここの医師と思われた。グレイフィールは動揺している医師に真顔で尋ねる。


「お前が、ダニーか?」

「え? そ、そうですケド……。じゃ、なくって! なんなんですか。まだこちらの方の診察中ですよ。次の方は呼ばれてから――」

「私は患者じゃない。ただの魔道具技師だ。この街で蔓延している『眠り病』の調査に来た」

「ちょ、調査……?」


 ぽかんとする医師に、患者の両親たちがすがりつく。


「ちょっと先生! あんなのはいいから、早くうちの子のことを聞かせてください! この子はどうなんです? 治るんですか? もう三日も起きないのは……なぜなんですか!」

「そうですよ。原因を教えてください。そしてどうか治してください。お願いします!」

「えっ、えっと……」


 赤毛の医師はポリポリと頭をかくと、ひどく言いづらそうに口を開いた。


「も、申し訳ありませんが、原因はまだ不明なんです。だから、現時点では対症療法として、栄養剤を毎日点滴投与するくらいしか……方法がありません。回復魔法をかけられるのならそっちをしつづけた方がいいんですケド……それも体力を維持するだけで目を覚まさせるまでには至らないんです。力が及ばずすみません……」

「そんな! 魔術師に……? そんな依頼をしつづけるお金、うちにはありませんよ! 入院だって……何日かかるやら……」

「そうです。もう『眠り病』が流行りだしてから一か月ですよ? そろそろ原因を見つけていただけませんか! ねえ!? じゃないと……うちの子が……うちの子が……」

「そう、言われましてもですね……」


 おろおろと困りきっている医師と絶望感に浸りきっている両親へ向けて、グレイフィールはしれっと言い放った。


「だから――それを私が、解明してやろうと言っている。さあ、無意味な時間はとっとと終わらせろ。早くお前たちが知っていることをすべて私に話せ」


 しばらく呆気にとられた一同だったが、すぐに患者の両親たちが「無意味とは何だ」と怒鳴りはじめた。ジーンたちは「まあまあ」となだめすかしながら、どうにか説得して彼ら家族を診察室の外へと移動させる。ようやく静かになったときには、もう部屋にはグレイフィールたちと医師のダニーだけとなっていた。


「はあ。ええと……魔道具技師さん、でしたっけ? 本当になんなんです? あなたがたは。国から派遣されてきた人たち、ってわけでもなさそうですケド……。じゃあただの一般人? 大変にヒマな人たちですね。こっちはそんな道楽をしてられる状況じゃないんですよ」


 回転椅子に座りながら、赤毛の医師は怪訝そうな顔でグレイフィールたちを見上げている。そのとげのある言葉に、グレイフィールは無言で医師を見返していた。イエリーはそんな両者の雰囲気をぶち壊すべく、物腰柔らかに言葉を発した。


「え、えっと~~~、突然押しかけてしまって済まなかったっス~、ダニー先生? あ~、自分は商人のイエリー・エリエという者っス。そしてこちらは……。先ほども名乗ってもらった通り、魔道具技師の……ええとグレイさんっス。こっちの女性は助手のジーンさん。自分が人づてにここの街の噂を聞きつけて、で、腕利きのこのグレイさんならなにか解決する手立てが思いつくんじゃないかなーと思って、こうして共にやってきたってわけっス!」

「商人……ね。金儲けでも企んでいるんですか?」

「いや、まあ……そうじゃない、と言うと嘘になるっスね。ただ、どうにかこの街の『眠り病』の患者さんたちを助けたいとは思ってるんスよ。そこは完全な善意っス。どうっスか? 自分たちに協力してくれないっスかね。先生も、こう毎日毎日患者が山のように押しかけて来ては大変でしょ?」


 人の良い笑みを浮かべ、イエリーは語りかける。ダニーは相変わらず眉根を寄せていたが、ふうとため息をついた。


「そう、ですね。たしかに僕一人では……さすがに限界を迎えつつあるところでした。体力的にも、精神的にも……。先が見えない中、いつまでもこんなことは続けてられません。一番やっかいなのは、病の原因がわからないことです。なんとなく傾向はつかめたのですが、治療法がどうしても分からなくて……」

「傾向? ちなみにそれは、どういったものだ」

「街の外れに、女神教の教会があるんですが……あの教会に近い家の者たちから順に患者が出てるんです」


 グレイフィールたちはその言葉に思わず顔を見合わせた。

 そしてすぐに、その足で教会へと向かったのである。

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